第1話 騎士と魔王、亜空間で同居する
数日後、最果ての洞窟内部。
一人の青年が封印水晶の前で祈りを捧げていた。
胸元で十字を切り表をあげる青年――
精悍な顔つき、勇者イザークその人だった。
「報告に来たぞアルフレッド」
そう言って彼は少々赤く腫らした目で真摯に見つめてくる。
「私はやはり王家……父の後を継ぐことになった。お前が守ってくれたこの国を王族としてしっかり守りたいんだ」
遠い目をするイザーク、それは次世代の名君を期待させる覚悟の眼差しだった。
「ワガママで気ままな放蕩息子はもう卒業だ。背中を押してくれたのは君だぞ、英雄アルフレッド」
イザークは覚悟の顔を少し緩め、柔らかい表情を封印された水晶に向ける。
「あぁそうだ、実はエレオノーラと結婚することになったんだ……報告が遅くなって悪いな」
イザークは照れくさそうに頭を掻いた。
「散々「早く付き合え」だの何だの言われても恥ずかしくてと素直になれずにいたが、認めたら気が楽だな。お前がいる時に報告できればよかった、今は後悔しっぱなしだ」
はにかむイザーク。そして話題は他の仲間のことへと移った。
「ウェルチは心を入れ替えて自分の盗みの技術を世の中のために使い始めたよ。ビックリするくらい今は真面目に働き始めている。彼女の魔法道具の知識があれば、世の中は大いに発展すると思う」
一拍置いてイザークは続ける。
「彼女はお前のことを……まあいい。っと、そうだ! オリバーだが急に勉強をし始めたぞ。お前との決着以外の別の目標を見つけようとしているみたいだ」
笑いながらイザークは水晶に触れる。
「お前はいろんな人間の背中を押してくれたな。感謝してもし足りないよアルフレッド」
語り続け、また目を赤く腫らし始める彼は目を細めた誤魔化すようにクシャリと笑うのだった。
「お前いないと淋しいな、聞こえてるか分からないけどね」
「いやメッチャ聞こえるんだけど」
水晶内の亜空間にて。
アルフレッドは一方的に話しかけてくるイザークにこっちの声は届かないと分かりつつも律儀に受け答えをしていた。
「いやさ、封印って意外にハッキリと意識があって受け答えできるなんて思いもよらなかったぜ。外の様子は見えないけどさ」
姿は見えずとも声だけでも嬉しいアルフレッドは顔をほころばせていた。
そんな彼は愚痴とも取れる言葉をイザークに向ける。
「腹も減らないし眠くもならないしよぉ……水晶魔法で封印された人類初の男って講演会開いたら一儲けできるかな。学会に発表すりゃいくら貰えるんだろうか、結構キツイし新築一戸建て買えるくらい稼げないと割に合わないぜ。だってよぉ――」
「うるさい、もう少し静かにしてくれ」
「すぐ隣に魔竜王がいるなんてなぁ……」
彼のすぐ後ろに、例の魔竜王が片肘をついて寝っ転がっていた。
ボリボリお腹なんか引っ掻いている姿は決戦当時の見る影もない。
「メッチャくつろいでるし……」
亜空間のせいで距離感はぼやけているが一人暮らしのワンルームに魔王と同居状態。相手の息づかいや衣擦れが微妙に気になる距離である。
アルフレッドは小さく嘆息した。
「ふぅ、まさか道連れにした宿敵と一緒なんて気まずいったらありゃしないぜ」
そんな愚痴をこぼしていると、イザークは別れの挨拶を始めていた。
「それじゃあなアルフレッド。当分、ここへ戻ってこれなさそうだ……なんせ封印の地だからな、許可がないと入れないようになってしまった」
色々話したからかイザークの顔は晴れ晴れとしていた。
付き合い長いアルフレッドには表情こそ見えていないが声音で表情が分かったようである。
「まあ、お前が救ってくれたこの世界で、一生懸命頑張らせてもらう。さらばだ親友」
「新婚なんだしよ、無理すんなよ親友」
そんな彼の様子を魔王はこれ見よがしに嘆息する。
「ふん、ヤダヤダみっともない。湿っぽい男同士の別れなんてさ」
コイツこんな喋り方だっけ、と気になりつつもアルフレッドは言い返す。
「当たり前だろ、下手すりゃ一生会えないんだぞ! 声だけでもサヨナラが聞けてよかったよ……えっと何年封印されるんだっけ?」
「千年」
サラリと気の遠くなる年数を口にされアルフレッドはその場にへたり込んだ。
「うっわ、千年てマジかよ……知ってたら身を挺しての封印に躊躇していたぜ。いや、逆に知らなくて良かったかも」
「文句を言うな文句を、お前のとこの神官の腕が良すぎたんだ……ふあぁぁ、暇だ」
