人類移住計画

長船 改

人類移住計画

登場人物5人  男2 女1 不問2


エラン(男)・・・主人公。土壌の調査担当。一見ちゃらく口が悪いが正義漢。

アマリア(女)・・・生命体の調査担当。クールビューティー。基本的に無表情だが、たまに微笑んだりもする。

ブライアン(男)・・・キャプテン。船の整備担当。船員との対話を重要視する。また、キャプテンとしての責任を強く持っている。

チェスター(不問)・・・連絡、大気調査担当。若い。丁寧な喋り方で、少々硬い雰囲気を醸し出している。   

ダグラス(不問)・・・水質調査担当。若い。人当たりがよく柔らかい雰囲気。


《場面説明》

彼らは地球人の移住可能な星を探し求める、とある宇宙船のクルー。

話は、エランが目覚める所から始まる。


《以下、本編》


エラン:

う、ん……。こ、ここは……?


アマリア:

やっとのお目覚めね。エラン。


エラン:

頭が……ぼーっとする……。


アマリア:

それはそうよ。あなたは2年の間、コールドスリープで眠っていたのだから。


エラン:

コールドスリープ……? なぜ、そんなことを?


アマリア:

あら、そんな大事な事も忘れたの? 私たちは、人類の移住可能な星を求めて旅立ったのよ。


エラン:

思い出せない……。


アマリア:

思い出せない? ……ふぅ。一時的な記憶障害に陥っているのね。でもそれも仕方ないわ。過去にもそういう事例はあったのだから。


エラン:

君は? 君の名前を聞かせてくれないか。


アマリア:

私はアマリア。かくいう私も目覚めたのはほんの数日前なの。あなたと違って正常だけれどね。


エラン:

ここに、他の人間はいるのか?


アマリア:

……。


エラン:

アマリア? どうしたんだ?


アマリア:

……いいわ、百聞は一見に如かずね。ついてらっしゃい。歩き方まで忘れたなんて言って転ばないようにね。


エラン:

あ、あぁ。。よっと……くっ……(膝がぐらつく)。……よし、行こう。



(部屋を出る二人。)



エラン:

ところで、なぜ俺達はコールドスリープから目覚めたんだ?


アマリア:

随分とまた当たり前のことを聞くのね。居住可能だと判断した星を、コンピューターが見つけたからよ。あと数日もしないうちに着陸できるはずだわ。だから、それまでに自分の中で記憶の整理をつけておくのね。


エラン:

記憶の整理、ね。出来るだけ早くそうなってくれることを願いたいな。


アマリア:

そうなる、じゃない。そうする、のよ。


エラン:

また無理難題を。ま、いいさ。努力はしてみるよ。


アマリア:

ついたわ。ここよ。



(コントロールルームに入る二人。)



アマリア:

ブライアン、エランが目覚めたわ。


ブライアン:

おぉそうか。それは吉報だ。頭数が揃わんうちに着陸などという事になっては面倒だからな。

……久しぶりだな、エラン。目覚めはどうだ?


エラン:

美人に起こされて気分は最高! ……と言いたい所だけど、あまり良くはないな。なにせ、お宅らの顔を見ても、ぼやっとした記憶しか浮かんでこないんだからな。


ブライアン:

何だって? ……どういうことだアマリア。なにか不具合でも起こったのか。


アマリア:

どうやら、一時的に記憶障害を引き起こしているようなの。自分の事も覚えていないようだわ。


ブライアン:

そうか。ならば、地球に報告をしておかねばならんな。しかし、わずかでも記憶が浮かぶのであればアマリアの『一時的』という言葉も確かなのだろう。


アマリア:

ええ。


ブライアン:

よし、ではその前提で改めて自己紹介をするとしよう。

私の名前はブライアン。この船のキャプテンを任されている。とは言っても、ほぼ形式のものだし、ブライアンと呼んでくれてかまわない。……チェスター! ダグラス! すまんが、こちらに来て自己紹介をしてやってくれ。


チェスター:

話は聞いていました。私はチェスターといいます。主に連絡係を担当しています。よろしく。


エラン:

チェスターね、よろしく。


ダグラス:

僕の名前はダグラスです。担当は水質系の調査です。記憶が戻るまで大変かもしれませんが、僕たちも協力しますので一緒にがんばりましょう!


