第二.七五話「地球代表、サトウが飛びます!」ウルトラCは果たしてなるかッ?!頑張れサトウ、地球全体が、このサトウの一挙一動に只イマ集中しておりますッ!
「あッッあっ、ッハッハッハッハッ!」
異常な迄に場が盛り上がって居るファミリーレストラン、『明日のチャンピオン』。今作は既に“第二.七五話”、前作から続きの『自殺クラブ』の描写などでは無い。只今の彼等は『明日のチャンピオン』にて、定期集会の真っ只中。あれから幾何かの時は流れ、ゴウタはスッカリと『自殺クラブ』の重要な一員と成長して居た。お酒も入って、場は盛り上がって居る様子。
「お代わりはドォ?何か要るゥ?」
ミユキが逐一テーブルにやって来ては、彼等に頻繁に注文を伺う。そりゃそうだ、客席はタッタの一席しか無い店内、注文が入らなければ死活問題だ。
「ええと..皆んなァ注文ッ!なんか注文しようぜえッ?!」
音頭を取ったのは新参者のゴウタ。流石は繊細な鬱持ちの彼等、他人に迷惑を掛けてはいけないと、其々が飲み物や食事の御代わりを順番にミユキに伝えて行く。こんな場を設けられるのも『明日のチャンピオン』が在っての事、自分が幾ら酔っ払ったとしても、他人に対する敬意だけは決して忘れない。病的な他人第一主義。鬱病の典型的な思想。『自殺クラブ』の会合は、別に皆の前で面前自殺をしたり、精神的な問題を告白する様な、無意味で偽善的な集いなどでは無い。あくまでも“自殺”と云う芸術的表現に魅せられた、自殺志願者達が集う小さな会合に過ぎない。
(こんな素晴らしい関係が成り立ってるのだから、自殺なんてワザワザ考えて無くても良いんでは?)読者の声がチラホラ。
この地球上から、自らの存在を自ら消し去る事が其れ程までに悪い事なのか?地球人は死ぬ事に対して執着し過ぎる。この『自殺倶クラブ』は違う。明るい気持ちで自殺を実行する、末期の精神疾達の前衛芸術自殺集団。
ミユキに注文した食べ物等が、皆が囲む丸テーブルに次々と運ばれて来た。彼等の盛り上がりは、炭水化物やアルコール飲料が加わる事で、一層華々しく変化を見せる。側から見ると、彼等は楽しい呑み会に徹底して居ると思われがちだが、今晩の集会の内容とは、“現在の精神状態自慢”、“今服用して居る処方箋のトビに関する情報交換”。
誰もが今夜もソンナ気楽な集まりだと思って居た矢先、「チョット皆んな、聞いて?」
サトウが、廻りの会話が途切れた僅かな時空の隙間を、両手で大きく広げて、口を開く。
新人のゴウタを除いて、良い(悪い)予感がした経験者の連中、きっとサトウは“アレ”を打ち明けるに違い無いと期待した。
「あのねェ皆んな?僕ゥもうソロソロ実行しようと思ってるの..」
今まで和気藹々と盛り上がって居た、丸テーブルを囲む皆の動き、そして会話が完全に一時停止した。ゴウタ以外は。ゴウタはサトウの「そろそろ実行」と云う発言の趣旨を全く理解して居なく、自身が注文したナポリタンをチュルチュル吸って居る。
「エっ!サトウさん..決めたの?」
キミエが先ず初めに口を開いた。
「ウンっ!もう決めたの..」
「エぇぇぇ何か急だなァ..で、サトウさんさ?方法は?ンデ何時やんの?」
モリタが続いてサトウに質問を投げ掛ける。
「ウン..この『自殺クラブ』の古くからの伝統ってさ、『アパルトメントヘブン』の部屋で首吊りでしょ?何かねェ僕う、其の古い伝統に一度逆らってみようかな?って。だからねェ僕は今回ね、等身自殺にしたの。今度の土曜日の午後十六時四十五分。僕が地球に生まれた時間。場所は『蝶高井ビルディング』。僕が産まれた時間ピッタリに地面に到着出来る様に、少し前から何度か現場に行って、色々な下調べとか、物理的な事を計算して来たの。ホラ?重力の問題とかさ、其の日の風向きとか在るでしょ?今度の土曜日が僕が飛び降りるには絶好の日って分かったのよ!然も週末だから通行人も少ないしね!巻き込みたく無いジャン?」
此れまでのサトウ達の遣り取りを聞いて居合たゴウタは、ヤット何となくだが意味を理解出来た様な気がして、ナポリタンを啜るのを止めた。
「サ、トウさん?死ぬん..ですか?」
「そぉ。そうよゴウタ君。何言ってるのよ、もぉッ!私達の集まりは『自殺クラブ』でしょ?だから会員は皆んな、イズレは自殺するのよ?其れが厳格な私達の掟。」
ゴウタは此のサトウの台詞を聞いて、激しく打ちのめされた気がした。
(そうだ、そうだった..俺が此のメトロポリスに上京して来たのも、この『自殺クラブ』に入会したのも、全ては自殺って云う漆黒な黒点に引き寄せられたものだった..俺も原点に戻んなきゃ..。こんなに愉しい仲間と知り合えたのは人生で初めてだったから、俺、チョットだけ浮かれてたかも知れない..)