褒めているのか褒めていないのか分からない言葉で魔竜王は大あくびをかました。
アルフレッドは不貞寝し始める魔竜王に片眉を上げる。
「千年も封印されるのに随分余裕だな」
鎌首を上げ、魔竜王は不敵に口元を歪めた。
「そりゃそうだ。こっちとら二回目の封印、慣れたもんだよ」
「慣れたもんって……オイオイ」
「ボクのことは先輩と呼べ先輩と。まあ前回と違い独りじゃないのは少しは気が楽か。こんな虫ケラでも話し相手にはなるだろう」
散々人類を追い詰めた魔竜王の言葉にアルフレッドは激高する。
「虫ケラだぁ!? その虫けらに封印されたのはどこのどいつですかぁ!? 虫ケラに一矢報われたお前は図体だけがデカいトカゲですかぁ!?」
売り言葉に買い言葉、魔竜王は鼻息荒く言い返す。
「アレはケアレスミスですぅ! あとボクはトカゲじゃありません立派な竜族ですぅ!」
「つーかお前が人間を滅ぼそうとしなければ、こんなことにならなかったんだぞ! 身から出た錆って知っているか!?」
「なんだと!? 魔族を滅ぼそうとしてきたのはそっちだろうが!」
顔つき合わせ、睨み合い、そして殴り合おうとする両名。
だが亜空間、お互い手を出しても全く手応えがない。
殴った感覚で徒労になると感じた二人はすぐに手を止め、また睨み合うに止まった
「ったく、こんな狭いところで暴れるな」
「そっちだって。醜く愚かな人間め……今に見ていろ……」
強烈な憎しみを魔竜王から感じ、アルフレッドの脳裏にある疑問がよぎる。
「ちょうどいい機会だし聞くけどよ。なんで人間をそんなに憎むんだよ」
かなりドストレートな質問。
命を賭けた人類の敵に対して気軽に尋ねられるようなことではないだろう。
だが、ここなら殺される心配もない……だから聞けた素朴な疑問。
その質問に、魔竜王ブルームはゆっくりと答えた。
「ふん、いいぞ。時間だけは腐るほどあるからな――」
ブルームの口から紡がれたのは人間に虐げられ、滅ぼされた竜族の村の話だった。
「故郷を追われ、人間の妄信や戯れなんかで命を狙われたボクら。種の存続を反旗を翻すも抵抗空しく敗北、ボクは封印されたんだ。これが一度目の封印」
怨念、虐待の歴史、失った仲間の苦悩を切々と語るブルーム。
「その後、憎しみを抱いたまま封印の解けたボクは竜族の子孫が所属する魔族の王として君臨し――」
それを聞くアルフレッドの目にボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「――だからボクは……え? なんだ人間? 己が過ちに悔い改めたのか」
「あぁ、ふざけた話だ、情けねぇ。俺が居たらくだらねぇ人間たちを全員ぶん殴ってやるぜ……大昔の話だが人間を代表して謝るぜ、スマン」
「お、おぉ、そうか」
素直に謝られ魔竜王は肩透かしを食らった顔をする。こんなストレートに謝られるとかえって毒気が抜けてしまうようで顔から険しさがすっかり失われていた。
グジグジと鼻をこすりアルフレッドは続ける。
「でもよ、その憎しみ心を魔族に利用されたんじゃねーか、今聞いた話じゃ世界への侵攻はお前の願いとは思えない」
「あぁもう、情けない顔をしおって」
ブルームは羽根を伸ばして彼の顔を拭う。
「すまん……もう一度聞くぜ、お前がやりたかったのは魔族による世界征服なのか」
その質問に対して魔竜王は素直に答えた。
「いや、確かに我も思っていた。復讐心を一部の魔族連中に利用されているだけではないのかと……まぁ、気がついたらもう、後戻りが出来ぬ状況だったからな」
魔竜王もまた単純なアルフレッドの朴訥な性格にあてられ本音で語った。
「信じたかどうかはこの際置いておいて……もうちょっと早く教えてくれればなぁ、そうすればもっと良い関係が築けていたかもな」
共に封印され、亜空間を共有するアルフレッドと魔竜王。
この不思議空間の力か、考えてる気持ちを共有できているようで、アルフレッドが嘘で涙を流しているのではないと確信したようである。
この空間だからこそ、魔族と人間の二人は和解することができた――いや、単純熱血漢のアルフレッドだったらば亜空間抜きで心が通えたかも知れない。
「そうかも……な」
魔竜王はクビを項垂れさせ、静かに呟くのだった。
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