エラン:

助かるよダグラス、よろしく。……ところでブライアン。その担当、というのはやはり俺にも?


ブライアン:

その通りだ。君の担当は土壌の調査。これは非常に重要な任務だ。君の記憶が戻るまで待ってやりたい所だが、そうも言っておれん。だから、仕事だけでもなんとか思い出してくれ。

何かあった時のためのメモリーがある、これは君のものだ。その中に入っているデータを参照して、記憶の復帰の役に立ててくれ。


エラン:

分かった。ところで……少し恥ずかしい話なんだが、食事をとりたい。腹が減って仕方がないんだ。


ブライアン:

……なに?


エラン:

今は何時だ? 昼か? 夜か? 食事の時間まで我慢しなきゃいけないか? できれば優しい味付けのものが食べたいな、なにせ2年ぶりの食事だからな。


ダグラス:

エラン、何を言っているんですか? 僕たちに食事など無用ですよ。


エラン:

なんだって? おいおい、ダグラスは冗談を言うタイプなのか? 腹が減らない人間がいないわけないだろう。


ダグラス:

いや、ですから……。


ブライアン:

ストップだ、ダグラス。エランはまだ記憶が戻っていない、感覚系も狂っているのかもしれん。


エラン:

あまり嬉しい言いようじゃないな。


ブライアン:

……言葉が悪かったようだ。謝罪する。


エラン:

いや、気にしないでくれ。


チェスター:

ブライアン。リラクゼーションルームに、たしか味付きのエナジーキューブがあったはずです。それを与えたらどうでしょう。


ブライアン:

おぉそうだな、そうしよう。まさかあんなものが役に立つとは思わなかったが。


エラン:

…………。


アマリア:

じゃあ、私が案内するわ。いいわねブライアン?


ブライアン:

ああ。ではチェスターとダグラスは仕事に戻ってくれ。すまなかったな、呼びつけてしまって。


チェスター:

構いませんブライアン。では仕事に戻ります。


ダグラス:

あとで軽く話をしましょうエラン。僕は地球では医療関係の仕事もしていました。もしかしたら何かの役に立つかもしれません。


エラン:

ありがとう。そうさせてもらうよ。(チェスター、ダグラス仕事に戻る)


アマリア:

行きましょうか。ついてきて。



(部屋から出るエランとアマリア。)



エラン:

そういえばアマリア、君にもなにか担当があるのか?


アマリア:

ええ、私の担当は生命体の調査よ。


エラン:

それは、その星に人間がいるかどうか、ということか?


アマリア:

それだけじゃないわ。動物や植物、微生物の調査も私の担当よ。


エラン:

という事は、海や川があれば、そこの生物についても調査するということかい?


アマリア:

そうなるわね。


エラン:

ほー、じゃあ海があることを神に願わないとな。素敵な水着が拝めそうだ。


アマリア:

あなた馬鹿なのね。未調査の星なのだから、完全防備で臨むに決まっているでしょう?


エラン:

ちぇっ。ま、そりゃそうか。


アマリア:

まったく……食事の件といい、この事といい……。一口に記憶障害と言っても色々あるのね。


エラン:

そうだ、それだよ。さっきのダグラスの話は本当なのか? 食事が無用というのは……。


アマリア:

本当よ。


エラン:

どういうことなんだ? 少しずつ記憶が戻ってきているような感覚はあるが、そこらへんがまだまったく分からないんだ。

  

アマリア:

私たちの任務は長期にわたるわ。そのためには食糧が邪魔なの。この小さな船にいったいどれだけの量の食糧を積め込めると思って?


