第二.五〇話『自殺クラブ』
偉そうに『自殺クラブ』の存在をミチオに語ったゴウタで在ったが、別に彼が『自殺クラブ』の創設者な訳では無い。『自殺クラブ』の歴史は古く、誰も其の原点を知らぬママで現在が在る。
———サトウとの出会いによって、ゴウタの人生が一気に開花。休みの日が合うと、積極的にサトウはゴウタを自分の家へと、逐一招いた。そしてゴウタも積極的に通った。
『アパルトメントヘブン』二〇一号室。サトウに誘われて此処にやって来るまでは、ゴウタは全く『アパルトメントヘブン』の存在を知らなかった。ついさっき、ゴウタがサトウ宅を訪ねた際、沢山の人間達が『アパルトメントヘブン』を取り囲んでは記念撮影をして居て、不思議に思ったゴウタがサトウに聞いてみたのだ。別に何の変哲も無い、六畳一間の居間件寝室に佇む二人。チャブ台を挟んで、ゴウタと向かい合って正座するサトウが放った一言。
「エっ!?ゴウタ君、この事を知らなかったの?ココの物件って、自殺志願者にとっての聖地なのよ?外国の人達にも物凄い有名なんだからッ!」
元々の二人を結んだキッカケも“自殺”。だからゴウタには、サトウの告白を聞いても恐れる理由など無い。だが一体、如何して此処が自殺志願者の名所なのか?其の時のゴウタには全く理解出来なかった。ゴウタが唯一、このアパートで不自然さを感じた部分は、天井に走る太い一本の梁。炭のお陰で黒光りしているのは理解は出来るが、所々、部分的に縄で擦った様な跡がアチコチに点在して居るのを発見したゴウタ。囲炉裏を囲む縄を吊るす位置は一箇所だけで良い筈。が然し、ゴウタが数えてみたところ、縄が擦れた跡は軽く一〇箇所を超える。一体この梁を巡って何があったのか..?漠然と天井の梁を見詰めるゴウタ、剥き出しになったゴウタの喉仏を、潤んだ厭らしい目線で舐め廻すサトウ。
「首攣り自殺の跡よ」
このサトウの一言で、視界を梁からユックリとチャブ台のサトウの顔面まで、スロオモォシオンで時間を掛けて傾けるサトウ。
「やっと此の時がやって来たわね..」
徐にサトウは立ち上がり、部屋の押し入れの中から次々と自殺に関する文献を取り出しては、優しく分かり易くゴウタに指南を始めた。其れ等は自分が全く知らなかった自殺関連の最近情報で、ゴウタには刺激的な内容の数々。且つ他人が自分にココまで真摯な対応で接してくれた事も嬉しかったゴウタ、思わず身体を前のめりにして、サトウの説明を真剣な面持ちで聞いて居た。
其の日を境にして、ゴウタは今まで以上にサトウの部屋に通っては、時間を掛けて、サトウの自殺の知識の指南、そして友情を深めて行った。時には電車や路線バスを使い、近郊の知られざる自殺スポットの名所巡り等もした。
或る日の午後、サトウの部屋でゴウタはサトウに訊かれた。
「ゴウタ君さァ..もうソロソロ良いかな?って僕は思うのね、仲間を紹介するのをさ」「えッ何ですかサトウさん?仲間って..?」
「ウン。実はさ、僕は単体個人で活動をしてる自殺志願者なんかじゃ無くてさ、グループに所属してるのよ。今迄は段階を踏んでゴウタ君と付き合って来たけど、もうソロソロ良いかな?って、メンバーの皆んなを紹介しても」「め、メンバァ..すか?」
「そう。この『アパルトメントヘブン』の住人達のみで構成されてるサークルが在ってね、活動名は『自殺クラブ』。実は結構、歴史が古くてねェ..現会員達が責任を持って自殺をする前に、しっかりと選んだ次世代の適任者を、未来の『自殺クラブ』の存続の為に伝承して行ってるのよ。だから誰でも入会出来るとは限んないの。実質、サークルは『アパルトメントヘブン』の住人しか入会は出来ない規則なんだけど、ゴウタ君なら皆んなに紹介しても良い、って僕は確信してる。どう?会いたい?」「ボ..僕でも良ければ、是非!」
「アハっ!うんッ分かってた。そう来ると僕も思ってた!今晩ね、今晩ミンナに紹介してあげるから、ゴウタ君、今日は家に泊まっていきな。」「はいッ!」
ゴウタが人生で初めて他人から言われた「家に泊まって行きな。」一般人には何気無いコノ一言、“鬱持ち”や“鬱病”達にとっては、最高最大の破壊力を持つ魔法の言葉。陳腐な社交辞令を遥かに大きく超えた純度と濃度が高い“愛”の台詞に儘ならない。だが全てはサトウの台本通り、この様な展開になる事をサトウは既に予測して居て、ゴウタの『自殺クラブ』お披露目会を兼ねた待ち合わせの時間を、今夜の十七時に設定して居た。だが勘違いしてはイケナイ、サトウとて、この台詞は心の底から出た言葉。ゴウタとの決別が近い事も別れの遺言でも在る。
