誰も知らない、先輩と私の秘密!

小林汐希

誰も知らない、先輩と私の秘密!


「ねえ沙也さや、最近あんたたち話題になってるの知ってる?」


「え? なにかあったっけ?」


 秋晴れの下、体育の授業時間のことだった。


 高校生になってずっと同じクラスで仲良くしてくれている飯塚いいづか友梨ゆりちゃんが、私、三上みかみ沙也さやに小声で話してくれた。


 午前中最後の授業は体育の時間だけど、女子種目はソフトボールだった。体育の授業は男女別で二組合同だから全員が同時に出ているわけじゃない。私はスタメンだったけれど途中交代であとは見学。正直待機の時間のほうが長いし、一応ジャージは着ているけれど、うまくすり抜けて応援を送るのがメイン……なんて子も少なくない。


「沙也って大木おおきくんと付き合ってるでしょ?」


「うん、別に隠していることじゃないし。それがどうしたの?」


 友梨ちゃんは少し声を低くして続ける。


「なんでも、彼ってウチらより歳が一つ上らしいんだよね。その理由があんまりいいものじゃないって……。そんな男子が生徒会長で、その力で沙也のことを彼女にして好き放題しているって……。あたしもそこまでしか情報掴めてないんだけどさ」


「あ、そのこと……」


 そこまで言いかけた時に授業の終わりを告げるチャイムが鳴ってしまった。


「二人とも成績が良いし、生徒会の会長と副会長だから、表立ってツッコんでくる奴はそういないと思うけどさ。あたしもなんか分かったら知らせるわ」


「うん、ありがとう。なるほどねぇ……」


 友梨ちゃんは私の言葉を最後まで聞く前に私から離れて小走りに行ってしまった。


 それならそれでいいと思っている。彼女に私と一緒にいることで要らぬ火の粉を被せるなんて事はしたくない。


「ふぅ……」


 一人ため息をついて、私は空を見上げた。


「そりゃそうだよね……。もう本当のことを知っている生徒は校内に私しかいないんだもん……」


 それに私は中学時代にも同じような……、いやもっと酷い経験をしているから、クラスの中でになるという環境には慣れている。


「沙也どうした? 体調でも悪いのか? あんまり顔色よくないぞ?」


 とぼとぼと校舎に向かって歩いている時に後ろから声をかけられた。


哲也てつやくん、別に大丈夫。次お昼だからお弁当食べよう?」


 男子はサッカーだったんだって。私の彼氏でもある大木おおき哲也てつやくんは勉強だけでなくスポーツもそれなりにこなすから、グラウンドを走り回っていたんだろうね。


 教室に戻ればみんな思い思いの席でお弁当を広げる。学食に行きたい子は着替え終わってガヤガヤと出て行った。


 私たちはいつも教室の端の方で机を並べて食べるのが常だ。


「相変わらずの少食だよな。倒れたりしないでくれよ?」


「これがいつもの量だもん」


 教室をさり気なく見回してみると、そこまで極端ではないけれど、なんとなく私たちに視線を向けている様子というのは本当らしい。


 哲也くんと私がお付き合いをしている事は友梨ちゃんにも話したように、隠し事にしているわけじゃない。


 私が高校一年の時から少しずつ段階を上げて行って、三年生になった頃には、二人でいても何も言われないくらいにはなっていたと思う。


 決して自慢をしたことはないけれど、哲也くんと私の学年での成績はお互いにツートップが定位置だ。


 もちろんそのポジションを維持するのは大変だよ? 得意科目だってそれぞれ違う。そこをお互いに分からない事があれば相互に補完して教え合っているなんてことは周囲には知られないようにしている。でもそこに邪魔が入るのを避けるために、学校の図書室ではなく、町の図書館とかそれぞれの自宅で一緒に勉強することを認められている関係にはなっているから。でももしそんなことを知られたらもっと大きな騒ぎになってしまうだろう。


