第7話:ゴブリンとかスライムはよく絶滅しないな

 山間部での活動が考えられるクエストは最大限に警戒しろ。

 ある程度の経験を積んだ警察部隊や学生達は、それまでには先輩の戦闘職の人間から口を酸っぱく言われているだろう言葉だ。


 どのような山かによる所も大きいが、山は基本的に人間の領域テリトリーではない。

 精霊や魔力の影響を受けて狂暴化した魔物だけではなく、普通に獣――それこそ野犬ですら脅威となる。

 そのため山で住んでいる人間はともかくとして、外から山へと入り込んで商売なりなんなりをするには対応した山岳における『活動』の許可証を発行してもらった上で、中級以上の戦闘技能保持者と共に――最低でも五名の護衛が必要だとされている。


 護衛を選抜し、山岳部での商工業許可証を発行してもらうのに必要な単位のために実習を受けた少女――イサカ・クェスターは自前の武器である小剣を握りしめて、だが普通まずありえない魔物の大軍を前に身を固くしていた。


(軍でも引き連れていないと対処しきれない量! 仮にこれが魔物じゃなくて野犬だとしても!!)


 子牛ほどの大きさもあり、しかも武器の素材としても使われる固く鋭い歯を持つ巨大な犬――ウォードッグの大群。

 そこに変異して長い手足を手に入れた魔物のリザードマンまで加わって殺到している。


 両者に共通するのは、肉を食らい生き血をすする魔物であるという事。

 そしてこの場にある肉は、積み荷の中の一部である干し肉とそれを引く馬。

 そして自分達だけだという事実が、重くのしかかる。


「ちくしょう、駄目だ! 積み荷を捨てて逃げるぞ!!」


 同行していたベテランだという剣士が叫ぶが、それでは駄目だとイサカは気付いていた。

 山間部での活動、そして緊急時の対応に関しては彼女も授業でアレコレ学習していたが、餌を使った囮作戦は基本的に敵が少数でないと意味がないのだ。

 たとえ積み荷や馬を差し出したとしても、その肉に食いつけなかった群れが雪崩れ込むように襲い掛かって来る。


(どうする。どうする、どうする!!)


 ならば逃げるのか。

 リザードマンならともかく健脚を誇るウォードッグからはとても人の足では逃げ切れない。


 ならば戦うのか。

 イサカという少女も学園にて剣の振るい方は一通り受けているが、この数を斬り抜けるのは達人でも難しい。


 万事、休す。


――君、危ないよ。


 だが、達人という言葉ではすまない腕を持つ者達が偶然この商隊に着いてきていた。


「頭を低くしたまえ」


 突然イサカの後ろから女性の声と馬の嘶きが、

 そして轟音が響いた。


「やれやれ、後ろの群れを片づけていたら遅れてしまったね」


 一発。

 ただ一発の銃撃で猛牛の大群を思わせる突進の先頭のウォードッグの眉間に穴が空き、勢いそのままに倒れ込んで後続のウォードッグを巻き込んでいく。


「犠牲者が出る前に挟撃を防げたんだ。良しとしよう、ニーカ」


 特別に一隊に着いてきたという騎馬警察の女性のライフルによる銃撃に続いて、彼女の後ろから二つの影が飛び出す。

 後方から襲ってきた大群を押さえると言って、騎馬警察の女性と共に残った二人だ。


「属性を氷結に、形態を放出から拡散に変換。出力を5から2、範囲を円形から前方扇型へ」


 ともすれば執事のようにも見える優男が、その右腕に魔力の輝きを纏わせている。

 淡い金色だった輝きが蒼いソレへと変わり、その輝きを掴むように拳を握りしめている。


「さっきと同じだ。流れを止めた後は僕と君で掻き乱すぞ、ユート」

「わぁってるよ! それより今度は進行方向なんだ、固め過ぎて壊せない壁を作るなよ!?」

「もちろんだとも。――リリースっ!!」


 身体を魔法で強化しているのか、常人ではまず不可能な高さまで跳躍した魔術師が隕石のように乱れた大群の前に落ち、地面に拳を叩きつける。

 途端に、今度はステンドグラスを叩き割ったかのような甲高い音と共に拳の先から氷が広がる。

 普通に氷を作り出しただけでもまず見られない、青と紫が入り混じった美しい氷の壁。


 広範囲に、分厚く、だが無節操に広げ過ぎていない氷壁に勢いを殺しきれないウォードッグやリザードマンが激突し、更に後ろから殺到する大群に押しつぶされ踏みつぶされる。

 それを繰り返し、壁の向こう側に踏み固められた死体の山が出来上がるとともに、徐々に氷壁に罅が入る。


「どうかな、ユート。君の期待には応えられたかな?」

「期待もへったくれも、アンタならちょうどよくやれるって知っている」


 魔術師の腕が、冷気を思わせる蒼から先ほどの淡い金色の輝きに包まれる。

 右だけではない。今度は両腕に。


 そして剣士もその剣を引き抜く。

 どうということのない、だが相当に使い込まれた普通の剣。

 それが剣士自身の手によって魔術強化を施され、こちらは淡い緑の輝きを纏っている。


「そうかい。なら――片付けよう」

「おう」


 氷の壁が耐え切れずに割れるか否かの刹那に、その二人は得物を振るう。

 魔術師は魔術師らしくなく拳を振り抜いた。

 剣士は剣士らしくなく、明らかに間合いの外で剣を振り下ろした。


――おぅ…………っ!!


