第三.二五話 古本屋にて。
『自殺クラブ』の面々にとって、ある種のムードメーカーだったサトウが逝ってから暫く経った。タカハシとの顔合わせも済まし、ゴウタは二〇一号室に住んで居る。アツコとも付き合っては居るが、同棲は互いに考えて居ない。後何年生きるのか?分かんない不安定な人生、縛られたくは無い。だが二人の間では「一緒に死のう」と約束済み。サトウが忌み嫌って居た“無理心中”に該当するが、二人同時に死んだら、其れは“無理心中”とは云わない。一緒の時間に逝く事を目標として、ゴウタはアツコの体重に近付ける為に日々減量中。自殺方法は部屋の梁を使った首吊り。今では梁の擦った後の意味が良く分かるゴウタ。
サトウの死後、あれから何度も『自殺クラブ』の会合が催されたが、いかんせん盛り上がりに欠けた。何かポッカリと穴が空いた様な感じだ。喪失感を彼等が襲って居た。
ここでチト今一、存在感の薄いスグルが動いた。
(俺が死んで、一丁コイツらに元気を与えてやっか!?)
自殺を決意したスグル、身の廻りの整理をし始めた。懇意にして居た『自殺クラブ』の連中にも秘密にして居た事が在るスグル。『自殺倶楽部』の原本、其れを持って居たスグル。コレは自殺で亡くなった地元の先輩から譲り受けた物で、大事な形見。今日の今日まで誰にも其の存在を明かして来なかった。其の先輩はと云うと、山間の陸橋から飛び降りて死んだ。ちょうど真下には、激しい流れで有名な川が流れて居て、先輩は其のまま川に流されて海に還ったらしい。死体は発見されず。若しかして先輩は未だ生きて居るのかも知れない。何故か?と云うと死体が発見されて居ない事と、先輩が飛び降りた瞬間を目撃した者が存在して居ないから。色々と疑惑は尽きないが、この先輩の話はココで終わる。
スグルは自分の名前を嫌って居る。“優れた人間になって欲しい”両親の切なる思いで付けられた“卓”。意味合いと、其の漢字の意味がチト曖昧でチクハグ。この不具合が生じて、スグルは生まれ付いての“鬱ベイビー”として、世に誕生。後に躁も合流、そして鬱と合体、幼くして“躁鬱ボーイ”に変身するスグル、『死とは何か?生とは何か?』と、自問自答を繰り返す青春の日々。
スグルが『アパルトメントヘブン』を見付けられたのも『自殺倶楽部』のお陰。雑誌、後ろの方の募集広告に掲載されて居た『アパルトメントヘブン』、店子募集。嘘臭く、和かに微笑む、白黒写真のタカハシと共に載って居た電話番号、ソコにスグルは電話を掛け、タカハシとの面談が決まって現在に至る。部屋は二〇二号室に決まった。
自殺を決意するに当り、スグルには一つだけ心残りが在る。其れは『自殺倶楽部』の事。亡くなった先輩から譲り受けた宝物、だが見た目は只の古汚い同人誌だ。若しも自分が自殺した後で、何も知らない人間がコレを見付けて、処分などされたら先輩が浮ばれ無いし、『自殺クラブ』に入ってから分かった、この『自殺倶楽部』の本当の市場価値、無限大。『自殺クラブ』の連中には内緒にして居て、今更言える事でも無い。一か八か、スグルは偶に通って居た古本屋に『自殺倶楽部』の将来を託す事に決めた。必然の偶然。此処にミチオが働いて居る訳だ。
祖母の影響で時代劇が大好きだったスグル。特に影響を受けたのが“切腹”の場面。普段は料理に使う日本刀を、人体を素材にして自らを斬る行為に、唯ならぬ熱意と決意を感じたスグル。そのスグルが今立って居る所は陸橋。噂の先輩が命を絶った例の場所。切腹はチト怖いし痛そう。と云う訳で等身自殺にしたスグル。聞いた話では、“行為の途中で意識を失う”らしい飛び降り自殺。偉大な名前のお陰で、中途半端な人生を送る事になったスグルには、丁度良い塩梅の自殺方法。陸橋の真ん中付近に立つスグル。下を見て見れば、一本細い川の線。だが実際には大きな川なのだ、其れ位に陸橋の高さが在ると云う描写。
「フワっ」
最も簡単に飛び降りてみたスグル、どうせ直ぐに意識を失うさ..。否や、失わない。空中から見下ろす一本の線の細い川が、時間が経つにつれ、少しずつ太ぉく変化して行く。気を失うどころか、恐怖が地面に近付くと共に増して行く。恐怖の意識を逃す為に幾つかの事を考えた。先ずは“飛び降り自殺と失神の関連性”。コレは中途半端な高さから飛び降りた奴等が広めたデマ。飛び降り自殺に成功した人間には嘘を吹聴出来る“口”は無い。死んでんだもん!強がって見せる為に“!”を語尾に付けたスグル、刻々と地面が近付いて居て心臓が破裂してしまいそうな恐怖感。墜落する迄の残り〇.三秒で、先輩の事を考えたスグル。
(先輩の死体が見つかってナイのに、如何して俺が此処から飛び降り自殺したって、世間に知れ渡ったんだろお..)
「ドボオぉぉぉンっ!」
激しく頭から川の表面に追突したスグルの死因は、頭蓋骨と首の破損。即死。其の儘の状態でスグルの遺体は川に流されて海に還る。
———スグル、享年三十五歳
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