 それよりも、友梨ちゃんが言っていた周囲に流れている私たち……というより、哲也くんの歳に関する噂のことの方が気になった。



 はっきり言ってしまえば、その噂は事実なんだよね。



 全部話せば長くなってしまうけど、ちょっとの間だけ聞いてもらえると嬉しいかな。


 私が哲也くんに初めて出会ったのは中学二年の時だった。


 その頃の私は、ひどいイジメを受けていて、無視をされたり、物を隠される、勝手に処分されてしまうこともあったくらい。


 やり方も姑息で先生に相談しても証拠がないからと動いてくれない。その一方で家ではそんな話題をして心配させたくもなくて、ずっと黙っていたんだ……。


 それが限界まで溜まって……、もうどこにも行くところがないと思い込んでしまった私は、一人で冬の海の中に足を進めていた。


 もうすぐ波で足をさらわれる……。そう思った時、私の名前を呼びながら腕をつかんで、頬をひっぱたいて足止めをしてくれたのが哲也くんだった。


 彼も私と同じ経験をしていたから、名前は知っていたんだとも教えてくれた。


 肝心なのは、その時の哲也くんは、中学三年生のだったということだ。小学校時代からのイジメを黙らせるために勉強も体力作りもして、その頃には校内で誰からもひと目置かれる存在になっていた。


 だから、私が今も学校を離れて二人きりになると、当時のように「先輩」と呼ぶのはこれに由来しているんだ。


 先輩は私に自分の経験を教えてくれたり、勉強もつきっきりで教えてくれて、今の高校に進学できた。



 先輩は高校に入ってからも週末は家庭教師のように来てくれた。「今は辛いかもしれないけれど、成績が上がれば先生の目が届くようになって、自然に嫌がらせは収まる」なんて裏事情も教えてもらった。だから二年生と三年生では順位は別人のように変わったよ。


 だから、「私も先輩と同じところを目指します」と約束して、推薦合格をもらった頃に今度は先輩にアクシデントが起きた。


 手術をしなければならない病気を患って入院。学校を長期に休むことになってしまった。


 出席日数不足の関係で、先輩は留年が確定した。


 当時病室で落ち込んでいた先輩に私は、「同級生になれるんですよね? 今度は私も一緒に学校に通えます」と事実上の告白をしてお付き合いが始まった。


 高校一年の時こそクラスは違ったけれど、二年生からは同じクラスになって、周囲にもお付き合いしていることを公表した。未だにいろんな声があるのは知っている。


 校内ツートップでもある私たちが一緒になることを面白く思わない意見があることは最初から想定できる。


 でもそんな声をいちいち気にしていても仕方ない。面と向かって言われることはほとんどなくて、陰口を叩かれるのなんかはお互いに経験者ということもあってすぐに慣れた。


 ただ昨年までと違うことが一つだけある。


 哲也くんが実際は一つ上の先輩であること、その事情を知っている他の先輩方が今年の春に卒業してしまったから、今はいないということだ。


 留年が決まった時、彼は病室で私に顔向けができないなんて言っていた。そんなセリフを二度と吐かせることなんかしたくない。


「強いんだな」って、いつも哲也くんは言ってくれる。本当はそうじゃない。


 私だって消えたいって思って、あと一歩のところで手を引いてくれた。


 そこから立ち上がるきっかけを教えてくれて、今の私がいる。


 お互いに辛い時は隠さない。そんな時はどちらからでも弱音を吐いたり甘えたって構わない。それがまだ名実ともに先輩だった頃に私に教えてくれたし、その時間をたくさん作ってくれた。


 その恩をこれからの時間は返していくんだ。それが私の毎日を過ごす目標になった。


 そんな出会いから始まった私たちだから、哲也くんが歳上だってことは最初から知っていたことなんだよ。だから彼が年をごまかして私と付き合っている……なんて噂は私からしたら「何言ってるの? 本当のことも知らないで?」というのがまだ口に出すことはできないけれど、それが本音なの。


