第二.二五話 ゴウタ ミーツ サトウ in 『休憩室』。関係者以外、立ち入り禁止の熱狂的セッション。
「ブブッ。ブッ、ブブッ、ブッ」
ゴウタの心臓部のタイマーが鳴る。この震動音が、ゴウタに与えられた休憩時間の合図。
この『マボロシベーカリー』に入社する全従業員には、勤務開始に当って、指定病院での“体内タイマー埋め込み手術”を受けなければいけない。人間の管理が楽だからだ。この工場内には無線電波が飛び交って居て、全ての個人情報や行動が克明に記録されて居る。巷の一般企業の福利厚生とは、まぁ主に健康保険、有給休暇、交通費支給位なモノだろう。『マボロシベーカリー』のソレは、一味も二味も違う超本格派。先ず、この体内タイマー埋め込み手術だが、これもレッキとした福利厚生の一つ。一見すると、人権無視の酷い会社の処遇、其の様に捉えられる読者の方が多いかも知れない。イヤ多い。そんなチミは考えが浅くて甘い。今回御紹介する、コチラの“体内タイマー”。地球上に存在する限り、何処に居てもソノ居場所が瞬時に判明出来る機能を搭載。勤務外中、若しも自身が、生死に関わる場面に遭遇してしまう。其の時は迷わず自身の右乳首を、ワン「クリック」。瞬間、体内タイマーの信号が最寄りの警察署と、緊急病院に緊急信号を送信。モノの見事に僅かな時間で、場所に拘らず彼等が救助に訪れる。
ここで疑問なのは、若しも当事者が他人と性交渉を行っていた場合。其の相手が、当事者の右乳首を愛撫の延長で何度も「クリック」してしまった場合..御心配無く。この体内タイマー埋め込み手術時に、予め当事者の指紋を病院では摂取。本人以外の指紋には全く反応はしない、本人以外の指紋には一切反応を示さないので、皆さん、思う存分に「クリック、クリック」してあげて下さい。だが避妊具を装着する事お忘れ無く。目先の快楽を追うべからず。
「フぅ終わった終わった..休憩休憩..」
右胸タイマーの振動を感じたゴウタは、持ち場を離れて休憩室へ向かう。詳しい描写など必要の無いゴク一般的な広さの休憩室。だが四方八方、向こう側の壁が遠過ぎて見えない広さ。なので従業員達は皆、休憩室入り口で休息を取る。折り畳み式の木目調の長テーブル、折り畳み式の鉄パイプ椅子などがズラリ並び、入り口真横には数台の飲料水自動販売機。其の隣には、店舗に卸す事の出来ない失敗作の惣菜パンを並べて在るテーブル。無料。
部屋に入室したゴウタの前に、既に休憩を取って居る従業員達が、チラホラ休憩室内には居た。究極の超個人主義者達が好み、敢えて集まる夜勤勤務の職種。夜勤を好む輩には、日勤する者に比べて偏屈者がチト多い。無駄話、群れる事を非常に嫌い、沢山在る長テーブルを有効活用。規則正しく均等に散らばって座る従業員達。テレビが壁に備え付けられて居るが、この時間帯はテレビ局も仮死状態。無音の砂嵐の画面が垂れ流しで絶賛放映中、音量もチト大きめで「ザーザー」とウルサイい。だが誰も気にしない変人ぶり集団。従業員達は食事を摂って居たり、向こう側をタダ眺めて居たり、長テーブルの上に座って坐禅を行っていたり、銀色の二本の長いアンテナが付いたカチュウシャをアタマに装着して、宇宙人との通信作業を試みて居る者などなど、多種多様。ゴウタは先ず自動販売機で『ミロ』を購入。思いっ切り振る。隣の不売品の惣菜パンを幾つか手に取り、勿論、廻りの人間達とは一定の距離を置いて椅子に座る。大体イツモこの席がゴウタの定位置。今宵、深夜の休憩室で、運命のサトウと出逢うゴウタ。
『マボロシベーカリー』の深夜勤務を始めて数ヶ月になるゴウタ。激鬱持ちが故にチト職種も限定される。接客業など以ての外。経済的にも精神的にも安定した生活を送れては居なかったが、求人誌でヤット見付けた『マボロシベーカリー』の仕事で、徐々にだが人生の地盤が固まり、そして健康的な生活を掴みつつ在った。自殺志願者にも金は必要。
(大都会に来れば、若しかしたら俺と同じ夢を持っている同士が居るかも知れない..)