エラン:

それは……。


アマリア:

私たちの身体は、食糧が無くても対応できるようになっているわ。だから人類は他の星を探す決断が出来たのよ。


エラン:

……。


アマリア:

ついたわ、ここよ。 



(リラクゼーションルームに入る2人。)



エラン:

ここは……本当にリラクゼーションルームなのか? こんなにごちゃごちゃして……。これじゃリラックスなんて出来やしない。


アマリア:

仕方ないわ。私たちもまだ目覚めて時間が経っていないのだし、仕事に追われていたから。

この中から『非常用補給』と書かれた箱を探してちょうだい。その中にさっきチェスターが言っていたエナジーキューブがあるはずだから。私も手伝うわ。


エラン:

これは……見つけるまでに俺が空腹で倒れてしまうかもしれないな……。


アマリア:

そんなことはあり得ないけれど……食べたいなら我慢なさい。


エラン:

ふぅ……厳しいな、アマリアは。



(探し始めて1時間。やっとの思いで『非常用補給』と書かれた箱を見つけたエラン。)



エラン:

とうとう見つけた……。しかしなんなんだ、ここはよ……。今の俺達に全く関係ない代物まで入っているじゃあないか。古語で書かれた文献にレコードプレイヤー、しかも肝心のレコードはなし。あっちにはただの鉄の塊なんてものもあったぞ。


アマリア:

気にしてもしょうがないわ。とにかく目的のものは手に入ったのだから。


エラン:

そんなこと言われても、気になるものは気になるぜ、まったく。……ところでこれは、どうやって食べるんだ? 見たこともない食べ物だ。見た目はキャラメルに似ていないこともないが……。


アマリア:

そのまま食べればいいわ。よく噛むのよ。喉につまったら面倒なんだから。


エラン:

老人じゃないんだから大丈夫さ。ほっ。(と、口に入れる) 

ふむ……。キャラメルっていうよりも、もっと柔らかい、日本の餅のような感覚だな。しかしお菓子かと思ったが、味が……なんだこれは?


アマリア:

鴨のロースト味、と書いてあるわね。


エラン:

ちっ、どうりでくどい油の感じがすると思った。作るにしても、もう少し考えろよ。メーカーを訴えてやりたいぜ。


アマリア:

……あなたは口を開けば悪態か疑問ばかり。チェスターを見習って欲しいわ。


エラン:

悪かったな。記憶が完全に戻ったら寡黙な人間になるかもしれないから期待していてくれ。


アマリア:

期待は出来ないし、待っていたくもないわ。


エラン:

……つれないヤツだな、本当に。

         

 (と、そこに定時の放送が入る。)


エラン:

なんだ? このチャイムは。


アマリア:

定時放送よ。聞きなさい。


チェスター:

定時放送です。本日の任務は終了です。各員、明朝7時まで自由時間をお過ごしください。繰り返します……


エラン:

おいおいマジか。まさか食事を取るだけで一日が終わるとは思わなかったぜ。


アマリア:

部屋の整理ができただけ良しとしましょう。ほとんど必要のない作業ではあったけれど、やらないよりはマシだったわ。


エラン:

アマリアはこれからどうするんだ?


アマリア:

眠るわ。


エラン:

もう少し話さないか? アマリアの事をもっと知りたいんだ。


アマリア:

ごめんなさい、私にその気はないわ。それに……


エラン:

それに?


アマリア:

私たちは人類のための任務の途中よ。そしてそれを達成するために生きている。記憶が戻らなければ、あなたは仕事が出来ない。記憶が戻るための協力はするけれど、それ以外の事は余計だという事を覚えておいて。


エラン:

徹底的な仕事人間なのね……。


アマリア:

私と話すよりもダグラスと話したらどう? その方が私もうれしいわ。記憶を取り戻して寡黙な人間になってくれたら、少なくとも作業効率は上がるのだから。


エラン:

わかったわかった、そうするよ。そのダグラスなんだけど、どこが彼の部屋なんだ?


アマリア:

あなたの部屋の向かいよ。


エラン:

向かいだな。よし。ちなみに君の部屋は?