今の時刻は十八時四十五分。待ち合わせの場所までに掛かる時間はタッタの一〇分。サトウの最寄りの駅前と、『アパルトメントヘブン』の中間地点に在るファミリーレストラン、『明日のチャンピオン』。
待ち合わせ時間がモウ間近、ゴウタの耳に隣室、二〇二号室の住人が部屋を出る音を聞いた。更にサトウの真下の部屋、一〇一室の部屋からも、住人が玄関のドアを閉めた音がゴウタには聞こえた。其れは何かを合図するかの様に、無駄の大きな雑音に思えたゴウタ。自分達も早く此処から出なければ..錯覚を覚えるゴウタ。
「あの..サトウさん?どうせ同じ住所の人間が集うんだったら、このアパートメントの誰かの部屋で、一緒に集まった方が簡単なんじゃないすか?」
ごもっともな意見だ。だがサトウは、ゴウタの意見をバッサリ、斬る。
「駄目だよゴウタ君。そんなんじゃ自殺に対する想いや、気持ち何かが盛り上がん無いジャン?公共の場所でコソコソと自殺の話する方が、背徳感が在ってゾクゾクしない?」「じゃあゴウタ君、僕達もソロソロ行く?」
壁時計をチラ見したサトウが立ち上がり、ゴウタを促す。ゴウタの返答を聞く前に、勝手に玄関先に向かうサトウの姿を追うゴウタ。サトウのウナジをゴウタは見詰めつつ感じた。 (サトウさんって人..優しいよな。俺の精神状態を細かに分析して負担に感じない様、丁寧に段階を踏んで、今日やっと俺を本丸に連れて行って来れるんだもんな..。俺の場合、鬱が全身に廻った状態で産まれて、今の人生が始まったけど、サトウさんは途中からの鬱病。人生半ばで発症した鬱病ってシンドイんだろうなァ..本当は可哀想だなんて考えちゃイケナイんだけど、可哀想だな..)
基本的に、ゴウタがサトウと行動を共にする際は、取り敢えずはサトウの家に先ずは向かう寸法。外出をする時は、其処から二人一緒に部屋から真っ直ぐ駅へと向かう流れ。なのでサトウとは、『アパルトメントヘブン』以外で待ち合わせた事は無い。ゴウタにとって、今晩が初めてコノ辺りの近所で過ごす事になる。サトウが御膳立てをしてくれて居る筈なのだが、矢張りゴウタは緊張して居る。サトウと一緒に並んで夜道を歩いて居るが、両手の掌は汗でシッカリと濡れた状態。方向感覚の乏しいゴウタは、今何処に向かってるかは全く不明。ドキドキ感と緊張感の合の子。二人、無言で灰色の住宅街の中を歩く。この時間になると、スッカリ道路脇には照明が灯り、サトウとゴウタの長い影がアスファルトの地面の上、執拗に二人の後を尾ける。
「あれ、アソコよ、ゴウタ君。アソコが今晩の舞台。次回からは、ゴウタ君が一人で来る事になるから、後で僕が駅前からココまでの地図を描いてあげる!」
『明日のチャンピオン』
店外を照らすネオンの輝き方が尋常で無くて超ド派手。そして下品な配色。建物は中世の城を模写、外壁の色は桃色のみの単色仕上げ。
(ウワっ、こんなギラギラしてる所で自殺の会合してるんだ..)ゴウタの第一印象。
「アっサトウさァん!こっちこっちィ!」
自動ドアが開いて直ぐ真ん前、丸いテーブルのブース内に彼等は着席して居た。『明日のチャンピオン』の席は、一席限定の丸いテーブルのみ。更に丸いテーブルは廻転式、席に座る連中達がグルグル廻って、滑稽の画。
「アラ?珍しいんじゃないサトウ君、一番最後なんて?!もぉ皆んな待ってるわよッ!」
給士係のミユキが気安くサトウに声を掛ける。「あ、ミユキちゃぁん!お疲れえェ」
ミユキが二枚のメニュー表をレジカウンター内から抜き取り、皆が待つ丸テーブルに向かって歩き始め、サトウ達を誘導する。ミユキの左手首にはリストバンド、自傷行為が趣味のミユキ、彼等が集う内容も知って居て、非常に好意的だが、死ぬのは御免のミユキ。
ゴウタは彼等の一番最後列をトボトボ、然し目線は鋭く、警戒心を忘れずにサトウ達の後を続く。鬱持ちは警戒心が鋭いのが特徴。
「エっとおォ..スゴ!丁度いま十九時になった!流石は無駄に几帳面のサトウさん、カッケエっ!」