そう思うと、ゴウタは自然とサトウの清々しい笑顔の表情に対して、厭な感情だと自覚して居ながらも、強く嫉妬してしまった。
「でね、ゴウタ君?僕、実はスッゴイ君に出逢えた事、感謝してるの!」
「えっ!サトウさん?オ、俺に?一体なんでですか?」
「貴方に出逢う迄ね、ずっと自問自答の日々を送って居たの私。ただ毎日働いて、お家に帰って来てさ。一体いつ僕自殺して良いのか?自分でも全然分かんなくて。そんな自分が嫌んなって、見切り自殺しちゃえ!なんて思ったりもシバシバ。けどね、『マボロシベーカリー』でゴウタ君を初めて見た時、体内に“ビビッ!”って光が走ったの、私と似てるって。この人になら、今の僕の部屋を譲ってあげて、僕は晴れて自殺が出来るんだって。」
「イエイエイエイエ..そんなに俺を持ち上げないで下さいよォ..俺は全然普通の人間で、特別でも何でも無いですよ?」
「キャハッ、似てるのよ、昔の鬼気迫った私の時代に。あの時の私も何時も孤独で、愛情にも飢えてたの。私達『自殺クラブ』が死ぬ時は、必ず幸せな状態で無ければ駄目!世の中に悲観して、自殺何か絶対にしちゃダメ。私はゴウタ君に会えて幸せになれたの。」
この直ぐ後、サトウはゴウタに自身の部屋の二〇一号室を引き継いでくれないか?と御願いをした。この話はゴウタにとっても願ったり叶ったり、勿論了承した。自分の事を良く理解してくれて、心から想ってくれる仲間達と一緒に、一つ屋根の下で暮らせる悦び。
「お目出度う、ゴウタ君!これで晴れて君も『自殺クラブ』の一員だねッ?!」
スグルに熱烈歓迎を受けるゴウタだが、ここで在る事に気が付く(そうだった..『自殺クラブ』に入会するには『アパルトメントヘブン』の住人にならなければいけなかったんだ..。若しかしてミンナ、この展開になる事を分かってて、僕と付き合ってくれてたのか..?だとしたらチョットだけ怖い。)
「良し!明日から忙しくなるぞ、私。家の余計な物を全て片付けなきゃ!じゃあさ、ゴウタ君?コレが大家さんのタカハシさんの電話番号と、部屋の合鍵。」
ヤハリ全て仕組まれて居るとゴウタは感じた。恐る恐る、丸テーブルに座る連中の顔を覗き込んで見ると、何と全員が真顔でゴウタの顔を見詰めて居た。サトウは手元の紙ナプキンを千切り、油性ボールペンでタカハシの情報を書き込んだ後、ズボンのポケットから合鍵を抜き出して、千切った紙ナプキンに包んでゴウタに手渡した。全てが出来レース。
「フぅぅ..アーア、これでスッキリした!」
「ヨシ!じゃあこの辺で、ミンナ乾杯でもして、もう一発騒ぎましょうかッ?」
モリタが音頭を取り、グラスを宙にかざす。
五つのグラスが、皆が囲む丸テーブルの空中上空に、イザ集結!