アマリア:

おやすみなさい。(と、去ってしまう)


エラン:

あっ、ちょっ! ……はぁ……やな女だぜまったく……。しかし……あの目がなかなかいいんだよな。挑みたくなっちまうっていうか。……と、こんなところで独り言もなんだな。ダグラスの部屋に行ってみるか。


エラン(MONO):

それから俺はダグラスの部屋で、彼といろいろ話をした。記憶回復という点ではあまり収穫はなかったが、それなりに楽しい時間を過ごせたから良しだ。

その後は、自室に戻ってブライアンからもらったメモリーの確認をした。ここでも自分の記憶についての収穫はなかったが、仕事についてはなんとかなりそうだった。というのも、データを見て完璧に理解が出来たからだ。つまり、これでアマリアから白い目で見られる心配はしなくて良くなったってわけだ。

……それから約5日。

目的の星に降り立つ頃には、俺は、この船に乗り込んでからの記憶をほぼ完全に取り戻し、今のこの環境にもこの身体にもすっかり慣れた……はずだった。



(到着した星の大地に降り立つ5人。)



ブライアン:

調査員は自分の車に乗ったまま聞いてくれ。まず無事に我々は、この星の大地に降り立つ事が出来た。エランの記憶の問題が起こった時にはどうなるかと思ったが、それはそれで今後の良い研究資料になったと考えれば、そう悪い事でもなかったと言えるだろう。


エラン:

へっ、ブライアンの口の悪さにも慣れてきちまったぜ。


ブライアン:

それはお互い様だ。お前はとにかく愚痴が多かったからな。しかし、それももうすぐ終わりだ。この星の調査が終わればな。


エラン:

ああ。


ブライアン:

では、最終確認だ。

私は船の整備をする。アマリアは生命体の調査、ダグラスは水質、エランは土壌の調査。チェスターは連絡係としてコントロールルームに残る。

各員、与えられたノウハウを結集し、最大限の成果を挙げるように! あと、車の燃料が尽きる前に戻ってくるのを忘れるな。では解散!


チェスター:

帰還の際は私に連絡を入れてください。受け入れの準備をしなければいけませんので。よろしく。



(走り出す3台の車。)



エラン:

さーて、星が違うとはいえ久々の大地だ。堪能しながら調査するとしますかね。本当はこの防護服も脱いじゃいたいくらいだけどな。


ダグラス:

やめた方がいいですよ、エラン。大気の調査をまだしていませんから。万一、大気中に有害な成分が含まれていたらお終いです。


エラン:

大気の調査、か。そういえば、その調査を担当するのは誰なんだ? 誰もいないんじゃないか?


アマリア:

チェスターの担当よ。私たちの調査が済み次第、彼が大気の調査をする事になっている。


エラン:

そりゃどうやってやるんだ? まさか防護服を脱いで素肌で確認、とかか?


アマリア:

知らないわ。私たちはお互いの調査の方法については不可侵なの。


ダグラス:

そうなんです。それと、調査の現場を見る事もNGです。罰せられますから気を付けてくださいね。


エラン:

ちっ、まさかそういう契約なのか? その辺のチェックはしていなかったぜ。


アマリア:

近づかなければ問題ないわ。さぁ、ここからは3方向に分かれましょう。私は東に向かうわ。


ダグラス:

じゃあ僕は西へ。


エラン:

ということは俺は北かな。じゃあ2人とも、気をつけてな。


ダグラス:

また。宇宙船で会いましょう。


アマリア:

幸運を祈るわ。


 (ダグラスとアマリアの車、走り去っていく。)


エラン:

あー。たまーに微笑むあの感じにやられるんだよなぁ……。

さーて! 張り切って調査しますかねっと!


