第3話 鍛冶師は勧誘を受ける

 あれから女の子の気を落ち着かせ、ようやく冷静に会話が出来る状態になった。


「名乗るのが遅れたね。わたしはイヴ。助けてくれて、ありがとう。ロイクさんがいなかったら、死んでるところだったよ」


 と彼女が頭を下げる。


 ここで俺はあらためて彼女──イヴの格好を観察する。


 可愛い女の子である。

 低身長の割に、胸には立派なものを持っている。小動物的? と言っていいかな。

 思わず、守ってしまいたくなる可憐な女の子だ。


「別に礼なんていらない。俺は当然のことをやったまでだ」

「強いだけじゃなくて、謙虚なんだね。ますます助けてくれたのが君で、本当に幸運だったよ」


 微笑むイヴ。


「ロイクさんは──」

「あー……ロイクでいい。俺と同じくらいの年齢だろう? 『さん』付けされると、むず痒くなる」

「だったら──ロイクも冒険者なの? デスベアを倒すくらいだから、有名な冒険者だとは思うんだけど……」


 ん?


「俺は冒険者ないぞ。一介の鍛冶師だ」

「鍛冶師……?」


 イヴがきょとんとする。


「あんなに強かったのに?」

「別に強くはないだろ。デスベアって、確かF級の魔物だったよな?」


 魔物にはF〜A、その上にS、SS級……と強さによってランク分けがされている。

 そこで伸びているデスベアは、一番下のF級と師匠たちには教えてもらった。

 たかが最弱の魔物を倒したごときで威張れるほど、俺も傲慢じゃない。


 だが。


「だーかーらー! デスベアはA級の魔物だって! F級っていったら、ボアとかラビットとかになるんだから!」


 はい?


「そんなわけないだろ。だって、俺の師匠たちは普通に狩ってたぜ? デスベアが出てきたら、『弱すぎてテンション下がるわー』とか言ってたぞ」

「ロイクの師匠って、どんな人たちだったの……? デスベアはAランク冒険者数人で、ようやく倒せるくらいの魔物だよ?」


 そうだったのか……?


