第五.〇話 ミチオ、完結す。そして漢字の集合体が読み辛い本作。「ワザとです。」
「着いたわい..」
ギランギランゆらんゆらんの蜃気楼の中で、更にグニョングニョン、ダラしなく高く聳える、細くて長い、一本の煙突の館。牛乳色と漆黒の二色展開の外壁塗装。古い館。外壁を新緑のツタの無精髭が全面に亘り進行中。雰囲気の在る中年男性ならば、ダンディの称号。周りの女性達からは、堪らず溜め息を一つ、又は二つ漏らす程の逸材の建築物。当時は殺伐として居て、廻りに何も無かったが、今では住宅に囲まれて幸せに佇む古い館。
糞ジジイのタカハシの脚をしても、駅前から徒歩、本来で在れば約一分。ムラカミとの約束の時間は、確か午後十六時だったと思う。が今は既に夕刻十八時近く。この作者のエゴのせいで大幅に待ち合わせに遅れた。
スマナイ。
然し大丈夫。
其の辺は全て、この作者の匙加減。
大人の事情で如何にでもなるのだ。
と云う訳で、時刻を十六時に逆回転の描写。
タカハシは館入り口の、一面の殆どが磨り硝子製の古い引き戸、右側に引いて中に入る。玄関先は、さながら温泉宿の玄関の様に、上がり框に沢山のスリッパが綺麗に並べて在った。右側の壁には、打ち付け木製の縦横二〇足掛ける二〇足の正方形。立派な靴棚がドスンと鎮座。靴棚の反対左側、擦り硝子で閉められて居る個人病院に在る様な小振りの受け付け台。木製の縁は柔らかい牛乳色で展開。訪れる者達に牛乳を飲みたくなる意識を注入。ご安心下さい、その靴棚の隣には自動販売機を設置。扱う商品は全て牛乳の拘り派。
擦り硝子、受付け向こう側の世界、何も生気は感じられないタカハシ。受け付け台の所に、叩くと「チーーン」と鳴る金属製、銀色の呼び鈴が置いて居る。
「チーーン」タカハシは叩く。応答全く無し。其の「チーーン」の音色が哀しげにタカハシの佇む玄関先の空間内を暫くの間、反響し合う。
「チーーン」
「チーーン」
「チーーン」
「チーーン」
「チーーン」
「チーーン」
「チーーン」
「チーーン」
「チーーン」の現場の情景。
(チッ、アイツ、さぼってやがる..)
タカハシは次の展開待たずして靴をスリッパに履き替え、上がり框をズカズカと上がって、擦り硝子と木で出来た、古い旧家で見かける引き戸を「ガラガラっ!」豪快に開ける。靴は靴棚には収納しない、これがタカハシ流。
「おおい!どこ行ったぁ?ムラカミよぉ!」
「あぁん?馬鹿、知ってんよ。お前が今朝オレに電話して来たんじゃねえか。此処だ」
引き戸を開けて、本館の広い多目的ホールに出たタカハシの耳に、玄関先の受付け擦りガラスの向こう側の世界、管理人室に居るムラカミ。部屋のドア越しからタカハシに吠える。「トットと入って来いよ、馬鹿」
この館の廊下の床は白黒のオセロの様な硬質で冷たいタイルで統一。遺族が待つ各待合室となる部屋は全て畳の純和風展開。
ムラカミの居る管理人室に、タカハシはユックリとパタパタ歩き、ノックはせずに其のまま入り口の引き戸を引いた。
「おっせえよォ、タカハシぃ。オレ六時まで待って、たった今四時に戻った。何だコレ」「あぁ悪いワルイ、チョットな色々在ってよ。俺の都合じゃナイ、作者の都合じゃ」
小太りで低身長、頭の両端にしか毛が残って居な重症の禿げ。然しながら人懐っこそうな顔付きで、鼈甲のセルロイドの丸眼鏡を掛けたムラカミ。ダラしなく、合皮の茶色い一人掛けのソファーに逆さまで寝そべって居た。タカハシとムラカミは、知り合って一世紀強は経って居るが、年齢は互いに知らない。聞いた事も無いし、聞きたいとも思わない。勿論知りたいとも思わない。興味が無い。唯一この二人の老人の共通点。其れは此の館、『赤い風船火葬場』
タカハシがムラカミと初めて此処で出会った頃は、身長は今と殆ど変わらず低かったが、もっと痩せて居た。今ではどうだ、タップリと肥えた。ムラカミ曰く、遺体を焼いて居る際にツイツイお菓子を摘んでしまうのだそう。この仕事をやりたての頃は、窯の前に只ひたすら立ち尽くし、人間の焼け具合を細かに凝視していた。だがイザ慣れて来ると、熱波に我慢出来なくなって来る。熱い、汗を掻く、水分補給と糖分補給が必須、そして甘味ジュースで逐一水分補給、次いでに甘いお菓子で追っ掛け糖分補給のムラカミ。だから肥えた。