エラン(MONO):

しばらく車を走らせると、俺は土壌調査におあつらえ向きの場所を見つけたので、そこで作業を開始した。宇宙船を離れてもう十数時間にもなるが、腹が減らないというのはこういう時に本当にありがたい。

俺の調査はすこぶる順調に進み、場所を変えては調査をし、また場所を変えを繰り返した。宇宙船に戻る頃には数日が経っていた。



(宇宙船、コントロールルームの中。)



エラン:

任務完了。ただいま戻ったぜ。


ブライアン:

おぉ、ご苦労だったなエラン。アマリアとダグラスもすでに戻っているぞ。ところで消耗もあるだろうが、先に報告会を開きたい。いいか?


エラン:

大丈夫だ、疲れはないからな。


ブライアン:

よし。ではチェスター、2人を部屋から呼び出してくれ。


チェスター:

了解しました。

……こちらコントロールルーム。これより報告会を開きます。アマリアとダグラスの両名はコントロールルームまで来てください。繰り返します……


エラン:

ブライアンはずっと宇宙船の中にいたのか?


ブライアン:

いいや、船の整備をしていたから、ずっと中にいたというわけでもない。宇宙空間では難しかった外装部分のチェックに時間を割いたよ。


エラン:

そういや、船のチェックがどうのとか言っていたっけか。何も問題はなかったのか?


ブライアン:

当然だ。宇宙塵ダストによる傷が目立ってはいたが、その補修も終わった。整備は万全だ。


エラン:

そうか。じゃあこの報告会が終われば、俺たち全員晴れて地球へご帰還、ってわけだな。


ブライアン:

全員、というわけではないがな……。


エラン:

なに? そりゃ一体どういう……


 (と、そこへアマリアとダグラスが入ってくる。)


アマリア:

エラン、遅かったわね。それだけ調査に没頭していたということかしら?


ダグラス:

あれから8日です。驚くべきエネルギー量だと僕は驚いていますよ。


エラン:

お、おう。……で、ブライアン、説明してくれ。さっきのは一体どういう意味なんだ。


ブライアン:

ストップだ。それについては後で説明をしてやる。まずは報告を聞こう。

それと、エラン。君は契約内容のチェックを見落としたと聞いている。だから言っておくが、各々の出す報告の内容については踏み込めない領域がある事を認識しておいてくれ。


エラン:

ちっ……。わかったよ、じゃあまずは俺からだ。

土壌については、地域によって警戒が必要な所はあるが、基本的には地球と大差はなかった。たとえば地球産の植物を持ち込んでも生育は可能だろうな。

ただし、地中については事情が異なる。詳しい説明は省くが、地質が地球では考えられないくらいに硬くてな。建築関係では苦戦するんじゃないか? 活動範囲は地上に限定した方がよさそうだな。

……ま、それでもざっと50億人は住めるだけの余裕はあるはずだ。そのほかの細かいデータについては、まとめたものをメモリーにしてある。参照してくれ。

俺なりの結論を言うとすれば、注意は必要だが住む事への支障は特に無い、だな。以上だ。


ブライアン:

素晴らしい成果だな。土壌の面では、人類の移住の地としてはかなり望ましいようだ。


ダグラス:

では、続いて僕の報告をさせてください。

水質は非常にきれいなものでした。ですが、きれいすぎて人類には有毒になると予想されます。現地で少しの間研究をしたのですが、強力な殺菌効果が確認できました。仮にこれを摂取した場合、人体に必要な細菌も死滅する可能性があります。

解決方法はふたつあるでしょう。

ひとつは、この星の水をけがす処理を施すこと。

もうひとつは、水をいったん除去し、地球の水を運び入れることです。幸い、地球の水資源はまだまだ豊富です。少々非効率的ではありますが、現代の科学技術を持ってすれば決して不可能な話ではないでしょう。

以上で、報告を終わります。


エラン:

ちょっと待てよ。報告については理解できるが、対策については納得できないぜ。汚すとか除去とかよ。もう少し、この星の環境を生かしつつというわけにはいかないのか。


ダグラス:

僕に命じられたのは、地球人類にとって最良となる方法を模索することです。この星の環境を生かすというのは任務の範囲外なんです。


エラン:

ダグラス……お前まで仕事人間になっちまったのか? そういうんじゃないだろう? 俺達人間は……。


ブライアン:

