鳩に恋だなんてどうにかしている

もみあげ大将

鳩に恋だなんてどうにかしている

師匠のシルクハットは特注だ。

鳩も旗も薔薇も、まるで魔法のように出てくる。もちろん種も仕掛けもある。

なんでも戦場で出会った帽子職人に作ってもらったのだとか。師匠の経歴は特殊で、もともと軍人で、伝書鳩で情報をやり取りしていたが、戦争が終わってから平和に目覚めた。なんでも慰問に来たマジシャンに感銘を受けて、連れていた伝書鳩と共にマジシャンになった。のだとか。ここまで話して嘘っぽいが、事実俺は戦時中師匠に保護された。ライフルではなく杖を持ち、軍帽ではなくシルクハットを被り、鳩は上官に向かってはばたくことなく、シルクハットから出てくるようになった。

そんな師匠についてきて早数年。シルクハットの手入れを任されるなら、まぁ、それなりに俺も師匠から信頼されているということだろう。やわらかいブラシで砂ぼこりなどの汚れを丁寧に落とし乾燥させる。てっぺんの汚れを落として、さあ内側は、くるりとひっくり返すと鳩が顔を覗かせた。にょきりと、もぐらたたきのように。


「こんにちは」


喋った。鳩が。

唖然と鳩を見つめる。

クルルポウ

鳩の鳴き声が続いた。

なんだ気のせいか。


「挨拶を返せないとは。愚かですね」

「やっぱり喋るじゃねえか!」

「話す。と確認したならすぐに挨拶をしなさい。無礼な」

「鳩に礼儀なんていらねえだろ!」


鳩をシルクハットに押し込もうとすると、鳩は何度も俺の手をつついてきた。冷えた空気で濡れた手に鳩のくちばしは存外痛い。


「いってえなクソ!」

「口も悪ければ態度も悪い。鳩から見た愚かな人間そのものですね。鳩に泣く機能がなくてよかったですね、今頃涙でこのシルクハットをめちゃくちゃにしていたところです」


鳩粉を撒き散らかしながら鳩胸を突き出してくる。これふんぞり返っているのか?腹が立つ。師匠はこの鳩が喋ることを知っているのか?肝心な時に師匠はいない。控えめに言ってもムカつく。


「主人……貴方にとっての師匠、すなわち私のビジネスパートナーを探していますね?残念。彼女がいない頃を見計らって私は現れました。賢い雌鳩ですね」


鳩胸を揺らしている。なんとかシルクハットの中に押し込めないかもう一度果敢にチャレンジしてみたが、爪と皮膚の間を的確に狙ってつついてくる。拷問が得意な鳩か?


「話を聞きなさい。ほかでもない貴方に相談があるのです。聞かなければ鳩粉を出しますよ」

「うわっ!この粉何なんだよ本当に!」

「貴方の師匠は私に恋をしています」

「そんなわけないだろ」


鳩があまりにもまっすぐな瞳でこちらを見てくる。この鳩は伝書鳩であると同時に索敵もしており、戦場で避難のため隠れていた俺を見つけて師匠に保護されたのだ。コイツのおかげで助かったのは間違いないのだが、その時に見た鳥類特有の無機質な表情と動きと鳩粉が若干心の傷になっている。状況が状況だったのもあるのだが。


そんなことを考えている場合ではない。聞こえた言葉が言葉なだけに現実逃避をしてしまった。鳩が喋るのに現実って何?


「そんなわけあります。私たち、クリスマスで講演をするじゃないですか。クリスマスって恋人と過ごすものではありませんか。そういうことです」

「早合点」

「私と主人は数多の戦場を超え、戦争が終わった今もパートナーとして過ごしています。クリスマスも何度も過ごしました。どうしましょう、人間が鳩に恋をするだなんてどうかしています」

「どうかしているのはお前だよ」


鳩は首をくるくる回しながら羽ばたいている。羽ばたくたびに鳩粉が舞うのはやめて欲しい。


「ただでさえメス同士の恋なのに、更に人間と鳩だなんて。どうかしています。せめて今年のクリスマスまでに彼女に私のことを諦めてもらうしかありません。なにか方法はありませんか?」

「師匠はお前に恋をしていないよ」

「何故断定するのです?もしかして、貴方。私のことが好きなのですか?そういえば貴方も私と幾度もクリスマスを過ごしてきました。さては……」

「違うわ。す……恋人がいる」


俺がそう言うと、鳩は「ポゥ!」とわざとらしいくらい甲高い声で鳴いた。


「クリスマス、ずっと我々といるのに……?」

「俺が一人前になったら会いに行く。そういう約束なんだ」

「ああ。そういえば貴方が私たちについてくる前に女の子と話していましたね」


鳩って三歩歩いたら忘れるんじゃないのかよ。それは鶏か。


「つまり、クリスマスに過ごすかどうかは恋人かどうか関係ないってことだよ」

「貴方は寂しくありませんか?」

「別に。時々会いに行くし。クリスマスは稼ぎ時に腕の見せ所。忙しいだろ」

「私と主人を二人きりにしてくれませんか?」


それは二人というのか? 一人と一羽じゃないか?