“人間を焼かしたら、このムラカミ”
小馬鹿にした様な表現をしたが、この地域一帯で此の様に評される程の名人へと見事に昇華。世界中にも其のファンは多い。
「焼きの事なら先ずは俺に聞け」これは酔った時のムラカミの名台詞。タカハシも多々この管理人室で聞かされて居る。
「で?タカハシぃ、其のデッケエ袋の中か、今日のブツは?」
合皮のソファーに逆さまに寝そべったまま、ムラカミはタカハシに聞いた。
「あぁ小っちぇえべ?今日のヤツは。此処に来る前に、実は霊安室でワシが下拵えしてきてやった。だから今日は楽よ。」「そっか..ヨォオシと、じゃあ..ヤンべか?」
ムラカミは合皮ソファーからユッタリと立ち上がり、ダラシ無く見えて居たBVDのヴイネックティーシャツを、ムラサキ色のスウェットパンツの中に手で強引に押し込む。
「なんだムラカミ、今日も俺だけか?」
「ああそうよ、この町に年寄りはもうメッキリ減っちまったからなぁ、目ぼしい奴らは全て俺がこんがり焼いてやったのよ。今日の仕事は暫く振りだな、アンガトよ。」
新興住宅街都市として生まれ変わった『ユー、トピア駅』、旧『死の風船駅』。此の頃の住民の老人の全てを焼き切って居たムラカミ、仕事が無く不貞腐れて居た。新興住宅に住む家主は若者が多い、よって死なない、よってムラカミの仕事が無くなる、よってムラカミがイジケルと云う好循環。だが決して火葬場は無くならない、何故なら人は必ず死ぬ。
「ヨッシャ!タカハシ、此処でチョットだけ待ってろ。オレは窯に花火を打ち上げて来っからよ」
“花火”これはムラカミ用語の一つ。焼却炉の種火の事で在る。今ムラカミは部屋から出て行った。何脚か椅子が在る中、タカハシはムラカミが座って居た、未だ彼の生暖かい体温を感じられる合皮のソファーに敢えて落ち着いた。合皮ソファーからのタカハシの目線上にはブラウン管テレビが在って、再放送の時代劇が放送されて居る。老人は時代劇ズキの先入観が読者には在ると思うが、タカハシは嫌い。(芝居で人を斬って一体何が愉快なのか?ワシは合法的に死体を斬って居る。本物に勝る快感など無いぞ..)
一昔前の此の『赤い風船火葬場』は、老人達の遺体が数多く集う社交場だった。ムラカミは常に上下をノリの効いたタキシードで身を包み、頭には山高帽子。日々、秒分単位で各パーティーを、其れは忙しく取り仕切って居た名物マスター兼焼き氏。六基在る焼却炉、営業時間内は常に火が焚かれ、主催者と来客達は揃って漆黒のパーティー衣装に身を包み、多目的フロアーで其の燃え盛る遺体を待って居る間、只ひたすら踊り狂い続けた。糞ジジイと糞ババアが、キラキラ思いっ切り輝いて居たゴールドラッシュ。とても重厚で濃厚な充実した黄金時代が此の館には在ったのだ。だが、どの様な時代も最後には必ずお終いと云うものはやって来る。老人達は在る時期を境に急激に絶滅の一途を辿る。高齢者数の減少に伴い、この旧『死の風船駅』の衰退が始まった。寿命を迎え、次々と憤死した家族の居ない老人達。そして残された家屋達。砂漠地帯と化した『死の風船駅』周辺。第四話から第五話までと時間は掛かったが、ここで話は『ユー、トピア』ニュータウンに初めて繋がるのだ。衰退から再生迄の過程を体現したい読者は、第四話を完読した後で、今作の第五話を読む事を最低二年間程待って欲しい。きっと分かる筈。
管理室で只何もせずに眼を閉じて居たタカハシ。館の表から子供達のはしゃぐ声が聞こえて来る。この館の前の大通りを歩いて居るのだろう、其の子供達の声が遠のき、聞こえなくなるにつれて、向こうから、スリッパの「ペタッ、ペタッ」と云うムラカミの足音が、徐々に大きく管理人室に入って来る。
「タカハシぃ、今ぁ窯に花火上げて来たから、後二〇分も在ったら焼けるぜェ」
引き戸を開けて入って来たムラカミ。
「オォそうか、フゥゥん..じゃあ行くべか」
引き戸入り口の壁に腕組みをして、凭れ掛かって居るムラカミを焦らすかの様に、タカハシは時間を掛けて立ち上がる。