ストップだエラン。それらは上層部が決めることだ。我々に、方策についての決定権はない。

ダグラス、ご苦労だった。解決策があるのであれば、水質についても人類の移住の地として大きな問題はないと判断できるだろう。

では、最後にアマリアだ。報告を頼む。


アマリア:

わかったわ。

私は、ここでどのような生命体がいるのかを調査したのだけど、そのほとんどは実に無害なものだったわ。人類の食糧として扱えそうなものも多数発見できているし。

……ただし、ひとつだけ大きな問題点があるわ。至る所で、地球人類に近い生命体を発見したの。


ブライアン:

なんだって……?


アマリア:

これは計算上の話だけれど、数はおよそ数百万。


エラン:

本当か? 俺も色んな所を回ったが、そんなナリをしたやつらなんて見かけなかったぜ。


アマリア:

本当よ。サンプルもあるの。見てみる?


エラン:

サンプルだぁ……?


ブライアン:

報告のあったカプセルか。持ち込みを許可しよう。


アマリア:

じゃあ取ってくるわね。


ブライアン:

待ちたまえ、アマリア。事情が事情だ。……チェスター、空間転移を許可する。該当のカプセルをここへ転送してくれ。


チェスター:

了解しました。メインコンピューターへ指令を出します。カプセル-A1028をコントロールルームへ転送。カプセル-A1028をコントロールルームへ転送。


 (サンプルの入ったカプセルが、4人の囲む台の上へと転送されてくる。)


アマリア:

来たわね。では、カプセルを開放するわ。なお、このサンプルは死んでいる状態のものだけど、触れることは許可できない。


ブライアン:

わかった。


エラン:

ちょっと待て、死んでいるって…!?


 (カプセルを開放するアマリア。そこには人間と似た姿の生命体が、拘束された状態で収められていた。)


エラン:

うっ……! ひ、ひでぇ……。こんな事……許されるわけがないぞ……!


アマリア:

これが私の任務よ、生命体の調査。知っていたでしょう?


エラン:

だからって、こんな事していいわけないだろう! これじゃもはや侵略だぞ!?


アマリア:

いいえ、移住のための調査よ。あなただって、この星の土や砂をサンプルとして持ち帰ってきているでしょう? それと同じことよ。


エラン:

違う! 断じて違う! 調査と侵略は違う!


アマリア:

言葉遊びをするつもりはないわ、黙っていてちょうだい。


エラン:

いいや、黙らないね!


ブライアン:

ストップだ! ……エラン、お前は任務の邪魔をしたいのか? それならば拘束をせねばならん。そうでなければ黙って最後まで聞け。


エラン:

くっ……!


ブライアン:

よし。では、アマリア、報告の続きを頼む。


アマリア:

了解。

この生命体には一定の知能があるわ。武器を使って動物を狩る、道具を使って高い所に生っている実を採取する。あとは理由は不明だけど、住まいは高い所を選ぶようね。

技術が地球に追い付くにはあと数千年は必要だと推測するわ。

また、感情は地球人類に比べて粗暴で、敵と認識すればかなり荒々しい対応を取る。実際、私の防護服にも彼らの攻撃の跡があるわ。まぁあの程度では跡はついても傷にはならないんだけど。襲ってきた数匹は、正当防衛として処理してきたわ。これはその中の一匹。同じく欠損のない死骸がもう1体と、ばらばらにした死骸が何体か。他に生きているのが2体あって、それらは冷凍処理を施してあるわ。


エラン:

アマリア……君は自分が何を言っているのか分かっているのか……。


アマリア:

最終判断は上層部に任せるけれど、私の見解としては、この種族は殲滅するべきね。おそらく地球人類と共存するのは不可能だわ。仮に移住が決まらないにしても、滅ぼした方が後々面倒にならないはずよ。さきほど技術が追い付くには数千年が必要と言ったけれど、もし何かの間違いがあって急激に科学技術が発展したら、人類の敵になる可能性の方が圧倒的に高い。


エラン:

アマリア!!


ブライアン:

エラン!! ……黙っていろと言ったはずだ。


エラン:

ブライアン、あんたは今の話を聞いて、こいつらがかわいそうだとは思わなかったのか!? 今の話が倫理から逸脱しているとは思わないのか!?


ブライアン:

それについては先ほども言ったとおりだ。我々に方策についての決定権はない。そして任務が我々の最優先事項なのだ。


エラン:

また任務か……! なんだってんだよ……一体……!


ブライアン:

……アマリア、他になにか報告の必要があるものは?


アマリア:

特にないわね。閲覧可能なデータはメモリーにまとめてあるから後で参照してちょうだい。


ブライアン:

よし。では、人類と類似する生命体についてはサンプルを持ち帰り、上層部の判断を仰ぐ。大気調査はまだではあるが、現状を総合的に判断すれば、居住可能な星としてはBランク。一時居住の地としては条件付きでAランクと言った所だろう。……チェスター、地球へ帰還連絡。我々はこれより、この星を離脱する。


チェスター:

了解しました。

…………地球への帰還連絡送信……完了しました。

それでは、これより私は大気調査の任務のため退船いたします。ブライアン、船の分離の許可を願います。


ブライアン:

よし、分離の許可を出す。


エラン:

お、おい……どういうことだ? 退船って、船を降りるってことか? 説明しろブライアン!


チェスター:

船の分離命令をメインコンピューターに出しました。

……エラン、私から説明します。私はこの船の連絡係の他に、対象となった星の大気を調査する任務を預かっているのです。船を分離させたのは、その観測基地として使用するためです。


エラン:

お前に大気調査の任務がある事は知っている! 俺が説明してほしいのは、なんでお前がひとり、ここへ残らなければいけないのかということだ! 俺たちと一緒のタイミングで調査に出ればよかったじゃないか!


チェスター:

大気の調査は長期にわたります。数日で終える事は不可能です。


エラン:

そういう事じゃあ……!


チェスター:

質問の意図が把握できません。私が今後果たさなければならないのは大気の調査です。そのためにはこの星に残る必要があります。それ以上もそれ以下もありません。


エラン:

お前……! ひとりでここに残って……寂しいとか悲しいとか、そういうのはないのかよ! お前、それでも人間か!


チェスター:

質問の意図が把握できません。ブライアン、私は任務に就きます。


ブライアン:

ああ、そうしてくれ。


エラン:

おいブライアン! あんた、こんな任務を認めるのか!


ブライアン:

…………。


エラン:

ダグラス!


ダグラス:

…………。


エラン:

……ちっ! 


 (エラン、ドアの前に立ち塞がって、チェスターが出られないようにする。)


チェスター:

エラン、ドアの前からどいてください。通れません。


エラン:

通すわけにいくかよ!


アマリア:

……いい加減に理解してくれないかしら。


エラン:

なんだと……!?


アマリア:

何度も言っているけれど、私たちは地球人類のために活動しているの。そして私たちは、自らの任務を果たすことで初めて価値を得るのよ。


エラン:

そんなことはない! 俺たちだって地球人類だろうが! 俺達は、自分の意志で行動していいはずなんだ! そうだろう!?


ブライアン:

エラン……!


アマリア:

ブライアン。どうやらエランは、仕事以外の面では完全に復旧しなかったようね。……すでにメモリーはある。ここまで来れば、彼に用はないわ。


ブライアン:

そのようだな。チェスター、構わん。エランを押しのけて通っていけ。


チェスター:

了解しました。エラン、失礼します。


 (通せんぼをするエランの右肩をつかんで、放り飛ばすようにして押しのける。)


エラン:

ぐっ! ぅぅぅ……がはぁっ!(抵抗しようとするもまったく耐えられず、壁にぶつかって倒れてしまう。)


 (チェスター、コントロールルームから去る。)


エラン:

う、うぅ……。な、なんて力だよ……あいつ……! 人間業じゃない……!


ブライアン:

よし。チェスターの退船と船の分離を確認し次第、離陸する。


エラン:

ま、待てよ! 俺の話はまだ終わっちゃ……うわっ! (立ち上がろうとしてこけてしまう。)

な、なんだ……!?(自分の右腕を見るが、そこにあるはずの腕がない。)

……は? 俺の……右腕が……ない……? まさか、さっきのあれで……!? っていうか、なんで痛みを感じないんだよ……!?

それに……それに……!! 俺の肩から飛び出ている……この金属と火花は、一体なんだああああああああ!!!?


ダグラス:

ブライアン……やはり。


ブライアン:

残念なことだ。


エラン:

どういう事だこれは! 一体俺の体に何が起こったんだ!! 説明しろおおおお!!


アマリア:

説明しないと分からないの? 仕方がないわ、ひとつだけヒントをあげる。『自分の過去をすべて思い返しなさい。』


エラン:

記憶なら取り戻しているさ! 俺がこの船に乗った時のことも! その後、お前らと一緒にコールドスリープについたことも!


アマリア:

そこじゃないわ。それ以前のよ。


エラン:

それ、以前……?


アマリア:

船に乗る前。もっと言えばあなたの子供の頃。それに両親や兄弟、友人の事。思い出せる?


エラン:

…………。


アマリア:

どうなの? エラン。


エラン:

……ない。思い出せない……! ガキの頃の記憶も……友達の事も……親兄弟の事でさえも思い出せない……! それも前みたいにフィルターがかかっている感じじゃない……! まったくの空白だ……!


アマリア:

当然よ。あなたはこの計画のためにのだから。


エラン:

あっ! ……あぁぁぁあぁ……。


アマリア:

ようやく理解できたかしら? 自分が何者なのか。


エラン:

やめてくれ……もうやめてくれえぇ……!


ダグラス:

まだ認められないんですか? これだけ判断材料がそろっているというのに。でも安心してください、僕たちは仲間ですよ。ほら、僕の右腕だってこうやって簡単に外せます。(と言って取り外す)

ね、仲間。


エラン:

やめろ! 来るな……来るなあああああ!!!


ブライアン:

ダグラス。エランが怖がっているじゃあないか。これ以上は電気系統に支障が出かねん。そら、私の両目に仕込まれたセンサーで調べてやろう。(と言うやいなや、両目が裏返り、赤い板状のセンサーが現れる)


エラン:

う、うわあああああ!!!

ア、アマリア! 助けてくれ! 君は! 君は違うよな!? 君は……!


アマリア:

私も同じよ。そして、あなたも……。さぁ、いらっしゃい……。


エラン:

ち、違う! 違う違う!

俺は人間だ! 俺はお前らとは違う! 俺は……俺は……! 違うんだあああああ!!!

……ギァッ!(と、糸が切れたようにして倒れるエラン)


ダグラス:

……困りましたね。完全に壊れてしまった。


ブライアン:

一体どこで人間の記憶があると誤認したのだろうな。


アマリア:

それは分からないわ。私たちの製造元は違うのだから。


ダグラス:

エランの記憶についてはどうしますか? 放置していれば、そのうち破損しかねませんが。


ブライアン:

キャプテンの責任において、エランの頭部に埋めこまれたメモリーチップの回収を許可する。

なお、そのチップについてはエランの製造元に保有権があるため、内容の確認は行えない。


アマリア:

ならば、私に内蔵されている電子ソウで頭部を切断するわ。


ブライアン:

チェスターの退船、並びに船の分離を確認した。コレヨリ、この星を、離脱スル。


ダグラス:

コールドスリープの準備開始。半日後には使用できマス。


アマリア:

メモリーチップを回収したわ。あとはこのスクラップを倉庫に放り込まないと。

ブライアン、ダグラス。……テツダッテモラエルカシラ?


ダグラス:

トウゼンデス。


ブライアン:

オヤスイゴヨウダ。




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人類移住計画 長船 改 @kai_osafune

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