わたし、TS娘になって良かったぁ〜
中島しのぶ
ワタシがどんな過去を背負っていても、今のアナタと一緒にいたい。
今日からわたしは高校生。
それもただの高校生じゃなくって、女子校生! JKだよ? JK最強!
バンドだって組めるし――あ、カスタネットしか叩けないからやめとこ。
戦車に乗っても怒られないよね? ……たぶん。
十六歳になればスーパーカブに乗れる――自転車、乗れないけど。
あとは〜南極にだって行けるし、もしかしたら犯罪を未然に防ぐDAのエージェントにだってなれるんじゃない?
けど、わたしタイムリープできないし、時間を無駄に浪費するなんの変哲もない女子校生なんだよな――いや、ちがう……絶対。
*
わたし、北澤忍(きたざわ しのぶ)。先月十五歳になったばかり。家族は父さんと母さんの三人暮らし。
去年、中学三年の五月連休中に女子化――後天性女子固定化症候群を発症して、可逆性じゃない固定化のTS娘になっちゃったんだ。
夜、四十度近い高熱が出た翌朝、全身の痛みと頭痛で目が覚めると女の子になっていた。
容姿は自分で言うのもなんだけど、かなりの美少女。目が赤くて金髪ってところが気にはなったけど……あと、低身長で胸が小さいのがちょっと残念。
連休明けに女の子の姿で登校したら、イジメとセクハラを受けて怖くなって次の日学校を休んだんだ。
最初は一日だけ休むつもりだったんだよ? だけど一週間、一ヶ月と休んじゃって、結局卒業まで不登校。
でも学校に行ってない間、何もしてなかったわけじゃなくって、ずっと勉強してたんだ。
市内の高校だと同じ中学の子たちに会っちゃうから、絶対にイヤ! って母さんに言ったら、隣の市にあるTS娘を受け入れてくれる学校を探してくれたんだ。中高一貫校でも高校から入学できるって知ったんで、その学校を目指してね。
そして両親も賛成してくれたんで、合格を機に一家で引越したんだ。
*
TS娘だってことで、多少の不安はなくはないんだ。
でも、わたしのことを誰一人知らないここなら、普通の女の子として高校生活を送れる――そう自分に言い聞かせながら、入学式に出席するため散り際の桜吹雪の中を母さんと校門をくぐった。
TS娘は何人か在籍してるけど、プライバシーが守られているので自分から言わない限りわからない。
でもわたしの目と髪の色、明らかに他の子と違ってる。
それが原因で、もしかしたらTS娘ってバレちゃうかもな〜と周囲の視線を感じながら入学式を終え、クラスに移動する。
出席番号順に決められた席につくと、後ろから背中をつつかれる。
「あたし、清村百環(きよむら とわ)。トワって、よんでいいよ。あなたは?」
振り向くと、茶髪ショートヘアにくりっとした大きな目の子。か、可愛い……。明るくて活発そう。
「き、北澤忍……。しのぶ、でいいよ」いきなり自己紹介されて、ちょっとドギマギしたのを隠したせいか、少しぶっきらぼうな言い方になったかな。
でもいきなり名前呼び? うわ〜JKっぽいな〜って、わたしもJKか。
不登校で少しコミュニケーション能力が……と思っていると、
「ね、しのぶの目と髪ってキレイ! もしかして外国人?」
「ち、ちがう。これでも百パーセント日本人」
「ふ〜ん、そうなんだ。これからよろしくね〜」
「う、うん……」
百環はちょっと軽そうだけど、明るくて空気も読める。コミュニケーション能力は抜群。
背が高く――わたしと頭ひとつ分くらい差がある――スタイルもいい。これはスクールカースト一軍の条件の一つだ。
一方わたしといえば、不登校が影響してコミュニケーション能力は無いに等しいけれど、美少女なおかげでボッチというわけじゃない。今のところは特別仲がいい子がいないだけだ。
女子化するまでは陰キャでボッチだったから、今度こそやり直さなきゃ。
一軍の子の取り巻きや三軍じゃなくて、せめて無所属くらいかな――って思ってたんだけど、席が前と後ろというのもあっていつの間にか百環と仲良くなってた。
一緒にいる子たちからの人気も高いし、よく気がつく子だってことがわかった。
そして誠実。
何でかって?