「今日の午後、ずいぶん険しい顔をしていたけど、何かあったんか?」


 その日の授業が全部終わって、いつもどおりの帰り道。哲也くんは私の変化に気づいていた。


 隠し事をしないという約束はこんな時にも有効だから、私は彼に不都合な噂が流れていることを伝えた。


「そのことかぁ。これだから多様性を認めないって言われちゃうんだよな。高校以上は年齢が違っていても問題ないことは調べればすぐに分かることなのにな」


「でも、私は先輩がずっとその噂を流されていることに何もできないことに自分でも許せないんです」


「そっか……。沙也は正義感が強い子だもんな。放っておけば良いんだけど、でもそれは同時に沙也を苦しませてしまう。難しい問題だよな。俺も何かできることがないか考えてみるよ。だから沙也が一人で悩まないで欲しい。いいね?」


「はい」


 今日の宿題はお互いに何とかなりそうだということと、何かあればスマホのビデオ通話で相談すると話し合って、私たちは小さな無人駅で降りて、いつもどおりに改札口で手を振ってそれぞれの家路についた。



 あの日に友梨ちゃんが教えてくれた哲也くんの噂は、小さな学校ではあっという間に広がってしまった。ただ先生たちは本当のことを知っているし、まだ実害が出ているわけではないから何も口を出してこない。


「一歳年上なのだから、成績が上位なのも当然のこと。それをちらつかせば私がなびくのも当たり前じゃないか」と噂そのものもエスカレートしていった。


 あの中学の自傷未遂事件があってから、私はそれまで短かった髪を長く伸ばし始めた。お化粧は規制されていることが多いけれど、私たちが在学することになった高校には華美過ぎなければ髪型に規定はなかったから。


 だから、高校に入ってからも伸ばし続けた髪は今では背中まで達している。女子のたしなみとしてその長さでも枝毛が出ないように維持した。それは校内で人気がある哲也くんの隣で私が釣り合って歩けるようにと私が自分から始めたことだ。


 だから、三年生で哲也くんが生徒会長で、私が副会長と決まったときに、生徒会からの要望議題として髪型やお化粧の項目について学校の先生たちとよく話した。


 校則で束縛しない代わりに、風紀委員の子たちにも協力をお願いして、それまでに時折見られた過度な毛染めやお化粧は自粛してもらうようにお願いをして回った。私自身も女子の見本になれるようにとそれまで以上に気を付けるようにした。


 その結果、同じ校内の先生から目に余る行動が激減したという声だけでなく、周辺の高校からも、うちの高校の女子生徒が清楚に可愛く変わってきたという声が多くなったのも知っている。



 そんな中で私が理由もなくなびくだなんて余計な背びれ尾ひれがつき始めたのには正直頭にきた。


 でも、ここで私たちから爆発しては相手の思うつぼだ。いつかそれを晴らせる機会は来るからと、お互いにじっと我慢の日々が続いた。



 週末の夜にはよく二人でビデオ通話をする。今週もその時間の中で、やはり話題は例の一件が中心だ。


『言いたい奴には言わせておけばいい。先生も沙也も本当の事情を知っているんだから俺は構わない。わざわざこっちからネタを提供する必要はないだろう?』


「それはそうなんだけど……」


 私の不満げな声を聞いて彼はいつもと変わらずに笑った。直接会っている時だったら、頭をポンポン叩かれていただろうね。


『それももう少しの辛抱だ。高校三年生の三学期は自主登校になるから、ほとんどが学校に来なくなる。受験で必死になっている連中ほどこの噂で大騒ぎしている。俺たちの話題を声高に言っているなんて、そんなくだらない連中が現実から逃げているだけなんだ。いざ試験日が近づけば騒いでいる時間なんてなくなるよ』


 よかった……。ちゃんと冷静に分析して考えてくれてるんだ……。幸いにも私たち二人とも大学の進路は先に決まっている。


 その事さえ裏ではコソコソ言われてることも知っているけれど、それはそれまでの時間の過ごし方の結果だからと、私もその話題には何も言わないことにしている。



 ここまでの道は、本当に哲也くんがいてくれたからだと思っている。


 二人ともこれまで何度も人生の波にもまれて落ち込んで、そのたびに二人で支え合ってきた。


 だから、私は言われているような年齢はもちろん、見た目とか頭の良さとかでお付き合いする人を決めたわけじゃない。そんなもので決めたなんて言おうものならそれこそ哲也くんに失礼な話だ。