 しかしイヴが大袈裟に言っているだけかもしれない。

 彼女の言葉を全面的に信じるのは、まだ早いだろう。


「それなのに鍛冶師がデスベアを倒すなんて……ってか、木の棒って言い張ってるそれ、なに!? 神木の根杖だよ! レア度7の!」

「レア度7って、すごいのか?」

「売れば、家が一軒建つレベルだよ! そんなのをほいほいと持ち歩いているなんて……君は何者?」


 いや、鍛冶師と言ったはずなんだが……。


「……ごめん。命の恩人に対して、問い詰めるような真似をしちゃったね。君がすごすぎるから、混乱しちゃった」


 一転。

 イヴは自らの行いを反省したのか、そう頭を下げた。


「別に謝ってもらわなくてもいい。俺も俺で、田舎暮らしで常識を知らないところがあるしな」

「少しどころじゃないと思うけど……」


 イヴがジト目を向けてくる。


「ロイクのその鍛冶師……っていう言葉を信じるとして、どうしてロイクはこんなところにいたの?」

「実は……」


 近くの村で鍛冶師をやっていたこと。

 そしてつい先ほど、ヴァイン武具屋のオーナーであるボンクナーにクビを言い渡されたこと。

 それらをイヴに伝えた。


 すると。


「信じられない! ロイクみたいなすごい人を解雇だって!? それにロイクが作った武具を捨てるなんて……酷すぎるよ!」


 とイヴは自分のことのように怒ってくれた。


 俺とは初対面なのに、自分のことのように怒ってくれるなんて……いい子だな。

 こう言ってくれるだけで、気持ちが救われた。


「しかも無一文の状態で? 神木の根杖以外に、なにか持っていないの?」

「神木の根杖じゃなくて、ただの木の棒だと思うが──まあいっか。他には師匠の形見である巾着袋だな。ものがたくさん入って便利なんだ」

「一応、見せてもらってもいい? 嫌な予感がするから」

「どうぞ」


 俺は服の内側からカサンドラ師匠の巾着袋を取り出し、彼女に見せた。



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『無限収納袋』レア度:8

魔法の織物で編まれた不思議な袋。その中には無限の空間が広がり、どれほどの荷物も重さをますことなく収納することが出来る。

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「って──無限収納袋!?」


 すると巾着袋を前にして、またもやイヴは驚愕に目を見開いた。


「無限収納袋?」

「無限にものを入れられる袋だよ! しかもいくら入れても、袋の重さ自体は変わらない! 国宝級のレア度8のアイテムで、これ一つで豪邸が建つんだから!」

「そうだったのか……? 大事なものだけど、他の師匠は当たり前のように持ってたぞ?」

「無限収納袋を当たり前のように持ってる人なんて、いないから! ロイクの師匠ってどんな人なの!?」

「何人かいたが、一番お世話になったのはカサンドラ師匠だな。彼女からは鍛冶のイロハを教えてもらったんだ」


 お酒が好きな女性で、俺は毎晩彼女の晩酌に付き合わされていた。


 とはいえ、彼女の元にいる時はまだ俺も未成年。

 この国では十六歳から成年として認められるので、俺はもっぱらジュースを飲んでいたが。


「カサンドラ……? SSSランクパーティー『空白の伝説』の【創造神】が、そんな名前だったと思うけど……まさかね」


 イヴは考え込むように顎に手をやって、ぶつぶつと呟いた。

 小声すぎて、内容までは聞き取れなかったが。


「ロイクは謎が多い男だね」

「別にミステリアスを気取ってるつもりはないが……まあ、君が言うならそういうことにしておいてくれ」

「……で、ロイクはこれからどうするの? また別の武具屋に勤めるつもりなの?」


 イヴは首を傾げて、問いかけてくる。


「いや……これから王都に行って、冒険者になろうと思っているんだ。俺の師匠たちも冒険者だったからな。師匠たちと同じ風景が見てみたい。もっとも、今まで鍛冶一筋だった俺がどこまでやれるかは分からないが──」

「だったら!」


 話を途中で遮って、イヴは俺の両手を包み込むように握った。


「わたしの冒険者パーティーに入ってくれない?」

「イヴの? イヴって冒険者だったのか?」

「うん!」


 太陽のような明るい笑顔で、首を縦に振るイヴ。


「自分で言うのもなんだけど、わたしがいるパーティーってなかなか将来有望なんだ。ゆくゆくはSランク──いや、SSSランクパーティーにもなりたいと思ってる。

 だけど最近は頭打ちで、なかなか目立った成績を残せていない。そこでロイクが入ってくれたらあるいは……って思うんだけど、ダメかな?」


 とイヴはぐいっと顔を近付けてくる。


 冒険者パーティーか……。

 特に予定はなかったが、単独ソロでやるよりかはいいかもしれない。

 なにせ俺はただの鍛冶師。イヴの言葉を信じると、俺はなかなか強いらしいが……足元をすくわれないとも限らない。


 そもそも田舎者である俺が、いきなり王都で活動しようとするのは無謀だ。

 誰かと一緒に冒険者をやることは楽しそうだし、ここで彼女の提案を断る理由は今のところない。


「……分かった。俺の方からもお願いするよ。足を引っ張るかもしれないが、ぜひ君のパーティーに入れてもらいたい」

「やったー!」


 飛び跳ねて、喜びを表現するイヴ。


「そうと決まったら、まずはこの森を抜けないとね。こうしている間にも、他の魔物に襲われちゃうかもしれない」

「だな」


 そう言って、俺はイヴと歩き出す。


 ……ヴァイン武具屋をクビになって、どうなることかと思ったが、人生なにが起こるか分からないものだ。

 これから待ち受ける新しい生活に、俺は早くも胸踊るのであった。



 ──ロイクはまだ知らない。


 彼の師匠たちは、歴史上この国で唯一のSSSランク冒険者パーティー『空白の伝説』のメンバーだったことを。


 彼・彼女らに育てられたロイクは、鍛冶師でありながら規格外の力を有していたことを。

 そんな彼はSSSランク冒険者──もとい、SSSランク鍛冶師となることを。


 そして彼を追放したヴァイン武具屋のボンクナーは、落ちぶれていくことを。


 今のロイクは予想だにしていなかった。





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