第8話:イサカ・クェスター

 御者。

 その言葉だけならば馬車を引く馬を御す者、いわば運転手を指す言葉である。


「お待たせしました、コルタフ村の皆さん。村長との取引交渉が終わり次第市を展開しますので少々お待ちください」


 が、この御者実習においてはその意味はもっと広く、馬や荷馬車の管理は当然商人としての能力も試される。

 目的地に需要のある商品をキチンと選んでいたか。

 商品を適切に管理、保存し目的地まで届けられたか。

 現地の人間と真っ当に商取引を行えたか。

 その過程を把握し、帳簿に誤りなく記録出来たか等々。


「よく到着したな、イサカ。日程は予定よりも一日遅れたが……。話を聞くに生存し、到着出来ただけでも奇跡に近い状況だった様子。減点には値しないと判断する」

「ありがとうございます、教官」


 そしてそういった数々を採点するのが、先に現地へ赴いている特別教官である。


「採点官はエリス教官でしたか。お久しぶりです」

「そういや、しばらく教官室でも顔見なかったな」

「久しぶりだなクオン、トーヤも。まさか君達がこの実習に同行するとは……おかげで生徒達の犠牲を防げた。礼を言う」


 たどり着いたコルタフ村では、薄紫の長い髪を後ろでアップにしているスーツ姿の女性――商学の教師にして弓術教官を務める女性戦士は、二人の後ろに控えているニーカを見て嬉しそうに微笑む。


「ニーカも久しぶりだな。銃士に転向して以降顔を見る事がなかったが」

「申し訳ありません、エリス教官。弓の道から逃げた身でしたので、顔を合わせづらかったのですよ」

「まったく、無駄な所で気を使う。まぁ、お前はそういう生徒だったか。気にせずたまには顔を見せろ。私は変わらず、学園内に住んでいるのだからな」

「はい、先生。ワインの好みが変わっていないのでしたら、例の一本を持って遊びに行きます」

「ハハハハハ」


 にこやかにかつての恩師と手を握り合うニーカ。


(待て、って事はこれからもこの女学園に来る可能性が出て来るってことか?)


(卒業した後も学校とのコネは大事にしたいから出来るだけ足を運ぶつもりだったけど、その度にニーカさんと顔を合わせる可能性があるのか)


 イサカが村長との交渉準備をしている間に、他の武装学生たちは盗人が積み荷に手を出さないように商品を守っている。

 これはイサカの実習試験であるのと同時に、彼らの護衛訓練でもあるのだ。


 あくまで彼女達の実習に同行しているだけである二人は、仲間と恩師の会話を耳にして未来を予想する。


((が、学校に足を運ぶ度に胃が痛くなりそうだ……っ……))


「ハハハハハ。どうしたんだい頼もしき仲間達、二人揃ってお腹をさすって」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「しかし、まさかクェスター家のご令嬢と、今になってお会いするとは思わなかったな」


 準備はつつがなく進み、今は食料や農具などを始めとする村にとっての重要物資の売買について村長と話し合いが続いている。

 これがまとまり取引が成立し、金品や物資の交換が終わってから村人が待ち望んでいた市の始まりとなるのだ。


 村長の屋敷からは時折笑い声が聞こえてくるので、交渉は問題なく進んでいるのだろう。

 同行組の三人はそれやソワソワと市が開かれるのを待っている村人達(野郎二人は特に可愛らしい子)を肴に酒を飲んでいた。

 時刻は正午を過ぎた頃。早すぎないかとも思うのだが、村人は皆野良仕事の合間にビールを飲んでいる。


「どういう家だったんだ、ニーカ? お偉いさんならともかくお貴族様の話はあんま仕入れてなくてな」

「僕もだよ。触れ得ざるお方ってイメージが強いかな、貴族の方々は」


 クオンの触れ得ざるお方という発言はウソではない。

 ウソではないが本音でもない。


『貴族なんざ後ろ暗い事やらかして最終的に主人公の俺にぶっ飛ばされる役割だろ? ヒロインポジで関わり持った可愛い娘以外は地雷と考えて動いておけば問題ないだろ』


 というのが少し前までのクオンの本音である。

 

『深入りしてトラブルになる可能性が高いイメージだなぁ。なら、本編っぽい流れになるまでスルー一択。でも近くで困っているご令嬢とかいたらそれとなく優しくしておこう。主人公だし。主人公だし!』


 というのは少し前までのユートの考えである。


 現在?

