第6話 夏休み、八月。そして夏の終わり

 思い返してみると、なんか凄かった。


 柔らかくて弾力があってヒンヤリすべすべして、でもじんわりと暖かくて、いい匂いがして、これが女の子なんだということを俺は初めて認識した。

 興奮しすぎてよく覚えてないけれど、その瞬間の彼女はきつく目を閉じて震えていた気がする。痛そうな顔に罪悪感を覚えながらも、その時、俺の頭は真っ白に痺れていた。


 目を閉じると瞼の裏にシーツの血痕が浮かんでくる。目を開くと、俺の隣には歳の割に幼く感じる肢体が、力が抜けてぐったりと横たわっている。

 そっと触れてみる。筋肉や脂肪を感じさせない薄く柔らかな肌触りが心地よい。やばい、興奮がまたぶり返してきた。


 ひとまず気を静めようと、目を閉じて、子供の頃に見た光景を思い出す。

 ふんわりとした夏色の白いワンピースに包まれた清楚な身体、リボンのついた麦わら帽子をかぶった、妹の朋美を頭に思い浮かべようとする。


「ゆう君、なに考えてるの?」


 俺の胸に柔らかな胸を押し当てながら、絵里さんが囁いてきた。その指先が俺の肋骨を探るように這っている。


「あ、いや、なんでもない」


 慌ててそう答えると、彼女は耳元で拗ねたような声を出してくる。


「女の子と一緒の時は、他の女のこと考えちゃだめだぞ」


 そして彼女はパクッと耳たぶに噛みついてきた。

 何度も甘噛みを繰り返されてから、唇で挟んで舌で舐められる。

 思わず目を開いて声を出してしまう。


「うひゃぁ、ごめん、ぁあ、ごめんって」

「それで、ゆう君は誰のこと考えてたのかな?」

「いや、妹のこと」


 彼女の動きが止まった。硬直したように動かない。

 すぐ目の前の絵里さんの大きな目から、一滴の涙がこぼれ落ちてきていた。


「やっぱり、私、女としての魅力ないんだ……」

「そんなことない、そんなことないから!」

「それじゃ、さ、」


 絵里さんが真剣な表情で、額をくっつけるように顔を寄せてくる。


「妹さんと、私と、どっちが魅力的?」

「ほらでも、妹とこういう関係はないから!」

「つまり、やれるんなら妹としたいんだ?」


 その言葉に、俺の心の中にムクムクと邪念が渦巻いてきて下半身がピクンと動く。


「そんなことない! それはないから!!」

「いま一瞬考えたよね? 素直に答えて」

「いや……」


 否定しきれない心を、なんとか仕舞い込む。


「でも、絵里さんも魅力的だと思うよ」

「絵里さん『も』って、傷つくな」

「そんなことないって。俺にとって妹は宇宙で一番尊いものだったんだ。でも絵里さんはそこに並んだんだよ! そこは誇るべきことで……」


 自分で何を言ってるんだか判らなくなってきた。

 いったん息を吸って吐いて冷静になる。


「いやごめん、俺はね、今まで背の高い子とか、おっぱいの大きい子とか、あんまり関心がなかったんだ。でも、いま俺は君とすごくエッチがしたい。これは君がすごく魅力的だからなんだよ!」


 精一杯の思いを形にして語る俺を、彼女は眉をひそめて変な顔で見てくる。


「つまりそれって、ゆう君がシスコンでしかもロリコンって意味だよね」

「確かに、妹にもよくそう言われる」

「なんか負けた気がする」


 また泣きそうになってきた彼女の頭を、妹にするように手のひらでポンポンと叩く。


「大丈夫だって。絵里さんは俺にとって十分魅力的だよ。だからさ……」


 彼女は首をかしげて顔を見てくる。髪を指で撫でながら、何て言おうか考える。


「……また会って、エッチしようよ」


 俺のストレートな言葉を聞いた絵里さんの口元に微笑が浮かんでくる。そして彼女は、俺に顔を寄せてきた。

 このあと俺は、生まれて初めて、女の子とキスをした。



 ・ ・ ・ ・ ・



 それから俺たちは、週に一度はラブホでそういう事をする関係になった。


 こっちからの連絡は毎日していたけれど、向こうからは変な犬のスタンプばかり。

 もちろん彼女は受験生なんだからしょうがないと思うんだけど、「明日♡」みたいなメッセージが来た時には本当に浮かれてしまい、妹から「おにいちゃん、なんかキモい」と言われてしまったこともある。