そんな甘い気持ちを抱き、高校を卒業して上京はしてみたものの、現実はやはり厳しかった。そう簡単に自分と気持ちを共感し合える自殺志願者など、見付かる筈が無い。若し自殺願望が在ったとしても、己の気持ちをひた隠しにして居るのが極自然な感情だろう。更に、自殺を遂げようと思って居ても、自死を何処で?そしてどの季節に自決を実行して良いのか?全く予定を立てられずに居た、袋小路のゴウタ(..友達が欲しい)。メトロポリスにやって来て、初めて人生で芽生えた感情。この時のゴウタは部屋、台所、風呂、そして便所が共用の格安アパートに、全く無関係の集団と一緒に住んで居た。簡潔に云うとタコ部屋。貧乏なゴウタには選択種は無い。勿論の事、意図的に友人や知人などは一人も作らず、只メトロポリスにて、同じ日々の生活を繰り返し生きる、無名の自殺志願者達の一人だった。『マボロシベーカリー』での夜勤勤務が始まり、ゴウタは三〇分休憩の時は、ココ休憩室で一人まったりと過ごした。働いて行く期間が長くなるにつれ、自分と同じ時間帯で働く同僚達の顔も徐々にだが覚えてきた。心を割って話せる友人が欲しいと言いながらも、だが決して中途半端な交流は持たないゴウタ。サトウは其の顔見知りの中の一人。同じ休憩時間での契約内容なのだろう、ゴウタは彼と確実に休憩室で顔を合わせた。だが存在は、お互いに“無視”と云う強烈なライバル意識感覚。
時刻はタッタ今、ゴウタはサトウと何時もの様に休憩室の何処かに座って居る。ゴウタは、三〇分と云う長い時間を潰す為に、賄いの惣菜パンを粉々になるまで咀嚼しては時間を稼いで居る。ゴウタは何処からか、強烈な視線を感じて居た。休憩室の中にはゴウタとサトウの二人だけ。自動販売機がゴウタを見詰める筈も無いし、砂嵐のテレビ画面で在る筈も無い。
(あの人だ..)
サトウの二個の視線。“ギラギラギン”。其れに加えて、“シットリ”感と“ネットリ”感も肌に感じるゴウタ。気持ち悪い。緊張の余り眼球が乾き、何度も瞬きを繰り返すゴウタ。瞬きをする事にサトウが徐々に自身に近付いて来て居る恐怖。段々と体の芯に熱を持ち始め、額にも汗が。
(無視..していよう)ゴウタはそう決めた。だが鬱持ちのゴウタは其の性質上、如何しても相手の幸せの事を優先的に考えてしまう
(今もし、俺がこの席を立って休憩室から出て行ってしまったら、彼処のオヂサンは傷付いて仕舞うかも知れない、我慢しよう..)。何時も食べて居る同じ味の惣菜パン。自身の意識が完全にオヂサンの方に向いてしまってマルで味がしない。そして瞬きをする事に、オヂサンの物体が自分に近付いて来て居る事実。
怖くて思わず瞬きを我慢してしまうゴウタ(嗚呼..早く三〇分経たないかな?..)。
「ア、あのさァ?今日わッ!」
先ず初めに先手を打ったのは、オヂサンサトウ。最新の瞬きからゴウタが眼を開けたら、目の前にサトウは居た。
「ッ!」
ゴウタは流石に驚いた。この「ッ!」には二種類在って、先ずは突然のサトウの登場に対する「ッ!」。続いて、仕事の件以外で初めて他人に声を掛けられた「ッ!」。
「コンニチワ!」サトウは追い討ちを掛けて、片仮名でモウ一度ゴウタに話し掛けた。
「ッあ!アっハっ、ハイ...今晩わ..」
「キャハッ!御免ねェ急にィ..ビックリしたでしょ!?あのね?君は僕の事を知らないのかも知れないけど、僕はねェ、ずうっと前から君の事は知ってたんだよね!」
ゴウタは背筋がゾクっとした。自分が全く注意を払って居ない空間内で、自分が全く知らない人間が、実は自分をズット凝視して居た事。恐怖でしか無い。ゴウタはドウ返事を返して良いのか分からなかった。今まで惣菜パンを掴んでいた左手は完全に動きを一時停止。口内に在った惣菜パンの欠片も咀嚼する事を忘れ、生唾を呑み込んだ際、其のまま一気に喉奥に飲み込んでしまった。サトウはゴウタを挟んだ長テーブルの反対側に居る。ゴウタの両目は自信無さげに、上目遣いで辛うじてサトウを優しく睨むのが精一杯。