それは入学してから一週間ほど経ってからのこと――
「ね〜しのぶ! 放課後どっか部活の見学に行かない?」
「ん〜部活〜? わたし中学の時は……ううん、帰宅部」
ほんとは化学部だったんだけど、いやな思い出が蘇りそうだったんで中学でのことは避けた。
「そっか〜、じゃあたしも帰宅部!」
「何それ?」
「帰宅部の初活動として、ワックに行かない? あたしお腹すいちゃったよ」
「な〜んだ。ただの腹減り? ま、いっか。そうしよ」
「――ワックに来るのなんて、久々〜」不登校で、引きこもっていたわたし。
「え、そうなの?」
「うん」
ほぼ一年ぶりの友だちとの会話に夢中になり、なんだかんだ話しているうちに中学の頃の話題になってしまう。
「しのぶは中学、どこ?」
「あ〜、うんとね……隣の市の第五中なんだ……」
「へ〜引っ越してきたんだ。だからあんまり中学のこと、話さないんだね」
「うん。でも、トワにだけは理由、話してもいっかな〜とか思う……」
「ん〜なんか無理にじゃなくって、話したくなってからでいいんじゃない?」
「そ、そう? ありがと」
しばらく他愛のない話をしていると、後ろから声がする。
「あ!『おとこおんな』の北澤じゃん! 引きこもっちゃっていつの間にかいなくなったと思ったら、こんなとこでお嬢様学校の制服着て何やってるの〜? コスプレ〜? 何それ受ける〜」
げ、遠藤の声だ。なんでここにいるんだ?
驚いて振り向くと、当時付き合っていた野村――セクハラ男の一人――とは違う男と一緒にいる。
「バカゆみ! お店に迷惑だ。出るぞ」今度のオトコはマトモな奴らしく、遠藤を引きずって店を出て行く。
「い、今の何だったの? 『おとこおんな』って? それに引きこもり……」
百環を混乱させちゃったな。
「ごめん、トワ。わたし……実は元男……TS娘で、中三の五月連休に女子固定化して……不登校になっちゃって、それから……」悲しさと悔しさで涙が出て、うまく話せないや。
「しのぶ、無理に話さないでいいよ」
「うん……でもこれ、トワにだけは知っておいて欲しいから……」
中学時代は陰キャでボッチ。部活は化学部。
TS娘になってから、イジメとセクハラを受けて不登校になったこと。
それでも自分を受け入れてくれるこの学校目指して勉強。
合格してから、こっちに引っ越してきたことを話した。
百環は口を挟まず、全部聞いてくれた。一緒に泣いてくれながら。
「しのぶが元男で、TS娘だってそんなの関係ないよ。過去のしのぶのこと、あたしは知らないし、今のしのぶのことしか知らない。しのぶのこと、誰にも否定させない!」と告白めいたことを口走る。
「と、トワぁ〜!」でもわたしは感動してしまう。百環は誠実だと。
その日、わたしに生まれて初めて親友ができた――
一学期の中間テスト結果が一年生の教室が並んでいる廊下に、学年五十位までの生徒の名前が貼り出されている。各教科の点数、クラス順位と一緒に。
わたしは学年五位、クラス順位は二位。
ダテに引きこもって受験勉強してたわけじゃない。勉強は好きだ。
百環は……真ん中辺らしい。恥ずかしがって教えてくれないんだ。
「ねぇ〜しのぶぅ〜、なんでそんなに勉強できるのさ。美少女のくせに〜」
「はあ? 美少女は関係ないでしょ? トワが勉強しなさすぎ!」
「え〜、しのぶだってあたしと一緒に部活してんのに〜?」百環は相変わらず帰宅部のことを、部活と言っている。
それに最近は取り巻き――百環が言うところの部員――も増えて、十数人で放課後はワックに行ったりカラオケで歌いまくりのしゃべりまくり! ショッピングモールでプリ撮ってカフェでおしゃべり――と活発に活動してる。
わたしもいつも一緒だから、そのことを言ってるんだ。
「それにあたし、中学からそのまんま高校に上がったから、しのぶみたいに受験勉強ってしたことないから勉強方法イマイチわかってないんだよね。このまま系列の大学に行ければいいや〜なんて思ってるしさ」
「じゃあさ〜しばらく……そうね、期末テストの二週間前は普通のクラブみたいに休みにして、二人で勉強会する? もちろん、わたしがセンセってことで」
「あ〜そう来るか〜……そうだよね〜」
「いい?」
「うん、そうしよ」
期末テストの二週間前。
百環は部活を休みにするからテスト勉強するようにと、みんなに伝えた。ほんっと部長だよね。
部員たちはトワさんが言うならそうしよっか〜と、特に文句も出なかった。
なのに、百環は言ったそばからメゲてる。
「あ〜勉強かぁ〜やりたくないな〜」
「休み宣言したからには勉強しなきゃでしょ? みんなに示しがつかないじゃん」
「それはそうなんだけどさ〜」
「じゃあさ~、もしトワの順位が……そうね〜五十位以内に入ったら……」
「入ったら?」
「どうしよっかな〜」
「えぇ〜?」
「あははは〜」実は考えてないんだけど、百環にやる気を出させなきゃね――
それから二週間、百環の不得意な教科――って、ほぼ五教科全部なんだけど――の中間テスト後から直前までの範囲のおさらいをすることにした。
学校の図書館だとあまり声出せないし、ワックやカフェじゃ毎日だとお金かかるね〜ということで明日からは学校から徒歩十分、駅まで五分のわたしのウチで勉強することになった。
「じゃね〜」
百環と駅で別れて自宅に帰る。わ〜どうしよう。ボッチだったわたしのウチに、友だちが来るなんて!