『沙也、もう少しの辛抱。だけど、危ない事があれば俺だって考えていることはあるから。ちゃんと二人で支えあっていくって決めただろう? 俺だって沙也がそんなふうにいろいろと吹き込まれて苦しむ姿を見ていたいわけじゃない』


「うん……。ありがと………」


『冬休みまでもう少し。その後はのんびり勉強しながら過ごそうぜ? じゃぁおやすみ』


「おやすみなさい」


 そうだ。冬休みに入ってしまえば、もうこんな話からは解放される。


 その時はそう思っていたのだけど、現実はまさか哲也くんがあんな思い切った行動に出るとは思っていなかった私が甘かったんだよね……。




 二学期も十二月に入ると、次年度生徒会の選挙が行われる。


 私たち三年生は春には卒業してしまうから今回の選挙には不参加。


 この選挙に立候補できるのは一年先と二年生だから、私たちの時代のように同じ学年で会長と副会長が並んだり、一年生で重職に選ばれることもある。


 ただね……、そこでも哲也くんの噂はねじれて伝わっていた。


 生徒会長になれば、自分の好きな相手を副会長に出来るなんて。もう無茶苦茶だ。


 このことで頭から湯気が出そうな私に冷静になれと言い続けてくれたのが哲也くんだった。


「まぁ落ち着けって。最終日に引き継ぎ式があるだろ? あれまで我慢だ。今ここでトラブルを起こせばそれもパーになっちゃう。それは俺たちにとってもマイナスなイメージにしかならない」


 そんな時間も何とかやり過ごして、ようやく二学期の授業が終わり、体育館で終業式と生徒会の引き継ぎ式が行われる。


 今年も、会長と副会長は同じ二年生から選出された。この選挙に私たちは一切手を出してはいけないから、事実上役目は終わっていたんだけどね。


「それでは、生徒会の引き継ぎを行います。大木哲也会長、代表でお願いします」


 壇上にいる私たちと、これから何を言い出すのかと期待している全校生徒の視線が交錯する。


「そんなこんなで、僕の挨拶も最後になりました。皆さんが選んだ峰尾みねお会長と鈴原すずはら副会長にこの最後の言葉を持って全生徒会権限を引き継ぎます」


 ここまではシナリオどおりだ。問題はこのあと。それぞれ一年間の感想という形で一言話さなければならない。


「大木会長、先輩はご自分にかけられた噂について知らないわけないと思いますが、そのことには何も触れずに終わるんですか? それじゃみんな納得しませんよ!」


 突然、思いがけない内容で二年生のブロックから声が上がった。


 その言葉に端を発して、体育館のあちこちから拍手があがる。


「仕方ありませんね。では、そのことについてお話をしたいと思いますが、先生方、お時間はよろしいですか?」


 壁に並んでいる先生たちに許可を貰って、哲也くんは自らの言葉で言ったんだ。


「皆さんが噂していることの一部は本当です。僕は年齢からすれば今の三年生より一つ上の十九歳であることは間違いありません。これは日本の学校教育の中で、高校以上ではごく普通に起こりうることです。そこは誤解しないでください」


 あちこちから「やっぱり」という声が聞こえる。ここまで広げてしまった騒ぎをどう収める気なんだろう。


「僕についていろいろな話題が飛び交っていることは承知しています。ですが、年齢以外のことについては、僕が話しても聞く耳を持ってもらえないでしょうから、一番の証人に話してもらうことが一番いいと思っています。ここからは三上副会長に変わりたいと思います」