「お前、先に行ってろ。ワシも直ぐに行く」館内の見取り図は全てタカハシの頭の中に入って居る。ムラカミの案内は別に必要は無い。
「ケッ、不死鳥の窯で待ってっからな」
そう言い残し、ムラカミは部屋から出て行った。火の具合が気になるからだ。
『赤い風船火葬場』全ての焼却炉には名前が付けられて居る。命名者はムラカミ。番号などでは無い。無機質さを感じるからと、ムラカミが商売を始めた時に決めた事だ。物にも魂在り。激臭が著しいミチオが詰められたビニール袋は玄関に置いて来たタカハシ、其れを取りに管理人室を後にした。
管理人室の前には大きな多目的ホールが広がっており、其の向かい側には遺族の人間達が出待ちをする、六つの畳部屋が完備。この多目的ホールを左側に進んだ突き当たりに重厚な観音開きのドア。手術室の様な、円形の直径三〇センチの覗き窓が在る。ドアを開けると焼却炉室のロビーへと繋がる。其処にムラカミが居る筈だ。六基在る焼却炉の一番端、
“不死鳥の窯”。鋼鉄製、寝心地具合最低のベッド。此処でミチオは最後の地球生活を送る。
「フハッ!なッ、なんだよっコレ!然もクッせえっじゃねえかよ!タカハシ!」
不死鳥の窯でタカハシを待って居たムラカミが、やって来たタカハシの持って居たビニール袋の中身を、鋼鉄製の台座の上に乱雑に並べた内容に思わず声が出た。そして此の「フハッ!」は、長らくビニール袋の中に閉じ込められて居たミチオの『意識』の一言も被って居る。詩の世界で云うところの“ダブルミーニング”。嘗てのボブディランが最も得意とした手法。
「な!なんだよ、それ?!」
タカハシ同様に、軽く一世紀強の豊富な人間経験が在るムラカミでも、これには流石には驚いた。誰が見ても分かる程の鮮度が非常に悪い、マトモな精肉店や鮮魚店では先ず御目に掛かる事は無いだろう、大きなガラス製容器のタッパーウェアーの中にギッシリと詰まったミチオの腐乱肉。大きな真空パックの中に軟禁され、呼吸困難な状態のミチオの骨のコレクションの数々。そして或る一冊のハードカバー本。是等が台座の上に置かれた。
「ウケケ。何だぁ、ムラカミぃ?お前でも一丁前に驚く事が在んだな?」
タカハシは冷やかす。
「プッ!シュウウぅぅぅぅぅっ!」
タカハシは先ず、ミチオの骨を入れて在る真空パックのジッパーの部分をユックリと開いた。次に右手を使って丁寧に、一本ずつミチオの骨を袋から取り出し、鋼鉄製ベットの上に並べ始めた。この『ミチオ原寸大人体骨モデル』の総部品の数は軽く数百は超える。其れもそうだ、あの小さな光り物の名魚、鰯にしてもアレだけの骨の数。此れが大きな人間の体なのだから尚更の事だ。
「..さぁ先ずはこんなもんか。後は知らん、だからムラカミ、お前も一緒に手伝え」
ミチオの全ての骨を真空パックの袋から取り出し、鋼鉄製ベットの上に其れとなく、人型風に組み立てて並べてみたタカハシ。が、矢張り納得出来ない表情。人体っぽく無い。そこで今回、一緒に持参して来た或る雑誌を手にした。
『ヨイコのカラダ大図鑑』
これこそが先程の『地球堂』にてタカハシが求めて居た商品。別名、又の名を“ミチオ取り扱い説明書”。タカハシが勝手に命名。ミチオの骨を掴む、周りに付いた脂がギトギトにこびり付いたタカハシの右手。其の利き手で一枚ずつページを捲っては、目の前のミチオの復元に必要なページを探す。タカハシが誤算だったのがミチオの肉の脂。指がネチョネチョして中々ページを捲れない。指を舐めて唾液で濡らせば簡単なのだが、そうするとタカハシはミチオの肉を舐める事になる。食肉の趣味は無いタカハシに、ミチオの肉を愛撫する気持ちは無い。
「あった..」
其のページはとても大きく、各部位を拡大した幼児向けの人体骨模型図。四枚分の見開きページが折り畳まれて居る、カラー版の人体骨模型。タカハシはミチオの一本の極太の骨を選び、其のページが本の圧力で閉じてしまわぬ様、見開きの状態にする為に、骨をページの上に置き、老人力を最大限に加え、ページにクセが付くまで上下にゴリゴリとした。
(これで良し..)