「母さん、明日友だちが来るんだけど……」
「あら、いいじゃない。どんな子? 忍の初めての友だちね〜」
「それもそうなんだけど、女の子だよ? どうしよう」
「何言ってるの、あなただって今は女の子でしょ? 考えすぎ」
「そ、そっか〜」
「なにかお菓子でも買っておくわね」
「うん、ありがと」
「母さんただいま〜 友だち連れてきた」
「おじゃまします。わたくし清村百環と申します。つまらないものですが、母からです」と、玄関先で手土産を母さんに渡す。
普段の百環からはちょっと想像できないような挨拶、所作は――前にあの女に言われた――さすが中学からお嬢様学校の生徒なだけはある。
「あらあら〜気を遣わなくても。ありがとね。今、紅茶淹れるから忍の部屋で勉強始めてて」
「ありがとうございます」
「忍はコーヒーでいいでしょ?」
「うん」
「ね、しのぶはお母さんのこと、『母さん』って呼んでるんだね」
「ん〜男の時からずーっとだからね〜 急には変えられないんだよ〜」
「でも、外じゃちゃんと女の子してて偉いわよね〜 ちょ〜っとぶっきらぼうだけどさ〜」とケラケラ笑う百環。
「う、うるさいな〜 トワだって柄にもなく『わたくし』とか、『申します』なんて言ってたくせに〜」
「そりゃそうよ。よそ様のお宅におじゃまするんだし〜」
「そだね〜、わたしも見習わなくっちゃ。勉強しなさすぎなとこ以外ね〜」
「しのぶは一言多いんだってば〜!」
「ごめんって……」
母さんがお茶を淹れて持ってきてくれるまでいろんなことを話し込み、勉強を始めた――
二週間が経ち、三日間のテスト期間。
テストが終わると百環は翌日の勉強のため、わたしのウチに来る。感心感心。
そしてテスト最終日、百環は打ち上げだ〜! カラオケ行く〜? それともプリ撮りに行く〜? とはしゃいでる。
部活を再開させ、遊びまくるつもりらしい。
このまま勉強の習慣が身につけばな〜とは思ったけど、テスト終わったからいっか〜
一週間遊び倒した翌日、テスト結果が貼り出される。
わたしは中間テストからちょっと上がって学年三位。
むふ〜、百環と一緒におさらいして良かったな〜
そして貼り出されている順位表の、下から数えた方が早いところに百環の名前があった――四十五位!
「うわ、あたしの名前がある! やった〜! なんかやる気出た! しのぶ〜ありがと〜!」抱きついてくる。
身長差で百環の胸に顔をうずめる格好なって苦しい。けど、なんか嬉しい!
「やったね! トワ! あ、ごほうび何も考えてないや、ごめん……」
「あ〜ごほうびか〜……そういえばそんなこと言ってたね。それより一緒にテスト勉強し始めた時にさ、しのぶは後天性女子固定化症候群の研究をしたいって言ってたじゃん? あたしそれ聞いてなんか感動しちゃってさ。あ〜しのぶってすごい! 一生推せるかも〜って」
「はぁ〜? 推しぃ〜?」
「だからあたしを……しのぶと同じ大学に連れてって。それがあたしへのごほうび!」
「うわなにそれ! もっのすごく、大変そう……わたし一人なら大丈夫だけど、トワも連れてくとなるとなぁ……。今からなら、間に合うと思いたいけど……」
「やっぱりしのぶは一言多い!」
「だからごめんって……」
*
「思い返すと、あの時声をかけてくれなかったら、わたしそのまんま中学の時みたいにボッチだったな〜」
「何言ってるの。しのぶがテスト勉強見てくれなきゃ、今あたしはここにはいないわよ」
「あはは、そうかも。でも本当、トワには感謝してる」
「あたしの方こそ、しのぶには感謝してもしきれないよ。ちっちゃくって、かわいいあたしの推し友だし」
「え~照れちゃうなぁ〜」
あれから数年――ここは帝大医学部の病理学研究室。
二人で後天性女子固定化症候群の研究をしている。
女子化メカニズムの解明と予防方法。そして女子化した身体を元に戻すこと。
でもわたしは女子固定化のままがいい。女子化したおかげで親友――百環に出会えたんだから。
わたし、ほんっとTS娘になって良かったぁ〜
Fin.
わたし、TS娘になって良かったぁ〜 中島しのぶ @Shinobu_Nakajima
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます