アインシュタイン・タイム

瀬古悠太

アインシュタイン・タイム【梗概】

熱いストーブの上に手を置くと一分が一時間に感じられるが、綺麗な女の子と座っていると一時間が一分に感じられる。かの有名な物理学者アインシュタインは時間の相対性を人に説明する時、そのように述べたという。

 今よりも少し未来、人類は一時的に時間感覚を延長させる術を獲得していた。

 「時間剤」を投薬すると人体の時間を認識する複数の感覚受容器が興奮状態になり、体感時間が引き延ばされる。視覚や聴覚といった五感が研ぎ澄まされ、思考は明朗になることで今まで感じていた一分は十分ほどの長さに感じられる。人々はこの延長された体感時間を「アインシュタイン・タイム」と呼んでいた。

 演奏家の旋律に酔いしれるため、両親の最後を一秒でも長く看取るため、スポーツ、軍事、あらゆる場面でアインシュタイン・タイムは使用され、人々の生活は一変した。

 

 レイは時間剤の中毒者だった。ロック、エクスタシー、暴力など無暗にアインシュタイン・タイムを発現させ、その感覚に酔いしれていた。かつて愛する我が子を失う瞬間、貧しさから時間剤が無くアインシュタイン・タイムを使用できなかった。その後悔を埋めるように、レイは非合法な時間剤を投薬しては空虚な日々を過ごしていた。


 ある日、仲間の一人からスラム街で捨て子を拾ったと、十歳ほどの少女を押し付けられる。名前はミア。レイは自分に今更子育てなんかできるかと一蹴するが、せめて一晩だけでもと頼まれてしまう。渋々ミアを預かったレイだったが翌朝、彼女の近くにいる時だけ体感時間が異様に短く感じることに気が付く。ミアはアインシュタイン・タイムと逆の作用を人々に伝播させる特異体質の持ち主だった。


 レイはミアが時間剤の製薬会社とその背後にいる政府から追われていることを知る。ミアは捨て子ではなく研究施設から逃亡してきた人工的に作られた子どもだった。ミアが捕まれば、その作用が世界中に拡散され、人々の体感時間は強制的に短縮されてしまう。そうなれば時間剤による体感時間の延長なしでは人は生活出来なくなり、政府は時間剤を餌に世界を牛耳ることが出来る。


 レイは守れなかった我が子の代わりに、ミアを守ることを決意する。レイはアインシュタイン・タイムを駆使し、追手からの逃亡を続けるが遂には追い詰められてしまう。絶体絶命の中、ミアはレイを助けるため自分に時間剤を打ち込み追手を退けることに成功する。

 助かったレイは、アインシュタイン・タイムの発現によりミアの体質が失われ、ただの普通の少女になっていることに気が付く。政府に追う価値無しと判断されたレイとミアは街を出ないことを条件に解放される。そしてレイは時間剤の過剰摂取により、もう二度とアインシュタイン・タイムが使えなくなっていた。


 レイはミアの手を引きながら帰路につく。時間剤はもう必要ない。薬なんかに左右されない自分自身の時間を生きると少女に約束して。

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アインシュタイン・タイム 瀬古悠太 @barista_cof_book

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