第12話 三人でお世話 & 三ヵ月経過

 願ってもない話だ。だが。


「マンション、ペット禁止って言ってなかったですっけ?」

「そうです。でも毎日三時間くらいなら、管理会社、許可してくれないかなあって、笹井さんのお話聞いて思ってしまって。幸一郎さん、かわいくて。短期ですよね? 長くて、幸一郎さんが大きくなるまでの二ヵ月くらいでしょう?」

「まあ、そうですけど」

「募集を出すの少し待ってもらえませんか。管理会社にきいてみますから。実はずっと猫、飼ってみたかったんです――あ、地下鉄、きちゃう。それじゃ」


 電光掲示板を見た東原さんは、軽やかに駅の階段を駆け降りた。東原さんは、快活だ。



 最初にケージを買ったのは、渡会さんだった。


「ネットで見てみたら、トイレ付きのが七千円で。さっそくポチッちゃった。お金は気にしないでね。そもそも笹井君だって、拾い主として一時的に面倒見てるだけなのに餌代と砂代、全部払ってるんだから」


 ケージはさすが、猫の居場所専用として作られているだけあって、中で過ごす幸一郎さんは快適そうだ。

 渡会さんの部屋での様子を見た後に、自室に戻っていつもの段ボールに入った幸一郎さんを見るといかにも「野良猫」の悲壮感みたいなものが漂っている気がして、俺もケージをポチッてしまった。東原さんは一緒に過ごす時間が少ないのでケージに手は出さなかったが、それでも、かわいいかごベッドをポチッていた。


 幸一郎さんは幸せだ。


 管理会社の許可を得た東原さんは、毎日職場(公務員だという)帰りに渡会さんの家に寄り、キャリーバッグに入れた幸一郎さんを自宅に連れ帰る。そして十時になったら東原さんと俺は大学の裏門で待ち合わせ、幸一郎さんを引き渡す。

 夜遅くにわざわざ出てきてもらうのは申し訳なく思ったが、同時に、夜遅くに付き合ってもいない男が女性の部屋を訪ねるのもどうかと思ったし、部屋の場所だって、(同じゴミ収集所を使うくらいの近所なだけに)大して親しくもない俺に知られたくはないだろうと、東原さんの希望通りにすることにした。


 俺→渡会さん→東原さん→俺。


 まだ子猫なのに、幸一郎さんの生活は多忙だ。


「『猫は家につく』っていうけど、頻繁な環境変化、大丈夫かな」


 そう渡会さんは心配したが、杞憂だった。

 幸一郎さんはすぐに、それぞれの部屋での快適な過ごし方を見つけた。

 俺の部屋では、帰宅直後、持ち帰った仕事を片付けるため(結局社畜生活は退職直前まで続きそうだ)に机に向かう俺の腕の間にちょこんと座り、興味深げにパソコンの画面を見ている。それに飽きたらミルクを飲んで就寝。


 渡会さんの家では、日当たりのよい窓際で朝寝と昼寝をし、食後に少しだけ、庭に出してもらう。虫などを食べないよう、渡会さんの監視付きだ。


 そして東原さんの部屋では、帰宅直後にミルクを飲んだらカゴで丸くなってしばらく眠り、東原さんが食事と家事、入浴を済ませる頃に起きだして、一人と一匹はおもちゃなど使って仲良く遊んで過ごすのだという。


 そんな日々を過ごすうちに、あっという間に三ヵ月が経ち、警察から連絡が来た。


『保護していただいた子猫ですが、飼い主は現れませんでした。このまま笹井さんのお宅で飼うということで、よろしいですか?』

「え? いえ、それはちょっと」

『そうなんですか? それでしたら、お預かりいただかなくてもよかったのですが』

「そうだったんですか?」

『はい。飼う意思のある場合のみ拾い主様にお預かりいただいていまして……お届けいただいた際の説明がわかりづらかったようで、申し訳ありません』

「――いえ」


 なんだ、そうだったのか。だったらこの三ヵ月の苦労は無駄――ではなかった――。


 最初こそ険悪だったが、幸一郎さんはすぐに慣れたし、生後一カ月から四ヵ月ほどの子猫というのは本当に愛らしく、その成長を見るのは毎日の楽しみになっていた。体はかなり大きくしっかりとし、できることはだいぶ増え、何より、俺たち三人とも、幸一郎さんと心が通じ合う瞬間が多くなってきたように感じていた。

 だが、そろそろ別れの時か。


「では、この後はどうしたら?」

『私どもに引き渡していただければ、愛護センターに預けます』


 まさか。


「そこって……」

「――もし一定期間後に飼い主や引き取り主が見つからなければ、残念ですが――」


 警察官は言葉を濁した。

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