 イサカという訳ありらしい幸薄少女が万が一助けを求めてきたら、己の全てを賭して助けて見せる――か、どうかの品定め中である。


 二人揃って。


 両者揃って。


「クェスター家はここの隣国――カルチェラに属する子爵家さ。いや、だった」

「子爵って事は……大きくはないけど小さくもない家って所か?」

「ま、普通ならそう考えるよね」


 貴族ではないが、そういった人間と付き合いをする程の名家の出であるニーカは、二人が飲んでるビールではなくワインを木製の樽ジョッキで飲みながら説明をする。


「クェスター家は少々面白くてね、家柄としては小さいのに発言力の大きい家だったのさ」


 雑な呑み方をすれば口廻りが赤く汚れてしまうのに対して、ニーカは丁寧にクピクピと中身を減らしていく。


「ということは、財が豊富だったのかな?」

「金に困っていなかったのは確かだけど、伯爵・公爵位を持つ方々に比べたらさすがに見劣りする。なんというか、爵位に見合った裕福さだったのさ。が、クェスター家には強力な武器があった」


 旅の中で硝子ガラスのような割れ物のグラスは商品以外ではまず使われない。

 むしろニーカが使っているような頑丈な物が好まれるが、当然それに飾り気はない。


「情報さ」

「……パッと思いつくのはスキャンダルなんかの弱みなんだが」

「ああ、それだけではないが間違っていない」

「なるほど。御取り潰しになったのはそれがあるのかな」


 だというのにニーカは武骨なそれですら上品に、そして多少の色気を含んだ飲み方を見せる。

 チロリと下唇を舐める仕草に、二人は内心(中身さえアレでなければなぁ……)と思いながらクェスター家の――ひいてはイサカという少女を見定めるために情報を集め、整理していく。


「とはいえ、クェスター家当主のアルケー子爵は手練れだった。……あぁ、武力じゃなく政治力という意味でね? 実際、伯爵位への加階も噂されていた程だそうだ」

「という事は、王家からの信頼はあったみたいだね」

「その通り。スキャンダルを握っていると言ったが、正確にはスキャンダルの数々を解決してその恩で各家と繋がりを持ったり、あるいは繋がりを仲介したりしていたと聞く。一応、どういう繋がりだったかは一通り調べてみた事があるけど、聞くかい?」

「いや、いい。……というか、なんで調べたんだよ」


 目をキラキラさせてそういうニーカに、ユートは嫌な予感を感じて反射的にそう尋ねてしまうが、


「決まっているじゃないか!」


 そうだね。


「あのクェスター家が握っていた貴族の醜聞の数々! 多少古い物だとしても十分に使える情報さ。それを使って減階、いやさお家取り潰しまで持っていこうものなら、その家の者達が一体どんな顔をして地団駄を踏むか!!」


 そうだね。


「……一応、念のために聞いておくけど」


 聞くんじゃなかったとビールに逃げるユートを尻目に、クオンが確認に入る。


「クェスター家の凋落に、君は関わっていないんだよね?」


 目の前のこの女が一応はヒロイン候補、仲間候補のままでいいのか、あるいはラスボス候補なのかの確認に。


「ああ。当時私はまだ学生だったし、それに彼女の家の凋落は彼女が言っていたように彼女の父親――アルケー子爵の病死が原因さ」


 それを聞いてクオンはホッと胸を撫で下ろす。

 人の悔恨に歪んだ顔を好むニーカであれば、少なくとも当主暗殺のような真似には関わっていないだろうとだ。


 評価のハードルが著しく下がっていないか?