「さ、ムラカミ、やっぺ。ワシと一緒に」「フハっ!や、やれって、この骨、オメェと一緒に組み立てんのかよ!俺ェ、模型なんて長い事やってねえぜぇ?其れこそガキん時の福笑い以来かもな」「喧しい、人手が無いよりマシよ。良いからホレ、とっとと手伝え」 普段のムラカミは、焼かれる遺体の家族達が佇む此の焼却炉の来客用ホール側では無く、この焼却炉を挟んだ向こう側の聖地、コントロール室の中に一人籠り、焔を操る名指揮者と云う選ばれた立場の人間。観客席の世界を体験したのは、ムラカミには今回が初めてなのかも知れない。
「オイ、タカハシよぉ?俺達の世代は精々が“福笑い”止まりだぜェ?人の骨ェ組むなんざ、正気の沙汰かよ?!」「煩え、良いから黙って組め」「チッ、なんでぃ..偉そうによ」
こんな会話を繰り広げながらもムラカミもタカハシ同様、何時の間にかミチオ作りに没頭して居た。奥深し人骨の世界。焼却炉が六基並ぶ、床が白黒タイルの広いホールの中、糞ジジイ二人とミチオ模型の一体。そして微かに漏れて来る、焼却炉の鋼鉄製ドアの中の焔の雄叫び。館天井から眺めるとコンナ感じ。
「タカハシ、オレ小便行って来る」
ムラカミは勝手にそう言い残し、足速にホールから出て行った。タカハシはムラカミが出て行った事には全く気が付いては居なかった。其れ程神経を集中させて居た事になる。其れから暫くして、ムラカミが濃いめの冷たいカルピスが入ったグラスを持って戻って来て、タカハシの所に置いた。だが、其れもタカハシには全然気付く気配は一向に無し。
「オイ、タカハ..」ムラカミに背を向けて、コツコツと作業に没頭していたタカハシに声を掛けた其の瞬間、「ォオオオ..やった!やったぞぉムラカミい!出来た出来たっ。ほっ、ホレ見ろ、これ!コレがミチオ君じゃあ!」
ムラカミは逆にタカハシの雄叫びに驚いた。
「ホっ、ほれいムラカミぃ!挨拶せえッ、この彼が完成品のミチオ君じゃぞ!ォオオオ..生前のミチオ君にそっくりじゃて..」
分かって居る。
ムラカミは良く知って居る。
タカハシは別に狂って居る訳では無い。
このタカハシを狂って居ると思う人間の方が狂って居るのだ。
ムラカミとタカハシ、伊達に付き合いが長いだけでは無い。ムラカミは此のタカハシを熟知して居る。タカハシは人間の死体が好きなのだ。
これ迄長いトキを掛けて、独自の文明社会を開拓して来た惑星地球の現支配者、人類。そんな傲慢だった彼等も、一度『意識』が肉体から離れてしまうと只の不味い肉塊に変わる。イザ喰ってみたらアクが非常に強く、筋も残る。他の四足歩行動物や、鶏を代表とした二足歩行動物に比べても、味は格段に落ちる。人食用にもならないゴミ、生ゴミ。不様。この様な死んで見事に都落ちした人間の死体達が此のタカハシには堪らなく愛おしい。
続いてのタカハシ達の仕事、其れはミチオの肉をミチオの骨に戻してやる事。これはチト厄介。何故ならコレらの腐乱肉、ミチオの骨の本数に比べても、其の肉の絶対量が圧倒的に少ないのだ。だからどの部位にミチオの大事な肉を被せるか?死体複製アーティスト、タカハシの腕の見せ所となる。
「ウゲッ!ぶはっ!」
ムラカミが思わず声を上げて、鋼鉄製ベッドから後退りしてしまう程の芳醇で、鼻腔内に永久に残るミチオの腐乱肉の香り。因みにムラカミは、両鼻に塵紙を詰めての挑戦。だが激臭は、耳や眼や口や全ての毛穴からも侵入。“臭い”と云う概念を遥かに超えた臭いが、タカハシが開けたガラス製タッパーウェアーの蓋の中から漏れて来る。其の直後、ムラカミが又小走りでホールから逃げる様にして出て行った。吐く為だろう。タカハシは、ここでもムラカミの行動には全く動じず、素手でタッパーウェアーの中のミチオの肉を、鮨の握りのシャリ程の大きさで、空気を含む様に優しく掴み、頭の中で計算しながらジックリと骨の上にペタペタと塗っていく。シャリの中には空気が絶対必要。握り締めてはイケナイ。
凡そ、三分の一程の肉がタッパーウェアーから無くなった頃に、ムラカミがタカハシの元に帰って来た。後のムラカミの報告によると、六度便所で吐いて来たとの事。人生経験値豊かな老人が吐く程だ、ミチオは余程臭かったので在ろう。
骨は何とか未だ我慢して触れたが、このミチオの肉は絶対に触りたくないムラカミ、タカハシの背後に隠れて、彼の作業を高みの見物。
「ひんげんの腐ったヒクって、ホンロふさいんだなァ(人間の腐った肉って、ホント臭いんだなァ)。」
鼻穴がチリ紙で完全密閉されて、高い鼻声になっているムラカミが、タカハシの背後から問い掛ける。無視の構えのタカハシ。
「れか、ネリロロみれえらな?ほうやっへみるろ、ナンラうらそうらな?(てか、ネギトロみてえだな?そうやって見ると、ナンカ旨そうだな?)」
タカハシはムラカミの冷やかしを完全に無視し、無言で作業を続けて行く。コレら肉片も、ネギトロの様なドロドロな部位ばかりではナイ。鶏の腿肉同様に形をシッカリ残した部位も実際には在る。タカハシの肉眼で確認出来る其の部位は、元々一緒だった骨の場所に戻して盛ってあげる。
(出来た..)全てのミチオの肉はミチオの骨に満遍なく塗り付けた。これで後はムラカミが焼くだけ..では無い。ミチオの頭が其の身体には欠けて居たのだ。
「フォイ、ファラハヒ?アラマが無えよアラマが(オイ、タカハシ?頭が無えよ頭が)」
「知っとるわ、如何しようも無かったんじゃ。頭蓋骨の部分がのォ、如何しても真空パックのビニール袋に収まり切らなかったんじゃ。だから捨てて来た。もうコレで良いからトットと焼いてくれ、俺はチト疲れた」
若干温くなったカルピスを啜りながらタカハシは答えた。ここまで一生懸命に組み立ててきて、更に頭部が欠けて居る遺体を焼くと云うのか?ムラカミは思った。
「ホヒっ俺がミヒオ君の頭を作っへやる!(ヨシっ俺がミチオ君の頭を作ってやる!)」
ムラカミが吠えた。
「ムラカミぃ?今ぁオマエ、何て言った?」
今迄は、ずっとムラカミからの質問責めにあって居たタカハシが、今度はムラカミに問い掛ける。
「嗚呼、此畜生!こんな鼻紙なんて取ってやれッ!読者が読み辛えだろッ?!タカハシ、紙に描くんだよ紙に、ミチオ君を。昔の有名な掛け軸の絵師に劣るともいえねえ傑作を俺が描いてやる。ちょっと待ってろ!」
ムラカミはそう言い放ち、今度は焼却炉のコントロール室のドアの方向に向かって歩いて行った。其処に画材道具一式が置いて在り、其れを取りに行ったのだ。実はムラカミ、此のコントロール室で焼きにも飽きて、呑み食いにも飽きた時、暇潰しにと焼却炉で焼かれて居る人間を紙に描いてみたら、嵌ってしまったのだ。其れ以来、暇を見つけては焼死体を此処で描く始末。
「オぉぉぉ..ムラカミ!オマエ凄いじゃないか!この展開は流石にワシも予想しておらんかったわい!」
鋼鉄製ベッドの上の頭部無しのミチオ。頭部が在る筈の部分にA四サイズの和紙をムラカミが先ず敷いて、今迄のタカハシの如く、無言で筆を走らせ出した。邪魔をしてはイケナイと、タカハシは敢えてムラカミの背後に立つ。漢と云う生き物は背中で人生を語る。前半部分はタカハシ、そして〆は此方のムラカミ。どうぞ宜しゅう。墨汁が充分に浸った硯にドップリと筆を漬けて、イザ!ムラカミが描く。
“地球に生まれてよぉ、今日が最後の地球人人生のミチオ君だぜェ?切腹したらしいじゃねえかい?この男。漢じゃねえかよミチオ君!惚れたぜ俺。お前さんを最高の漢の顔に仕上げてやっからよ!” ———ムラカミ談
ムラカミは面識が一度も無いミチオの顔面を、自分が信じて止まない理想の最高の伊達男へと見事仕上げた。所要時間一分のみ。適当の極み。
「どうでい、タカハシ!」「フハっ、ォオオ上出来!上出来じゃないかムラカミぃ!オメエ中々やんじゃねえか!じゃあ早速焼くべ、やってくれぃ、ムラカミ!」
ここからは焔の神、ムラカミの独壇場。
舞台を自身だけが立ち入る事が許されて居る聖域、コントロール室に移す。焔の天使達が焼却炉の中のミチオの身体を優しく愛撫して、ミチオの緊張を和らげる。煮て食うも焼いて食うも全てはこのムラカミ次第。
ムラカミは、タカハシの事を死体愛好者と称した。逆に此のムラカミをタカハシは、“死体放火魔”。この様に、口には出さないがソウ思って居る。
「オイ、火魅子ォ?俺達の出番がやって来たぜェ、早く出て来いよぉ?」
ムラカミはコントロール室内、焼却炉の中が覗ける小窓から内縁の妻、“火魅子”を呼んだ。
「あぁアンタぁ、随分と久し振りじゃないのさァ?若しかして、何処か他の知らない“焔”の女と、ネンゴロな関係になって無いでしょうねえ?だとしたら私、アンタを焼き殺してやんよ?」「この馬鹿野郎ォ!オメエだけが此の俺にとって最高の女よぉ。俺ェ嫉妬深え女は嫌いだぜえ。ホラ!燃えろ!モット燃えろ!ケツ振ってモットもっと炎を上げろ!この淫乱女があッ!ガハハっ!」「嗚呼!ア、アンタぁ!もっと私をナジって!モットもっとよッ!そうすれば此のミチオの肉体なんて、ものの数分で仕上げてみせるわああっ!」「ウオォォォオっ!火魅子おおォォォっ!」
「アンタあああああぁぁぁぁァァアアっ! 」
ムラカミは早漏だった。元々が不完全な状態だったミチオの身体は、時間にして一〇分程で、焼きが完全に終わった。焼きを終えたムラカミがコントロール室から出て来た。スッカリと水分が抜けて、肌が皺皺に変化して、体全体も萎んでしまった感の在るムラカミ。養分を全て火魅子に吸われてしまったのだ。そこは流石に付き合いが長いタカハシ、ムラカミがコントロール室に籠って、火魅子とイチャイチャして居た際、管理人室に行き、冷たい氷水を入れたヤカン、其れをムラカミの禿げ頭に掛けてやる。すると如何だ、見る見るうちにタカハシの良く知る、肥えたムラカミに膨らんでスッカリと元通り。だが禿げは其の儘の状態の御約束。
早く家に帰りたいタカハシの為に、この後はタカハシとムラカミが揃って、団扇でミチオの灰と化した全身をパタパタ。冷めた頃合いを見計らい、この火葬場のシンボルマーク“赤い風船”が刻印された骨壷、三五〇〇円。此れをムラカミから購入し、ミチオの灰を残す事無く壺の中に詰めた。ここで漸くミチオの長かった回は終わる。ミチオは無縁仏にもさせてくれないタカハシ。タカハシの大好物の一つが人骨。このミチオの灰を熱々の飯の上に掛けてガッツクのがタカハシ流。大事に骨壷を抱えて館の外に出た。タカハシが『赤い風船火葬場』を出たら、もう表の世界は漆黒の闇。辛うじて此の館から溢れる電灯の光で自分の腕時計の時間を見て見ると、スッカリ日付けが変わり、早朝の〇二時二十六分。ムラカミがタカハシとの別れの際に、何の台詞の描写が無かったのも納得。疲労困憊の二人
「始発まで駅で待って、帰ってからミチオ君でメシでも食うべか?」
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