「サトウさんの自殺の成功を願って、カンパアぁぁぁぁぁぁイッ!」
其の夜は荒れに荒れた。漢達は泣き、そして多いに笑った。其れは女達も同様。手を伸ばしたら届く近い将来、皆の目の前に居るサトウは躊躇する事無く、消えて無くなってしまうのだ。寂しくも在り、哀しくも在り、嬉しくも在り、愉しくも在る。そんな複雑でグニョグニョとした感情の集会だった。
スッカリと酔っ払った赤ら顔のアツコが、ゴウタの耳元で呟いた。
「ウフフ..驚いた?ゴウタ君。こんな展開に持ってかれて?サトウさんと貴方が出逢った事も含めて、全ては決定されてた運命なのよ。誰も運命には抗う事なんて出来ないの」
そう云うと、アツコはゴウタの唇に接吻をした。誰も見て居ない。ゴウタにとっても初めての接吻。
「あ、アツコさん..これも運命ですか?」「ウゥン、分かんない」
無邪気な笑顔をゴウタに見せたアツコ。今度はゴウタの方からアツコの唇を奪いに行った。
———土曜日の当日、サトウを含めた六人衆は現場に居た。サトウ、ゴウタ、モリタ、スグル、キミエ。そして、あの夜からゴウタの彼女になったアツコ。
サトウは各自、事前にトランシーバーを手渡して居た。トランシーバーの周波数は、
四四六四九”⇨ “死ヨロシク”。
五は各々、地上の其々の場所で『蝶高井ビルディング』の屋上を見守って居る。皆ばらばらの所で待機、こんな時でも群れるのが嫌いな、融通のきかない鬱持ち五人衆。
サトウの最期を映像化しようと、ビデオカメラなど持参した輩は一人も居ない。皆、自身だけが所有する脳味噌製ビデオカメラに、其の映像を擦り込むのだ。
サトウが飛び降りるまで、後一分を切った。正直なところ『蝶高井ビルディング』が高過ぎて、地上に居る彼等の視界には、屋上のサトウの勇姿を拝む事が出来ない。この時のサトウは、自身のトランシーバーを咽喉元にガムテープで厳重に巻き付けて居た。飛び降りた後にトランシーバーがズレない為の細工。最後の最後まで、仲間には自分の発する声を聞いて欲しい。
「ゴゴゴ..ゴゴ.ゴゴゴ..ゴ..」皆が耳を澄まして傾けるトランシーバーのスピーカーからは、感情を持たない風の音しか聞こえて来ない。後は辛うじて聞こえて来るサトウの小さな呼吸音。サトウの着地点の周りには、見事に通行人の人影は無い。これも全てはサトウの思惑通り。自己満足の最たる行為、自殺に対して、絶対に部外者など巻き込んではならない。自殺をするので在れば、あくまでも自己完結のみで終えなければ駄目だ。無理心中など以ての外、サトウの美意識且つ美学。
ゴウタはアツコと離れて、大きな銀杏の木に持たれて立って居た。彼女が何処に居るかは知らない。左腕にして居た安物のカシオのデジタル時計に目をくれた、其の瞬間、トランシーバーの音が変化した。
「グオオオオ..」
サトウが飛んだ。ゴウタは透かさず視線を天に向けた。真っ暗で何も見えない、これもサトウの演出一つなのか?
「何で私はッ、ゴホっ、男に産まれて、グヘっ!来たのよォっ、私の馬鹿あぁぁぁっ!」
飛び降りて暫くしてからだと、恐らく重力加速度の影響で、上手く言葉を発する事が出来ない。「ゴホっ」と「グヘっ!」は、空中の酸素を思いっ切り吸い込んだと思われる擬音だろう。サトウの最後の遺言をトランシーバーから聞いたゴウタ、身を寄せていた銀杏の木から、一枚の銀杏の葉が命尽きて枝からユラユラと落ちて来た。其れ迄は全く姿が見えなかったサトウの体が、徐々に大きな物に変化してゴウタの立つ世界に近付いて来る。飛び降りた人間とは、自身の動きを管理する事が出来ない無能者。パントマイムを演じて居るかの様な愚かな動作を繰り返し、憐れな表現者サトウが落下中。こんなサトウの決死な行動の最中、地球人達は、喜び、怒り、哀しみ、そして楽しみの喜怒哀楽の世界の中に居る。非情で無情な歪んだ世界をサトウは駆け落ちる。
「ドフっ!」
見事サトウは目的地に着地。かなりの衝撃音をゴウタは自分の耳で聞いた。銀杏の木から落ちて来た銀杏の葉も、サトウと同時期に地面を触る。そのサトウの立てた鈍い音に反応して、僅かながら歩いて居た付近の通行人達が、一斉にサトウの方を見た。
悲鳴を上げる者も居れば、所持して居るカメラに映像を収める者も居る。勿論、無視して其のママ立ち去る者も居る。終わった。ゴウタは無言で其の場から離れた。アツコの事は如何でも良い。サトウから貰ったトランシーバー、左耳元に押し付けてみた。幸いトランシーバーは生きて居て、スピーカーからは人間達の悲鳴の声。歩きながら、ゴウタはズットその雑音を左耳に当てて聞いて居た。
ゴミ箱を見付けた。ゴウタは躊躇いも無く、サトウの形見である筈のトランシーバーをゴミ箱の中に投げ捨てた。
生前のサトウは、自身を客観視出来る年齢になってから、必ず毎年の七夕の日にはレインボーカラーの短冊に願い事を託した。其れは未だ五歳にも満たなかった頃から。
『つぎにうまれかわったら、女の子になれますように..』
もうサトウには来年の七夕はやって来ない。次の日、タカハシはサトウの遺体を引き取りに出掛けた。其れと擦れ違いにゴウタは二〇一号室に引っ越しをした。荷物は小さなボストンバッグが一つ。居間兼寝室には、想い出のチャブ台が残されて居た。ゴウタは何時も自分が座って居た場所では無く、サトウの場所に正座をして座った。天井の梁を見上げたゴウタ、何時の間にか涙が溢れて来た。これ程までに他人の死を哀しく、そして悔しく感じた事は無い。
(サトウさんの来世、神様、どうか可愛い女の子に生まれ変わって下さる様に..)
ゴウタは願う。
———サトウ、享年四十七歳
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