第29話 甘美な誘惑

 そして……いろいろと絞り尽くされて、昼の14時。

 アカネは俺に昼食を作ってくれたあと、いつも通りダンジョン攻略配信へと向かった。

 俺は部屋でダラダラとしながら、そんなアカネの配信を見ていた。


「……思ってたより、コメントは荒れてないな」


 アカネは昨日、真嶋くんの告発動画をアップした。

 その再生数は、現時点ですでに700万オーバー。とんでもなくバズってしまっている。

 やはり批判の声も多かったが、それ以上に、アカネのヒーローじみた行動を賞賛するコメントが多い様子だった。


 それに……視聴者たちはこの動画で、アカネの「怒ると怖い」という一面を知った。

 そのため、アカネを敵に回さないように軽率な批判を控えているのかもしれない。


「にしても……本当に、いつも通りの配信だな」


 アカネは今日、埼玉にあるCランクダンジョン――火豚の迷宮を攻略している。

 いつものように《緋兎の大剣》を振り回しながら、元気いっぱいな配信をしていた。

 と、アカネはCランクの魔物――ヒートピッグを斬り裂きながら、


『えへへ。アカネ、前よりも強くなったでしょ? 学院でね、いろいろ教わったんだ! 魔物と戦うときの間合いとか、攻めるタイミングとかっ!』


 そう話すアカネに対して、多くの視聴者がコメントを返していた。

『アカネちゃんすごい!』『俺も学院入ろうかな』『アカネちゃんのクラスメイト裏山』……等々、やはりポジティブな内容が目立つ。

 昨日の動画についてのコメントは、ほとんど見当たらない。アカネも意図的に昨日の件には触れないようにしているのだろうが、アカリスたちの民度の高さを俺は実感していた。


「まあ、これなら大丈夫そうだな」


 それからしばらく経っても、アカネの配信は荒れることもなく順調に続いた。

 しかし、一方の俺はというと。


「……はあ。ダメだ、ぜんぜん集中して見れない……」


 そう。

 俺は、つい……配信に映るアカネの顔や身体にばかり視線を奪われて、肝心の配信内容に集中できていなかった。


 その原因は、もはや語るまでもないだろう。

 なんせ俺は昨晩に身体を重ねただけでなく、つい今朝までアカネに奉仕されていたのだ。

 アカネの唇や胸、短いスカートから伸びる白いふとももに気を取られて、純粋にアカネの配信を楽しむことができずにいた。


「……やめよう。こんなんじゃ、アカネさんにも失礼だし」


 心の中でアカネに謝罪しつつ、俺はスマホの電源を切った。

 しかし、かといってほかにやることがあるわけでもない。

 魔装の訓練をしたいところだったが、ダンジョンの外でやるわけにはいかないし、かといってFランクの俺が入れるダンジョンは日本に存在していない。無断で侵入しようにも、昼間は警備が手厚いのだ。


 ならば、筋トレとか瞑想でもするか……と思ったが、今、俺の身体は非常に疲れている。

 昨日と今日で、俺は何度もアカネとの行為によって果てた。

 そのせいで、疲労が溜まっているのだろう。


「たまにはテレビでも見るか……」


 と、俺はリモコンを手に取ってテレビの電源をつけた。

 てきとうにチャンネルを変えている、と――、


「……あれ? これ、うちの学院の……」


 とあるニュース番組が、記者会見の様子を中継していた。

 その会見は、どうやら昨日のアカネの動画についてのものらしい。


『――このたびは皆様にご心配をおかけしてしまい、たいへん申し訳ございません。学院一同、再発防止を徹底していく所存でございます』


 見覚えのある理事長の男性が、深々と頭を下げている。

 そして記者たちの質問に、次々と答えていった。


『皆様をお騒がせしている件について、現在、真相を調査中でございます。申し訳ありませんが、生徒個人の情報をお話しすることはできません。また、被害者の生徒についても同様です。我々宮鷹迷宮学院は、被害者の生徒のプライバシー保護に向けて大至急動いているところであります』


 その言葉を聞いて、俺は安心する。

 学院側が動いてくれるというのならば、俺も安心だ。


「それにしても、さすがに対応が早いな」


 ここまで来れば、もはや真嶋くんたちに逃げ道はないだろう。

 真嶋くんたちのやってきた行為は、最低でも、いくつもの迷宮法に違反している。取り巻きの菊岡くんたちはともかく、真嶋くんは今ごろ警察のお世話になっているだろう。


「――ざまあみろ、ってやつだな」


 ふと、俺はそんなことを呟いていた。

 もはや、認めるしかないだろう。

 俺は――やっぱり、性格が悪いようだ。


  ◇◇◇


 夜。

 配信を終えたアカネが、俺の家に合鍵を使って帰ってくる。


「――ただいまっ! 悠月くん、いる?」

「おかえりなさい。って、アカネさん……?」

「えへへっ。なに?」

「いや……どうしたんですか、その荷物」


 アカネはなぜか、大量の荷物を抱えていた。

 ぱんぱんに膨れ上がったリュックサックを、なぜか四つも抱えている。

 まるで登山……いや、登山よりもずっと大荷物だ。


「あたし――今日から、キミと一緒に住もうと思ってるんだっ」


 えへへ、と。

 アカネは純粋無垢な笑顔で、とんでもないことを言ってきた。


「い、いやいやっ……アカネさん、さすがにそれはダメですって! いくらなんでも、それは――」

「リスクが高いって言うつもり? あたしたち、もう身体の関係なのに?」


 色っぽい上目遣い。

 俺は昨日や今朝の行為を思い出して、ついアカネから視線を逸らしてしまう。


「それに、ほらっ。一緒に暮らしたほうが、いろいろ都合がいいでしょ?」

「都合、ですか?」

「うんっ。だって――これならあたし、いつでもキミの発散を手伝ってあげれるよ?」

 

 そんな誘惑するかのような言葉を、さも当然のように囁いてくるアカネ。

 俺は……ため息をつくしかなかった。


「……わかりました。どうせダメだと言ってもも聞かないんですよね?」

「えへへっ、ごめんね? でもあたし、もっともっとキミに恩返ししたいの。――ね? いいよね?」


 アカネは中学卒業と同時に、親元を離れて一人暮らしをしはじめている。

 だからこうして、同棲するのも……まあ、不可能ではない。

 というか今まで俺たちは、実質的な半同棲生活を送っていたのだ。

 ついに来るところまで来てしまった、という感じはするが……もはや、ここまで来たら受け入れるしかないだろう。


「それじゃ、悠月くんっ。これから、どうしよっか?」

 

 アカネは、幸せそうな笑顔を俺へと向けて、


「お風呂にする? ご飯にする? それとも――えっちなこと、シちゃう?」

 

 数週間前までは冗談でしかなかった、そんな台詞も。

 今となっては……ただの、甘美な誘惑だ。

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2025年1月10日 07:11
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迷宮学院の落ちこぼれを演じていた俺、なぜか超人気ダンジョン配信者の美少女に懐かれてしまう 〜推しの命を助けた結果、全力で恩返しされることになりました~ 古湊ナゴ @nagoya_minato

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