 その瞬間に起こった轟音。

 風を斬るような二つの轟音にイサカやその護衛達は身をすくめ、ライフルを構えている騎馬警察の女は軽く口笛を吹く。


 その瞬間に、さっきまで全てを喰い尽くさんと向かってきていた大群に二つの穴が空いていた。


 一つは魔術師。

 魔力を込めた拳による一撃。大気の壁を撃ち抜くような一撃によって、一直線上にいた全てを吹き飛ばしていた。


 一つは剣士。

 強化された剣による鋭すぎる一撃。大気ごと斬り裂くような飛ぶ斬撃によって、一直線上にいた全てを斬り飛ばしていた。


 余りに圧倒的すぎる一撃。

 余りに圧倒的すぎる戦果に魔物の大群は足を止め、本来の護衛役やイサカ達は呆然とその光景を――二人の背中を眺めていた。


 そしてその二人は、


(てっめぇぇぇニーカ!!!! 可愛い子の窮地に一声かけて真っ先に前に出るのはどう考えても俺だろうが!! なんでお前が主人公ポイント稼いどんのじゃてめっ、ゴルァァァァッ!!??)


(卑怯じゃん!! 王子様系の女の子にそれやられちゃこっちの出る幕ないじゃん!! ズルだよズル!! 代わってよおおおおおお!!!!!)


 平常運航であった。

 お前ら魔物に轢かれて来い。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「すみません! 本当にありがとうございました!!」


 下手すれば百を超えていただろう魔物は、その後あっさりと二人とニーカによって蹴散らされた。

 最初の氷壁と二人の一撃によって足が止まってしまった魔物は、それでも驚異的な数であったにも関わらずだ。

 伊達に主人公だと信じて物心付いた時から鍛え続けていたわけではない。


 それだけならまともなのだが――


(栗毛の外はねショートヘアっ子。しかも純朴そう! いいじゃん! 最高じゃん! これだよこれ! こういうのでいいんだよ!!)


 どうしてこうなった。


(普通だ。普通に可愛くて普通にいい。そうだよ、女の子が全部あのイロモノなわけなかった。そうだよ、人の足を引っ張る事が好きな人ばかりじゃないんだよ! ありがとう神様! 帰ったら神棚作りますっ!!)


 どうしてこうなった。


「それにしても、魔物がこれほど群れているとは……山岳警備隊は気付いているのか? ここらは我々277連隊の管轄でもあるのに、何の報告も聞いていないぞ」


 魔物の群れを打ち倒し、積み荷も人員も無事だったが足は確実に遅れてしまった。

 日が暮れるまでに本来たどり着く予定だった村に辿り着くには少々離れすぎていると判断したクオン達はキャンプを展開していた。


 火おこしや水の確保はクオンが魔法で。

 燃やす薪や食料の調達はユートが担当していた。


 一応商隊の食料はあるのだが、今回のような思わぬ事態に備えるために基本的に調達できる時はそうするのが商隊の基本である。


「騎馬警察の方もありがとうございました。あの、私、イサカ・クェスターと申します」

「ああ、出発時は色々と慌ただしくて挨拶出来なかったね。ニーカ・エルスヴァル。新米警官だがよろしく頼むよ。……ん? クェスター?」


 陽が落ちて、焚火の灯りが面々の顔を照らしている。

 元々の護衛だった面々は、戦闘で役に立てなかった分せめてこれくらいはと夕飯の用意をしている。

 今はユートが捕まえて捌いた鹿肉と野草を大鍋で煮込んでいる所だ。

 今晩はシチューだろう。


「……失礼だが、ひょっとして一昨年まで……」

「あ、はい。エルスヴァル家の方ならご存じですよね」


 栗色の髪の少女。イサカは小さくはにかむ。

 カス1はそのはにかみにヒロインポイントを10点追加した。

 カス2はそのはにかみにヒロインポイントを10点追加した。


「はい、元は貴族の……子爵家でした。一昨年父が亡くなった際に色々あって爵位が剥奪されましたので、今は庶民ですが」

「やはりご令嬢でしたか。一度舞踏会でクェスター家の方々をお見かけした事はありましたが……」


 元貴族。


「こうしてお会いできたのも何かの縁。ニーカ様、クオン様にユート様も命の恩人です。この度は、真にありがとうございました」


 訳あり元貴族。


「目的地である村までの道中、何かとご迷惑をおかけするとは思いますが何卒よろしくお願いいたします」


 見た所性格に難がある様子はない。

 人の足を引っ張る事に快感を覚える癖もない。


 可愛らしく、飾る事無く礼を述べて、素直に頭を下げて微笑んでいる。


「いえ、我々は責務を果たしただけです。どうか、お気になさらず」

「あぁ。魔物が来た。だから斬った。それだけの話だ」


 カス×2は、イサカ・クェスターにヒロインポイント100点を進呈した。

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