第13話 行き先
「だめだめ。そんなの絶対だめ!」
珍しく渡会さんが語気を強めた。
「幸一郎さんを愛護センターになんて、とんでもない!」
渡会さんを見ていた東原さんは今度は俺を見て、
「保護団体の方はどうなんですか?」
ときいた。
土曜日の夜。
俺たち三人は幸一郎さんの今後について話し合うために、渡会さんの部屋でテーブルを囲んでいる最中だ。こうして全員(と一匹)が集まったのは初めてだが、
「難しいことを決める時は、おいしいお料理があるといい」
が持論の渡会さんが食事をしながら話すことを提案したのだ。用意してくれたのは焼きおにぎりとおでんで、テーブルに置かれた鍋からは、クツクツといい香りが漂っている。
離乳食の時期を終えた幸一郎さんは、テーブルの下で、これまた渡会さんお手製の「サツマイモのグラタン」をさっきからハグハグと無心で食べている。サツマイモ、鶏ささみ、ブロッコリー、パプリカを蒸して豆乳ソースと混ぜてチーズをのせて焼いたもので、人間から見てもかなりおいしそうだ。
「保護団体は、まだいっぱいで」
区外の団体にも問い合わせたが、だめだった。
「そうですか――」
東原さんは玉子、渡会さんは大根、おれはちくわをつつきながら、ふうとため息をついた。
「――私、引っ越そうかな。ペット可の物件に。そうしたら、幸一郎さん飼えるし」
「ええっ、そこまで? 引っ越し代、けっこうかかるけど大丈夫?」
「そこは問題ですけど」
東原さんが苦笑する。
「私も飼いたいのだけど……。お料理教室やっているでしょう、これから幸一郎さんが大きくなってずっと家にいるとなると、抜け毛がねえ……。スタジオと住居は区切ってあるけど、やっぱり服に着いたり、風に乗って入ってしまったりすると思うんだよね」
二人が同時に俺を見た。
「……笹井君、だめ? 三月までは今まで通り協力するし、四月になってからも、必要な時は手伝わせてもらうから」
そう話す渡会さんを東原さんはじっと見ていて、そしてまた俺の方を向くと、言った。
「私もお手伝いします」
……とても、断りづらい。
俺は頭の中で院生になってからの生活をシミュレーションした。
基本的に部屋と大学の往復。起きている間はずっとコースワークと研究。たまにバイト。長期間家を空けることは、正月の帰省以外にはない。帰省の時には連れて帰ればいいか。
渡会さんと東原さんほどではないと思うが、俺も幸一郎さんに対してかなり情は移っていて、彼を手放すことを考えるより、このまま一緒に暮らすことを考える方がずっと楽だ。今はちょろちょろ動き回る幸一郎さんだが、猫は寝てばかりいるから「ねこ」という名前がついたらしいし、きっと成猫になれば落ち着くだろう。一日二回の散歩が必要で「かまって」が多い犬よりは、静かに寝てばかりいる猫は、この先数年研究に追われて机にかじりつきになる俺にとっては、向いているペットだろう。
「――わかりました。俺が飼います」
渡会さんと東原さんの顔に驚きが浮かび、ほころぶ。
そうしてこの日から幸一郎さんは、笹井幸一郎になった。
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