第4話

 その夜、契約結婚について竹久と話をした。

 最初こそ驚いていたが、まずは契約結婚をして白い結婚のまま過ごし、お互いに本当の夫婦になっていこうと言うものだった。



「竹久が離婚歴の事を気にしていることを考慮してなんだが、ダメだろうか」

「ですが本当に私との結婚で宜しいんですか? まだ知り合ってそう時間も経っていないのに」

「俺の中で君と言う花が育ちすぎてしまってな。今まで女性を好きになったことは無いのだが、この胸に根付いた花を大事にしたいと思っている。その花である竹久を大事にしたいと思うのは自然なことだと思うんだが、どうだろうか」

「それは……そうですが」

「最初は愛してくれなくても良い。ビジネスパートナーでもいい。だが俺は君を妻として接したいし、将来は同じ墓に入りたいとさえ思う程に膨らんでいるんだ。どうしてもダメなら諦めるが、もし君が契約結婚からでも良いのだと言うのなら、俺の気持ちを汲み取って結婚して欲しい」

「お付き合いを飛ばして結婚すると言う事ですか?」

「一緒に住んでいるのに、お付き合いをするなら君を抱くが良いのか?」

「それは……ちょっと困ります」

「だからこその契約結婚だ。契約結婚なら君が本当に俺を好きになってくれるまで抱かない」

「……」

「抱きしめるくらいは……許して欲しいが」



 ギリギリの交渉。

 お互いに後は寝るだけと言う時間帯にする話ではないかもしれないが、大事な話でもあった。



「もし契約結婚にまだ困惑していると言うのなら、半年間毎日口説き落としてプロポーズし続けてから契約結婚でも構わない。俺は君への想いを持て余しているんだ。心から愛し合える仲になりたい。君が俺を捨てると言うのなら……悲しいが受け入れる」

「それはっ そんな事出来る筈ないじゃないですか!」

「なら俺と契約結婚してくれるか?」

「……解りました。女は度胸です! それに親元から離れたタンポポの綿毛だと言うのなら、貴方の元で根付きます。これで良いですか?」

「ありがとう乙葉! これからは下の名で呼び合おう!」

「下の名で……ですか!?」



 乙葉から了承を得た俺は下の名で呼び合う事を提案したのだが、乙葉は顔を真っ赤に染めたまま小さく「……風来さん」と呼び、思わず俺も赤面する。



「風来さんと……お呼びしても?」

「是非お願いしたい! そして木曜に入籍しよう」

「早いですね!」

「こういう事は早い方がいい! 邪魔が入らないうちにな!」

「邪魔ですか?」



これは――まだ伝えるべきではないだろう。

俺はグッと我慢して、出来る限り出せる情報を出した。



「こちらの話だ。だが君を狙っている者もいると言う事だ!」

「そう……なんですか?」

「じゃないと焦ってまで君と契約結婚したいとは言わないだろう」

「そうですが……」

「1月の最終日に入籍して、君は長瀬乙葉になる。決定事項で良いな?」

「解りました。私が本当に風来さんを好きになるまで身体関係は無いんですよね?」

「手を出さないと約束しよう。だがキスをする可能性はある」

「キスまでならまだ……ふ、夫婦ですので許せます」

「そう言ってくれると嬉しい!」



 思わず抱きしめると彼女がカッと熱くなったのが解ったが、この事は直ぐにでも雷来に連絡しなくてはならないな。

 両親が事故で亡くなってからは弟と二人で何かと相談しながらやってきたが、結婚を相談せずに決めたのは許してくれるといいが。



「幸せにすると約束する。だから俺の言葉を信じて欲しい。君はとても優秀だし得難い人だ。俺の唯一で大事な花だ。自分を下げるようなことを言わないで欲しい」

「風来さん……」

「人の口にする言葉と言うのは言霊となっていい方にも悪い方にも左右すると俺は思っている。俺は呪いの言霊より、人生のプラスになる言霊を口にしたい。幸せになろう乙葉、一緒に愛し合えるようになろう? 君の人生が今まで辛かったのなら、今からの人生幸せになろう。俺と一緒に」

「私も……風来さんと一緒に……?」

「ああ。二人で1つの家族であり、夫婦なのだから」



 そう言ってもう一度優しく抱きしめると、彼女が震えているのが解った。

 口元に手を持って行き、次第に嗚咽を零して泣き始めてしまった。

 強く抱きしめると彼女は声を上げて泣き始め、俺に抱き着いて小さく震えた後、「ありがとう御座います」と絞り出す声でお礼を口にした。

 それでもお互いに腕を話さず抱きしめ合い、彼女の力が抜けて寝落ちするまで抱きしめ合っていた……。


 彼女の力が抜けて涙をそのままに寝落ちすると、ゆっくりと抱き上げ彼女の部屋に入りベッドに寝かせると、本当にモノが少ない部屋と、寝るだけのものしかない部屋を見渡し溜息が零れた。


 以前、彼女は「ベッドがあるだけでも有難いです」と嬉しそうに笑っていたのを思い出す。もしかしたら、実家ではベッドすら買って貰えない程辛い人生を歩んでいたのかもしれない。

 大切に……もっと大切にしたい。

 そう思った時、触れ合いはもっと必要だと思い、自分のベッドをダブルベッドに買い替えようと心に決めた。


 ぐっすりと眠った彼女の頬にキスをし、部屋を出るとパソコンを付けて寝具を購入した。

 ベッドの下取りも頼み、更に鏡面台も購入して彼女が身ぎれいに出来るようにデザインも優しいものを購入した。



「2月が暇で良かったな」



 2月に入って直ぐくらいに届くようで、夫婦として同じベッドで肌を寄せ合い眠ると言う事を毎日していれば、何時かは本当に心から俺を愛してくれる日が来るかもしれない。

 物の少ない俺のマンションに、少しずつでいい。

 彼女の生きていいのだと思えるスペースを沢山作っていきたかった。

 そして、愛されているのだと理解して貰えれば……それに越したことは無い。

そう思うとホッとして俺も眠くなり、朝の仕入れまでにゆっくりと眠ることにした。


次の木曜で、色々人生が動く――。

それは、俺が望んだことであり、彼女を守る為の大事な事だった。



「必ず守って見せる。必ず――」



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俺はまだ、君の花の名を知らない。~契約結婚からスタートする溺愛方法~【カクヨムコン10短編】 udonlevel2 @taninakamituki

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