丸い廻転テーブルを囲む四人組の中の一人、モリタがサトウに茶々を入れながら立ち上がった。サトウの背後に隠れて立って居る、本日の主役のゴウタに対して敬意を払う意味。モリタの右手は既に若干の力が注入中。何時でもゴウタとの握手の準備は出来て居る、完璧な状態のモリタ。握手のプロフェッショナルのモリタだが、彼も天性の鬱持ち。鬱だと他人にバレて欲しく無い理由で、敢えて社交的な素振りを見せるモリタ。
「もお、モリタ君!止めなよ、そんな演技。此処は職場じゃ無いんだだかんさ?!」
モリタの左隣りに居るキミエが、彼の暴走を制す。其れ迄はゴウタの真ん前に立って居たサトウが、素早く身を交わす。そのお陰でゴウタの全貌が皆の前に明らかになった。思わず眩暈がしたゴウタ。見知らぬ四人の、見知らぬ八個の眼球がゴウタの全身を刺す。ヨロヨロとするゴウタを庇うかの様に、サトウがゴウタを皆に紹介した。間隔を空け過ぎて沈黙が続くと、ゴウタの精神面にも良くない。鬱は色々と面倒臭いものなのだ。
「皆んなァ、彼がゴウタ君。才能溢れる生まれ付きの鬱持ちヨ!初めは警戒心がチト強いから、皆んな優しくしてあげて?」
「ハジメマシテ、ゴウタクン!僕はモリタって云います。チミの緊張を解く為に、挨拶を片仮名にしてみた大人の遊び心。大丈夫!此処に居る皆んな、全員ゴウタ君の仲間だからさ、そんなに緊張しないでも良いよ!」
モリタの差し出した右手を、ゴウタも恐る恐る左手を出して、ガッチリと握手。ゴウタは瞬時にモリタの世界を感じた(この人..俺と同じだ..)。ゴウタは他人の意識を執拗に気にするが余り、自然と他人の心を読む事が出来る様になった。其の手段は短時間の会話で在り、相手の目の動きで在り、身体の手振り素振りで在り、そして最後に握手で全てが分かる。握手は決してウソを吐かない。
「どう?ゴウタ君。分かった、でしょ?」
モリタがニヤニヤしながら意味深な言葉をゴウタに投げ掛けた。
「..コクリ」ゴウタが頷く。
ゴウタの全身、そして深層世界から一気に緊張が逃げ出した瞬間。
「初めましてゴウタ君!私はキミエって云いますッ!」
「ウヘヘ、俺はスグル!この名前が原因で躁鬱になっちゃった三十五歳っす!」
「今日はようこそ、サークル『自殺クラブ』へっ!私の名前はアツコです!」
ここで一気に四名もの新しい自殺志願者達の登場。チト頭の弱い読者の皆さんには、混乱を起こしてしまうかも知れないと云う事で、簡易版の『アパルトメントヘブン』の住人図を、こちら『明日のチャンピオン』の壁に貼り付けて置こう。ここで大事な注意点。決して剥がして持ち出さない事、良いね?
先ずは一階、一番手前の角部屋から
『一〇一号室。住人モリタ。男性三十七歳。未婚、離婚歴在り。生まれ付きの躁鬱気質』
『一〇二号室。住人アツコ。女性三十一歳。未婚。生粋の鬱持ち。重度の抗鬱剤中毒。』
『一〇三号室。住人キミエ。女性二十九歳。未婚。チト思い込みの烈しい躁鬱気質。二重人格。ストーカーで捕まった前科在り。』
続いて、二階の一番手前の角部屋から
『二〇一号室。住人サトウ。男性四十七歳。未婚。幼少期から自身の本当の性別に付いて悩み、鬱を発症。自殺を遂げる其の最後まで、自身の性癖を決して明かさず。』
『二〇二号室。住人スグル。男性三十五歳。独身。名前の方が優れて居たせいで激しい鬱病を発症からの躁鬱病に昇華。劣等感に悩まされたからか、漢っぽい切腹自決に最後まで拘った優男。』
『二〇三号室。大家兼、住み込み住人タカハシ。糞ジジイ。其の正体一切不明。』
以上
「あ..フぅ..みッ皆さん!ゴウタっ、ゴウタって云います、『マボロシベーカリー』で知り合ったサトウさんからの紹介です。どうかこれから宜しくお願いしますッ!」
「マァマァマァ、ゴウタ君!堅苦しい挨拶はコノ位にしといてさ、そんな所にズット立って無いで座んなさいよ!」
サトウの誘いで、ゴウタは丸いテーブルの真ん中に隙間を作って貰い、そこで漸く着席出来た。ゴウタは常に壁側の席に座る事に拘る。理由は、敵が一体ドコから襲って来るかは分からないから。この席に至っては大丈夫そうだ。何故ならば、椅子を含んだテーブル自体が三六〇度、廻転して居るから。
早朝まで宴は続いた事をココに記しておこう。初めてお酒を嗜んだゴウタ、次の日は初めての病欠をした、至福の昨夜。
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