第19話 恋に落ちて
いつも日向ぼっこをしているからだろうか、幸一郎さんの体からは、ほっこりとしたいい匂いがする。
最初こそ般若だったが、次第になつき、よく甘えるようになり、俺の気持ちをおもんばかった行動まで取れるようになった。
「ちゅーる、食べる?」
腕の中の幸一郎さんにきくと、目を細めて音のない「ニャ」で返事をしたので、俺は一本取ってきて開けてやり、嬉しそうに舐めとる幸一郎さんにまた話しかけた。
「東原さん、耳が聞こえないって」
「……」
「聞こえない世界で生きるって、どんなだろうな」
俺の世界は音で満ちている。幸一郎さんの鳴き声、水の音、ニュースの声、音楽、鍵を閉める音、足音、雨音、地下鉄の音……雑多に音を思い浮かべ、今度はじゃあ音のないものってなんだろうと考える。その時、チュールを食べ終えた幸一郎さんが俺の膝から床に降り、すたすたと水飲み場に歩いて行った――そうだ、今俺にとって一番身近な「無音」は、幸一郎さんの足音だ。東原さんは知っているだろうか。
思わず、スマホを手に取る。
『昨日は何も言えなくて、すみませんでした。驚いてしまって。あの、ふられたっていうのは理解してるんですけど、でもやっぱり、東原さんのことが気になって、すみません、たまにメッセージ送ってはだめでしょうか。日常のことを共有して、それでもっと自分のことを知ってもらえたら――俺も東原さんのことを知りたいです。強引ですか。だめですか』
書き終えたメッセージを送信して、実感する。俺は恋に落ちた。
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