「私?」


 予定していなかった突然のことに、私の方が面食らった。


 哲也くんは私をマイクの前に手招きすると、背中に手を当てて、私だけに聞こえるように言ったんだ。


「ここで全部ぶちまけちまえ。俺にも遠慮はいらない。沙也がこれまで感じたこと、思っていたこと、全部話してスッキリしろ。どうせ俺たちの生徒会の役目はここで終わりだ」


 ニッと笑って背中を叩いて私の斜め後方に下がったんだ。


 突然のことにどこから話そうか……。でも、全部ぶちまけていいと言われたなら、私たちが後ろ指を指される関係でないことを伝えるには、ことの発端から話すしかないと思った。


「ではお時間を頂きましたので、ここで私から質問をします。手を挙げることはしなくていいです。これまで小学生から高校の今まで、イジメをしたりされたりした人はいますか?」


 いきなりの質問に体育館がざわつく。手を挙げなくていいといったのは、私たちの出番はこれで最後だから、わざわざ遺恨を残す事はしたくないという理由だった。


「はい。心当たりのある人もいるでしょう。私は中学時代に酷い事をされてきました。無視をされたり、物を取られたり隠されたり、いわれのないことをでっち上げられたり。誰にも迷惑をかけたくなくて我慢してきました。でも、それも限界になって、私は中二の冬に裸足で海に入って、『こんな事もう終わりにしよう』と思ったんです。意味は分かりますよね?」


 体育館の中が静まり返る。みんな高校生だ。私が自傷未遂を起こそうとしたことは分かるだろう。


「その時に、後ろから手をつかまれて、足が波にさらわれるのを止めてくれた人がいました。その人こそ、ここにいる大木哲也先輩なんです」


 みんなの視線が一斉に私の後ろに移動する。


「先輩も私と同じ経験者です。それを跳ね除けて、中学では学力も人気も今のみんなが知っている立ち位置を勝ち取った人です。そして、私に自分の経験をすべて話してくれました。先輩の存在があったからこそ、私はいま学校の選択をはじめとして、ここにいることが出来ています」


 ここからが本題だ。一度振り返り、彼の顔を見ると「そのまま続けろ」と頷いてくれた。


「先にこの高校に入った先輩を追いかけるように、私もこの学校に入ることが決まった時、先輩は長期の入院を余儀なくされて、留年が決まってしまいました。これが皆さんが言っていた年齢の謎の答えです」


 これで一年の年の差の謎を明かしたことになる。


「留年が決まり落ち込んでしまった先輩に、私は自分の人生を変えてくれた恩として、『高校では同学年』になることを伝えて、一緒に歩いていきたいと私からお付き合いを申し込んだんです。ですから、私が中学三年生の時から私たちは二人でした。私たちの両親にもそれは話していて、了解を得た上できちんとお付き合いをしてきました。皆さんの噂にあるような、年齢の差を利用して私のことを好きなように……というのは全く逆です。私からお願いをして隣にいさせてもらっているんです」


 特に女子の視線が私に釘付けになっているのが分かる。私の恋愛事情の公開話だもんね。


 でもこれは紛れもなく私たちが経験してきた事実だ。もし話を広められるなら、こっちのほうがいい。


「先生方の前で言う事が相応ふさわしいかは微妙ですけれど、私の初恋です。あの日、海で手を引かれていなければ、ここに私はいません。それからはお互いに傷ついた時には支え合ってきました。一緒にいるから勉強がおろそかになったと言われないように、お互い必死でここまで来ました。私たちのことを面白いネタだと思って噂を拡散した人は反省してください。先輩は私に今日までずっと我慢だと言ってきました。そして今日、私にこれまでのことを吐き出す時間をくれたんですよね?」


「そんなもんだろ?」


 哲也くんは笑って再びマイクも前に戻った。


「まぁ、そんなことで先生方も知っている僕の過去もみんな三上副会長がぶっちゃけてくれましたが……。それでも異議がある人はいると思います。でもこの数ヶ月、三上さんが辛そうにしているのを見ていられなかった。だからどういう結果になるか分からないけれど、この時間をぶっつけ本番で作りました。思いっきり吐き出せたか?」


「えっ? これ考えてたんじゃないの? 念入りに考えられていたのかと思ったのに……? 何も考えずに全部しゃべっちゃったよ?」


 私の返事に体育館は大爆笑だ。


「沙也やっちゃったじゃん!」

夫婦めおと漫才にしてはスケールデカすぎ!」

「人生かかってたんだもんな」

「二人ともかっこよすぎ!」


 そんな声があちこちから聞こえる。


 でもそこにはもう噂をしていた時のような疑いの視線はない。


 マイクを先生と次の生徒会執行部に引き継いで、私たちが二人並んで壇上から降りた時には拍手まで起きたっけ……。





 春休み、私たち二人は揃ってお買い物にショッピングモールを歩いていた。


 なんてことはない。四月から大学に通う私たちの学校用品を揃えに来ていただけの話。


「沙也は落ち着いたか?」


 売り場巡りも一段落して、何を買うかまとめるために一度フードコートでお昼ご飯にしようと座った。


「それは哲也くんだって同じでしょ?」


 高校三年生の三学期は登校日を除いて自宅学習を選ぶことも出来る。


 でも、私たちはその期間も学校に来ていて、二人しかいない教室で大学が始まってすぐに行われるという学力テスト対策の予習時間に充てていた。


 これを見ていた先生たちが、私たちの成績維持の仕掛けを知ったって。


 そして卒業式の日、私たちは二人揃ってみんなからお詫びの言葉をかけられたんだ。


 私に最初に話を持ち込んだ友梨ちゃんからも無責任な噂を信じて悪かったって謝られたんだよね。


「本当に反省したなら一人ずつ来ても良さそうなもんだけど、そこまでは出来なかったんだろ。まぁ、高校時代までの連中ともしばらく会うこともないだろうしな」


「そうだよね。私たち二人を誰も知らない場所でやり直すんだもんね」


 そう、私たちは新学期からこの小さな町を出ることにしている。


 私たち二人のことを誰も知らない場所で再出発することを受験の時から決めていた。


 同じ学校に進学が決まってから、私たちのことをすべて見てきた双方の両親から、それぞれの一人暮らしではお金ももったいないからと同居を許されたのには驚いたよ。


 だから、引っ越しの準備は荷物の量も最小限で、足りないものがあったら都度どちらかの実家から送ってもらうか新しく買うかを決めればいいことにした。


 実家を出る寂しさはあるけれど、それ以上に二人で新しい場所で再出発できることの方が嬉しく楽しみだった私たち。


 いつだったか「他はなんとかなってきたけど、料理はできないぞ?」なんて笑っていたけれど、それは私の出番だと思っている。きっとこれも見越して哲也くんのご両親が話を入れ込んだのだと思うだなんて内幕を教えてくれたり。


 最初は慣れない新しい場所での生活や環境に戸惑うこともあるかも知れない。


 でも、一人じゃなくて二人だもん。それに私の中では、哲也くんさえ許してくれればその先のことだって心の中で決意していることもある。


 だから、その前の練習として大学生の四年間はちょうどいいと思っている。


「帰りに、あの海岸に行ってみないか?」


 買い物の荷物を両手にぶら下げて、哲也くんが提案してきた。


「そういうことは身軽な時に言うんだよぉ」


 口ではそう答えるけれど、笑って私は頷いた。


 小さな町の外れにある小さな海岸。


 もう寒さは緩んできていたから、私はローファーと靴下を脱ぎ砂の上で裸足になった。


「おい、沙也?」


「だって、今の私はここから始まったんだもん。大丈夫。先には行かないから。心配だったら沖に出ていかないように手でも握っておいて?」


 彼も分かってる。私が波打ち際の先に足を進めることはないと。


「そうだな。じゃあどこにも行かないようにこうしておくか」


「……うん。ここがいい。あったかくて安心できちゃう。だから私のこと、ずっと見ていてね」


 両腕で抱きしめられた彼の胸元で、私はこの先のお願いを初めて口にした。



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