「跡継ぎはいなかったのか? ってか、場合によっては女当主ってのもあり得るんじゃないか?」

「兄がいたようだが、父アルケー氏の葬儀でいくつか手違いを起こしてしまったらしい。より上位の貴族に無礼を働いたとか色々言われているが……ここは分からなかったな。よほどの醜聞があったのか、詳細が分からなかった」


 ワインの入った樽ジョッキを置いて、懐から取り出した手帳をパラパラとめくりながらそういうニーカ。

 今すぐその手帳を奪い取って燃やすべきではないかと一瞬迷うが、報復が恐ろしいので見なかった事にする野郎二人。


 主人公ヒーローだというなら勇気を見せろ。


「で、なんとかその失点を挽回しようとしているウチに兄も病死。その頃には味方が減っていたクェスター家はそのまま御取り潰しと相成ったわけさ」







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 高価な品も混ざっている荷車の周りには、見張りも兼ねた武装学生たちが警護に付いている。


「あ、イサカさん。お帰りなさい」

「話は終わりましたか?」

「ええ。荷台の見張り役、ありがとうございました」


 先日の対魔物戦というトラブルにおいてイサカ・クェスター率いる試験商隊は失点こそされなかったが、護衛役としてテストされていた学生達からすれば失点に等しい物だった。


 数いる優等生の中でもすでに数多の伝説を打ち立てている二人と、彼らの仲間である騎馬警察の加勢がなければ全員骨までしゃぶられていたのだ。比喩ではなく。


「村長宅の前に、今回買い取った物品が並べられるのでまずはそれの確認と見張りをお願いします。その間、向こうが指定した品を用意しますので」

「分かりました! すぐに行ってきます!!」

「イサカさんは今の内に休んでいてください!」

「慌てなくて大丈夫ですよ。一応向こうも見張りの人は置いているでしょうし……あ、一覧はこちらになります」


 ゆえに、力仕事役も兼ねている彼らはやる気に満ちていた。

 あの絶望的な状況をあっさりと覆した二人のように鍛えなければいけないと、まずは目の前の雑務に励もうというのだ。


 一応の護衛として剣士の女の子が残り、他はイサカから品一覧のメモを受け取りバタバタと慌ただしく走り去っていく。

 それを見送って荷車から取引の対象となった品を下ろそうとイサカが裏側に回った時、彼女の視界の端に小さな何かがうごめくのが見えた。


 緑色の絵の具を溶かした水が凍らずそのまま固まりになったような魔物・・

 スライム。

 旅人や商隊が行き来をするような道にはまず現れない、獣の死骸や苔、丈の短い一部の草などを餌にする弱弱しい魔物がそこにいた。


「……あら」


 スライムは個々で独自の進化を遂げる。

 毒を含む餌を多く獲った個体は毒を用いて人や家畜を襲うようになったり、取り込んだ大きな獣や魔物の骨を核としてまた違う魔物として脅威になる事は珍しくない。


 だが、このスライムは無害――というわけではないが脅威になる大きさまで育っていなかった。

 イサカは自分の懐から小瓶を取り出し、荷車内の緩衝材でもあった飼い葉を千切った物に中身を垂らして放り投げる。


「そら、お食べ」


 小さく微笑んだイサカは小声でそういって、赤ん坊程の大きさのスライムのちょうど真ん中に飼い葉の切れ端を放り込む。

 一見水たまりのように見える程ベッタリと地面に広がっていたスライムはニュルニュルッと形を変えてエサを包み込み――


――途端に、まるで苦しむかのように急激に形を変え始めた。


 ビチャビチャとありとあらゆる方向に広がったり縮んだりして、その緑色の体から色素が消えたり戻ったりしている。


「…………取り込む気配はない。うん、この調合比率は使えるな」


 その様子を、イサカという少女は微笑んだまま観察している。

 残っている護衛の少女は気付かず、荷車の側で盗みを働こうとする者が近寄らないか目を光らせたままだ。


 しばらくそうして、ついにスライムは絶命する。

 イサカはそれなるまでにかかった時間を小瓶に貼り付けられた白紙のラベルにささっとメモをし、スライムの躯を踏みつぶす。


 ゼリーにもみえるその身体が容易く飛び散ったのを確認してイサカは、


 イサカ・クェスターという少女は、


「――――ふっ」


 小さく、冷たく笑うのであった。




 …………。




 頑張れ、男子共。

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自分を転生した世界の主人公だと思ってたら本物がいた×2 rikka @ario-orio

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