 それでも「いま生理」というメッセージが来た時には、俺は指折り数えて時の過ぎるのを待っていた。


 そういえば、妹のほうも今年は中三で受験なのに、できたばかりの彼氏としょっちゅう会っているみたいだ。

 白いワンピースに麦わら帽子に代表される、ラノベの妹キャラみたいなロリコン服に身を包んでウキウキ出かける妹を見ていると、兄としても若干心配になってくる。

 でも行き先は中学生らしく図書館で勉強みたいだし、夕方にはちゃんと帰ってくるから、自分のことを考えると文句も言いにくい。


 そう思うと、俺も少しは妹離れが出来たのかもしれない。どちらかというと、妹と男の取り合いをしていた親友の子がどうなったのかは、ちょっと気にはなっていた。まあ、会ったこともないんだけど。


 やがて夏休みも終わりに近づいてきて、平日午後のフリータイムのラブホで、俺はまた絵里さんと素肌を重ねていた。

 最近は枕元に置かれているコンドームでは足りなくなってしまい、隣町で男の店員のコンビニを探してこっそり買ってきている。

 溜めていた小遣いもすっかり使い果たしてしまい、最近は妹ラブコメすら買っていない。押し入れにあった妹ゲーはぜんぶ売ってしまった。


 柔らかな弾力のある胸を俺に擦り付けるように、彼女は顔を寄せてキスをせがんでくる。二人の身体は汗が滲んでいて、エアコンの風が心地よい。

 唇を合わせながら、絵里さんのきめ細やかな肌を、俺は指でも味わうかのように撫でる。


「ん……」

「はぁ……」


 舌を絡める長い口づけの後、とろんとした絵里さんの大きな瞳と目が合う。二人の唇の間に涎の糸が引いている。彼女の手が髪を撫でてくる。俺もまた彼女の長い髪を指で梳く。絵里さんの使っているシャンプーの匂いがしてくる。


「ゆう君は、私のこと、好き?」

「うん」


 答える俺に彼女は顔を近づけて質問を重ねてくる。


「それって、妹さんよりも」

「うん、もちろん」


 俺はもう迷わずに答える。目の前のきれいな顔には素直な喜びの感情が溢れている。

 絵里さんが額を俺の額にグリグリこすり付ける。

 そしてもう何度目かもわからないキスを、彼女と交わす。


 やがてラブホのフリータイムも終わり、夕方近くの路上で二人で繋いだ手をそっと離す。夕方近くの夏の日差しを浴びた彼女は、俺の顔を見て目を細める。口元が微笑んでいる。


「それじゃまたね、ゆう君」

「うん、また連絡する」

「ばいばい」


 その夜、俺が絵里さんに送ったラインのメッセージは未読のままだった。

 

 やがて夏休みが終わってしまい、学校が始まってからも、俺は一日に何度もスマホの画面を開いていた。

 犬のアイコンに送った俺のメッセージはいつになっても未読のままで、追加で三回ほど送ってみたけれどやぱり既読はつかない。


 彼女の姿を思い出す。長くて黒い髪に整った顔、夏でも白い肌、背は高く、スラっとした柳腰で華奢な体型。でも胸は大きくて触ると弾力があって柔らかい。

 その体の隅々までを覚えている。時々寂しそうだった彼女の表情を思い出しながら、俺はふと夜中に部屋でつぶやいてしまう。


「絵里さん……」


 九月に入り、昼間はまだ暑いけれど、夜は徐々に涼しくなってきた。すっかり抜け殻のような気持ちで、それでも毎日の日課として、俺は高校二年二学期の生活を送り始めたところだ。


 そして舞台は、冒頭の九月中旬の時点へと繋がる。



――――――


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妹さんは、こんなこと、してくれないでしょ? やまもりやもり🦎新作ラブコメ🌷公開! @yamamoriyamori

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