第3話 晴れ舞台


 王都では年に一回、ファッション•ウィークが開かれる。中でも最終日は、その年一番優れていたと判断されたデザイナーが衣装を手掛け、花を飾ることで有名だった。デザイナーにとって、地位を確立させる最高の場と言っていい。

 その最終日の衣装を作れ、と。事態を飲み込む間もなく拉致同然に青年の家に連れてこられたフィオは命令された。散々に散らかった部屋で、ペンと紙と最低限の人間らしい生活を送れる衣食を与えられた上でである。

 勿論、最初は断固として断った。服一着まともに作ったことがないど素人には無理だと訴えた。しかし、青年は譲らなかった。衣装制作は他に任せるからデザインはお前がやれと重ねて命じてきた。その言葉通り、翌日には針子がやってきて挨拶を交わす羽目になった。もう意味がわからない。

 それでも逃げられないことだけは理解して、渋々缶詰作業を始めてはや半年。

 フィオは行き詰まっていた。手がけたデザイン画を青年が悉く却下するからである。

 たまに様子を窺いに訪れるマダム•リナリーに聞いたのだが、青年の名はホルディと言うらしい。その名はフィオも知っていた。王都にその名を轟かせる天才の名前だ。表舞台を去って久しいが、歴史に明るく、芸術に傾倒し、音楽家として名を馳せている。フィオの両親が気に入っていた楽団で作曲や指揮を執っていた人が確かそのような名だったから、恐らく同一人物だろう。天才と名高い一方で、しかしかなり常識のない人とも知られていて、関わり合いになりたくないと敬遠する人も多いらしい。

 彼がどうしてフィオを指名したのか、半年経った今でも教えてもらえなかった。いくら尋ねても彼は、最終日の曲や舞台演出を引き受ける代わりに指名権を貰ったからお前にした、としか言わないからだ。

 これまでの経緯を振り返りつつ、フィオは現実逃避をやめて目の前の景色を見た。

 散らばる新聞紙。積み重なった紙の山。怒り狂っているホルディ。

 ホルディの機嫌の波は激しく、話は方々に飛ぶ。今もそうだ。新聞に掲載されていた新札のデザインにいきなり腹を立て出したかと思えば全財産捨ててやると怒鳴り出した。五月蝿くて仕方がないし、没落した身としては聞き捨てならない言葉に眉を顰める。

「貯金しておいた方がいいですよ」

 首を突っ込まない方がいいと思いつつも、ついつい尖った声で言ってしまう。わかりやすくホルディが不貞腐れた。

「なんで」

「なかったら困って、あって困るものではないからです」

「それは確かにお前の言う通り!けどさあ、違うんだよ!お金はないよりもあった方がいいけどな、紙幣そのものに価値はないよ。紙切れに意味を付与したことは人類の進歩であっても、腐るほどありすぎたって無駄だよ無駄。溜め込むことになんの価値がある?それで経済が回るのか!?回らんだろう!散財しろ!浪費しろ!この世のありとあらゆる物は消費されるためにある!」

 だいたい、と。怒涛の反論に気圧されるフィオなど気にも止めず、天才は高らかに歌う。

「お金で心は満たされない」

「……っ」

 きっぱりと言い切ったホルディに息を呑む。

 ああ、この人はマダム•リナリーと同じ人間なのだ、と。

 痛いほどに痛感する。

 芸術は、究極的に言えば生きる上で無用の産物だ。三大欲求を満たしてもくれない。価値を見出す者がいなければガラクタも同然の代物で、真っ先に切り捨てられる娯楽だ。

 けれど、それがなくては息ができない者がいる。その娯楽に心血を注いで大輪の花を育てる者がいる。

 それこそが人に許された最も尊く偉大な行いであると信じる者がいる。

「……これっ」

 現実を突きつけられた気分だ。

 曖昧模糊とした気持ちを昇華しきれず、誤魔化すように描いたばかりの衣装案を押し付ける。

 没に没を喰らい続けた末に何とか描きあげたものである。ここ最近では一番の出来だと自負できる程度には自信がある。

 しかし、ホルディは一瞥するなり嫌そうに顔を顰めた。

「却下。論外。無能だなオレの救世主」

「……っ」

 遠慮容赦ない酷評にフィオは顔を俯けた。

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