空を飛ぶ夢の呪い

土蛇 尚

僕たちから次の僕たちへ

「もう帰るよー。まだ見る?」


 お母さんが僕に聞いてくる。妹のための絵本を選び終わったらしい。妹はまだ図書館で静かに出来ないからパパとお留守番してる。僕はお兄ちゃんだから静かにできる。

 この図書館は公民館と図書館と市民ホールが一つの建物になっていて、図書館の上の階にあるホールでおばさん達がフラダンス教室をする時はうるさい。妹は泣いちゃダメだけど、おばさん達は静かにしなくていいらしい。妹が泣かないといれないように、おばさん達はフラダンスをしないといられないんだろう。


 僕は図書館でお母さんが妹のための絵本を選んでる間は飛行機を見てる。この図書館の入口の前にはちょっとしたスペースがあってそこに飛行機の模型が飾られてる。僕はそれをずっと見てる。


「飛行機まだ見る?」


 背中の後ろからお母さんがもう一度聞いてくる。


「もう少しだけ見る」


 飛行機の模型を見る僕をお母さんが見てる。模型達が入ったガラスのケースは二段になっていて、一段目に大人達が写った集合写真と分厚い本が入っていて、二段目に飛行機がある。


 僕が好きなのはよくだ。羽じゃなくて翼。羽が好きなんじゃない。まだ他の子は書けないけど僕は漢字で翼って書ける。

 前にある長い翼が主翼しゅよくで、後ろにある小さい翼が尾翼びよくっていう事を知った時、世界に隠された秘密を知ってしまったような気持ちになった。

 つばさよくとも読む。同じ言葉に違う読み方があるなんてとんでもない秘密じゃないか。

 その秘密を知るまではただの飛行機だったけれど、今は主翼が白色で尾翼が赤色の飛行機だと言える。そう言えるようになってから僕は飛行機がとても好きになった。


 言葉と世界が結びつく時、その先には言葉を知った人にしか手に入れられない特別がある。名前を知った時、僕の世界にそれは入ってきた。


 ケースに入った飛行機を僕はずっと見てる。主翼が白色で尾翼が赤色の飛行機。この飛行機がいつからこの図書館にあるのか分からない。僕が初めて来た時にはもうあった。今8歳だからすごく昔からあるんだと思う。3年くらい前かな。

 

 パパに図書館にある飛行機の話をしたら「お前は囚われたんだな」って言われた。僕はお母さんが一瞬ムッとしたのを見逃さなかった。


「それって悪いこと?」


「いいや。とても良いことだ。囚われたように追い求め憧れる。そういうものがあるのはとても良いことだ。お父さんはお母さんに囚われたんだ」


「ふーん」

 



 僕は大人になったら飛行機を作りたい。




 その20年前


「教授、残念です。開発中止は国益に反します。、、、その模型どうするんですか?全部金属製でオーダーメイドですよね。広報予算でかなりかかったはず。捨てるんですか?僕ほしいんですけど」


「これは大学の近くにある市民図書館に置かせてもらう。この模型を見た子どもたちの中に、我々と同じ呪いにかかる子供が必ず出てくる。施設見学の時一番前で質問してくる子供と、一番後ろでふざけてる子供がいるだろう。その二人の子供は生涯にわたって違い続ける。決して同じにならない。もうその時点で違うのだ。我々は前者の子供たちに託す。20年後か、30年後か、国産旅客機の夢は決して潰えない」


 この呪いは決して消えない。翼の呪いは託される。


 人がこの欲を失うことは決してない。


終わり

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空を飛ぶ夢の呪い 土蛇 尚 @tutihebi_nao

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