祝同棲記念付。モリタと着ぐるみと『月間 等身大ヌイグルミ』。

 例の張り紙を見たモリタが、タカハシに反発心を露わにして自殺してやった。ウサギのモコモコした着ぐるみを着用した状態で首を吊った。現場は自室、一〇一号室。反骨精神旺盛なパンク躁鬱人のモリタ。致死量を超える抗鬱剤を大量に飲み、精神を激躁に転換、部屋天井の太い梁にヒモを掛けて逝った。

 気味悪がらずに此処まで『自殺倶楽部』をご覧の方だと、今回のモリタの訃報に対して“訃報”では無く、“朗報”では無いのか?と意識が麻痺して居るのでは?作者は考える。有難い。理由は如何であれ、自殺は正義だ。


 ———幼少期の日曜日の午後、母親に連れて行って貰ったデパートの屋上で、ヌイグルミショーを初体験したモリタ。微笑ましい画に見えて、実はモリタの運命を変えてしまう残酷絵図でしか無い。この日の経験が引き金となってモリタの人生は大きく狂う。

 人間で在る以上、人間の様に二本足で自由自在、機敏に動ける生物は人間しか知らない。そう思って居たモリタにとって、二本脚で立つ犬サンやら、猫サンやらの存在が強烈な印象を残したヌイグルミショー。肝心のヌイグルミショーの内容には別に何の感情も湧かなかったモリタ。幼稚でイビツな動作を只繰り返し、無機質な表情で踊り続ける、何名かの性別不能の着ぐるみヌイグルミ達。

 (あんなに背が高くて義務教育を修了した人間が、こんなに小さな子供達に媚びて一生懸命に踊ってる..)

 冷めた眼でヌイグルミショーを傍観するモリタ少年、何故か股間が勃ってしまった。その後に激しい尿意が襲う。オシッコがチトしたくなった。母親に一言「厠に入って来る」とだけ告げて、性器が勃つ迄は直立の姿勢でヌイグルミショーを観て居た、最前列の柵の場所から列を抜け、階下に繋がるエレベーター隣りの厠に向かった。いざ小便を済ませた後、又あの人混みの中には戻りたくないと云う気持ちがモリタを襲う。厠の外壁の裏側部分に、大きな青いビニールシートが張られて居た。其の向こう側から、若い女性達の声が漏れて聞こえて来る。少年モリタは、好奇心から其の青いビニールシートの側まで近付いては、耳を澄まして会話を盗み聞き。どうも内側の世界は今回のヌイグルミショー関係者の簡易控え室の様だった。モリタは其のまま好奇心からやって来る欲求が勝り、暫く彼女達の何気無い会話を聞いて居た。そして其の内、彼女達の肉声だけでは我慢出来なくなり、映像を覗きたくなってしまった子供心。年齢的に犯罪には当たらない事を熟知して居たモリタ。其の立っている場所から少し屈んで、地面に程近い所まで頭を沈めると、ビニールシートの端とコンクリート地面の隙間から、中の世界がギリギリだが見えた。

 視力が良くて得をした。先ずモリタの視界に入って来たのは、何本もの細い女性の脚。更に確認出来たのは、美女のお姉さん達の面構え。美しき其の顔面には滝の様な汚い汗。皆のポニーテールの髪型は汗のせいでベチョベチョに濡れ、乱れ切った髪がオデコにベッタリくっ付いている。

 (何て卑猥なんだ..)モリタは思った

 タンクトップの上半身は汗まみれ、タンクトップが透けて、素肌の色も良く見える。タンクトップと肌が、大量の汗のせいで引っ付いてしまって居るのだ。

 (何て臭そうなんだ..)モリタは思った。

 あんな美人のお姉さん達が、汗まみれの汚い汚れた全身で、今僕が居る世界と繋がってる..。酸っぱい臭いで在ろう両腋、小便や大便をする股間、性器。足のつま先なんて尚更臭いに決まってる。少年モリタはモコモコの着ぐるみのヌイグルミショーに大興奮、後の人格形成を決定される迄に完全にハマった。負のトラウマとも言って良い。その興奮の対象は、“着ぐるみの中の生身のお姉さん達”。この時のモリタは未だ未だ自慰行為など未体験、一〇代にも満たない幼子。ここにモリタの歪んだ性癖が誕生。其れに加えて真性の躁鬱気質、もう勢いは止まらない。犯罪(覗き)を犯しそうになった事も、一〇代前半のモリタはシバシバ。母親の婦人用自転車を駆使して、住所が在る地元から手が範囲の距離内の大型デパートや、郊外スーパーマーケットで催されるヌイグルミショーには出来る限り顔を出した。距離によっては野宿もシバシバ。其の時の光景を毎回、出来る限りアタマの中に映像を刷り込んだ。目的は勿論、家に戻ってから自慰をする為だ。其処はモリタ、自慰行為で昂る気持ちをクールダウン、犯罪者に成る事を何とか乗り越えて来た。性犯罪は事前に自慰行為を行う事で必ず防げるもの。頼む!性犯罪予備軍共よ。犯罪を犯す前に先ずはシコレ!若しくはコスレ!

 この特殊な性的嗜好に加え、躁鬱気質が故に、これ迄に何度も自殺未遂を繰り返した彼を救ったのが、二〇代の頃に出逢った前妻。彼女とは同志達による『着ぐるみパーティ』で知り合った。モリタが一番好きな着ぐるみは“ウサギ”。ウサギは幼少期の頃に、初めて性的興奮したお姉さんが着て居た哺乳類。

 モリタは治験実験と称し、街で着ぐるみを着て商品宣伝をしてくれる日雇いアルバイト女性を誘惑、面接と称して自室に連れ込む。其処で着ぐるみを着せる。其の後、モリタも着ぐるみを着て、着ぐるみを着用したままで性行為の模写を行うと云う動画を作成。その映像を売り捌く仕事で生計を立てて居た。だが、このモリタとのヌイグルミ行為が余りにも度が過ぎ、奥さんは汗の蒸れによる全身肌荒れが発症、そして悪化。それが原因で夫婦内に亀裂が産まれ、やむなく夫婦は離婚。前妻は純粋に、ヌイグルミを着る“着ぐるみ”の行為が好きだった。モリタは純粋に、ヌイグルミを着る“着ぐるみ”の中の女性が好きだ。



 

『アパルトメントヘブン』知ったキッカケは、と或る“着ぐるみパーティ”で出逢ったサトウ。サトウは現在では云う“ドラッグクイーン”の格好をして、このパーティに参加して居た。当時は今と違って、女装も一種の“仮装”として認識されて居た。

 (何だアノおっさん?いい歳して女の格好なんかしてさ、恥ずかしく無いのかよ..)

 パーティでは、サトウだけが女装で参加しては廻りから浮いて居た。ウサギの着ぐるみを着て居た、この時は“躁”状態だったモリタは、好奇心から彼に声を掛けたのだ。サトウは既に『アパルトメントヘブン』の住人で、最近一〇一号室住人が首吊り自殺をして、空き部屋になって居た事知って居たサトウ、偶然モリタが躁鬱気質だと知り、モリタを誘った。其れから何年も経って、サトウが逝って、今回モリタも逝った事になる。

 例の如く、タカハシはモリタが自殺して居る事を知って居た。タカハシの長生きの健康法が『アパルトメントヘブン』内の散歩。タカハシの時間が許す限り、一階端から螺旋階段を伝って二階端へ、そして其の逆を繰り返す日常。彼がコノ散歩の際に気を付ける事が、各部屋の玄関から漏れる些細な“死臭”。一〇一号室から或る日、微量な死臭が臭って来て、モリタを腐乱させる為に、数ヶ月程寝かしたタカハシ(もうソロソロええじゃろ..)、玄関を開けた瞬間に彼を襲うハエの猛威。この時期は真夏、腐ったモリタを餌に、ブクブクと成長した逞しい蠅達が、タカハシの顔面目掛けて襲い、鉄砲玉の様にバチバチと彼の顔面に当たる。が、全く狼狽ないタカハシ、モリタの元に向かう。確か部屋の壁の色は灰色だった筈だが、四方八方の色は漆黒色。ビッシリと蠅の軍団が壁に付いて居る。圧巻の画。宙に浮くモリタの元に一冊の同人誌が置いて在るのを見たタカハシ。

『月間 等身大ヌイグルミ』

 (..ほぉ..ワシの『自殺倶楽部』以上にイカレタ本など存在して居ないと思ってたが、如何やら間違って居た様じゃのお..イカレとる)

 

                       ———モリタ、享年三十七歳

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