「御免ねェ、驚かすつもりは無かったんだけど..今この瞬間に、君に話し掛けないとモウ永遠に次回は無い、って思っちゃったからさ。僕はサトウって云うんだけど君の名前は?」
「ゴクリ..」ゴウタは口内に多少残って居た生唾を飲む。「ゴ、ゴウタ..です」
「フフッ!あの..君?ゴウタ君?..君ってだけど..若しかして自殺、何て考えてない?」
まさかコノ得体の知れないオヂサンサトウの口から、“自殺”と云う魔法の呪文が放たれるだ何て!ゴウタはパイプ椅子に鎮座したままで在ったが、自身の深層世界の中で一歩、ついでに二歩三歩、後退りした感覚を覚えた。
「エっ!?..な、何で急にそんな事を僕に言って来るんですか?!失礼だな。」
先手サトウの切れ味鋭い直球攻めの一手に対して、後手のゴウタ。後退しながらも自己主張を絡めた殊勝な第一手。
「僕と同じ匂いがするからさ。だから前々からゴウタ君の事が気になっていたの。正解、でしょ?君、自殺志願者でしょ?」
ゴウタは生きながらも殺られた感じがした。ゴウタが見事に心臓を撃ち抜かれた瞬間、其れ程の激しい衝撃を覚えた。だがココからゴウタは一体どの様にサトウとの会話を続けて行けば良いのか?全く見当が付かない。
「こんなにお互い離れて話すのも何だから..僕、ゴウタ君の隣りに行っても良い?」
「ア。は、ハぁ..」
サトウは立ち上がり、自動販売機で二本の『ミロ』を購入、ゴウタの右隣りに座ったサトウ、「ハイこれ、ゴウタ君に!」一本の『ミロ』をゴウタの目の前に置いたサトウ。丁度ゴウタの『ミロ』も空になって居たところだった。
「ゴウタ君の顔に死相が見えてたの。初めてコノ休憩室で貴方を見掛けた時からね」
「えッ!?死..相ですか?」「ウンそう。でもね、今直ぐのヤツじゃ無くて、未だ悩んでる方の死相。近い未来に死ぬのは決定してるんだけど、未だ決心が付いて無い感じ?僕ね、初対面から直ぐに“ピーーーン”って感じたの、ゴウタ君は僕の同志だって。ゴウタ君、正直になってね?貴方も自殺志願者でしょ?だけど其の瞬間を未だ決めかねてると見た!デショ?」
ここまで自分の気持ちを的確に分析させると、もうゴウタにはサトウに心を委ねるしか道は無い。ゴウタの緊張の糸は「プツっ。」切れた。
「ウワ..初めて人生で会ったコンナ人..。そこまで読まれてたら..ウン、ハイ、其の通りです..僕は生まれ付きの鬱持ちで、何時か自分の意思で自殺して、この僕の憎々しい鬱と無理心中したいんです。鬱に負けて、逃げて自殺をするんじゃ無くて、鬱に勝つ為に自殺をするんです。けど..イマイチ其の時期が分かんなくて。都会に出て来たら其れなりに人口も多いから、同志も簡単に見つかりそうだって思ってたんですけど..」「ゴウタ君。心の底から本心で語ってくれて有難う!僕もそう、鬱なの。だけど僕の場合はね、鬱病の方。或る日ね、人生に打ちのめされてなっちゃった。キャハッ!」
この深夜の出会いを始まりとして、夜勤が搗ち合った日は、二人は積極的に、お互いの休憩時間を利用しては交流をし始めた。とても人当たりの良いサトウの人柄に、矢張り初めは疑心暗鬼の気持ちが全く無い訳では無かったゴウタも、徐々にサトウの事を信用し始め、数ヶ月程経った時には仕事以外の時間も一緒に過ごす様になって居た。やっと出来た友達。ゴウタに取って、メトロポリスに上京してから初めての事だった。イヤ、人生で初めての事だ。
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