「恋人と言ったけれど、少し見栄を張っているでしょう貴方」


やめろともう一度鳩をシルクハットに押し込もうとしたが、ささむけをくちばしで引きはがしてくる。師匠はどういう教育をしたんだ?


「マジシャンになりたい気持ち半分。恋を伝えることができない気持ち半分。ええ、わかりますよ。恋する鳩にはわかります」

「お前が恋してんじゃねえか!」

「ポッポッポ」

「鳩の笑い声ってポッポッポッなんだ。そんなわけねえだろ」

「お前も見栄を張ってるじゃねえか」

「ポッポッポッ」


シルクハットで笑う鳩をもう一度押し込む。


好きな女がいる。

俺と違って明るくて、皆に慕われて、俺にも優しい女で、笑顔の可愛い女がいる。

彼女を笑顔にしたい。銃を向けるよりも花や手品を見せて笑顔にしたい。俺自身の手で、できることなら彼女だけではなく、多くの人を。争いの音が聞こえて身をひそめる夜よりも、窓から鳩が見下ろして、その後に助けに来た人が手品で笑わせる。そんな安心を人に与える人間になりたかった。

出来る限り、早くなりたいのだ。


「鳩の恋の手助けをしませんか?今年のクリスマスを勝負の年にしましょう。いつまでも、まっていると思うな家族と可愛い女の子」

「うるせえな…」

「見栄っ張り同士仲良くしましょう。きっと主人も了承しますよ」


ねえ、私も恋をしたいんですよ。鳩を押し込んだシルクハットの奥底から声が聞こえてきた。


「いいのか?師匠じゃなくて、お前が恋してると認めて」

「鳩は優秀なので認知を改めることができます。お前と違う」

「急に生意気な口調になるじゃねえか」

「鳩のエールです」


シルクハットから花吹雪やら万国旗やらが飛んでくる。どうなっているんだ。鳩が喋るのだから今更か。


「恋は戦争。恋は魔法。クリスマスには魔法がかかる。今年は家に戻りなさい。鳩をダシに……」

「いやなことを言う鳩だな」

「鳩はいつだって貴方を見つけますよ」


あの日のような、無機質な表情で鳩は首を揺らす。平和の象徴って本当かよ。


「あの子と会わなくなって何年ですか?鳩は知っている。三年。鳩が寿命を迎えます」

「そうなのか?」

「嘘ですけど」


力いっぱい鳩を押し込むと、底から鳩がすり抜けてきた。何でもありかよ。バサバサと羽ばたいて、まるで魔法みたいだった。


「マジシャンの卵。恋の魔法くらい使いこなしてごらんなさい」











「で、無事クリスマスに私は助手がいなくなったわけだ。大忙しだね」

「鳩で我慢しなさい」

「まったく。私に恋なんてしてないだろう。キミ」


一人で仕事道具の手入れをしながら、思った以上に機嫌よく主人は作業をしていた。


「いえ。鳩は恋をしています。けれどその恋は愛になったのです」

「健気だねえ」


ええ。その通り。

あの日怯えた彼を見つけて、それでも立ち上がり、人々の笑顔を目指した彼の後ろ姿に私は恋をした。

けれど、鳩は人に恋をするけれど、人は鳩に恋なんてしない。彼がそうハッキリ言うものだから、いやになるくらい確信を持てた。

だからこの恋を魔法で愛に変えて、彼の幸せにしてしまおう。


彼の恋が成就したら、自らの失恋を喜びに変える魔法にしよう。

クリスマスは魔法の日。鳩はマジックの象徴。それくらいお手の物だ。


「鳩が泣けないのはこのためなのですね」

「きみがそう思うならそうなんだろうね。クリスマスは私で妥協したまえよ」


クリスマス、彼の恋は結ばれるだろうか。

鳩は平和の象徴。貴方の恋を彩ろう。

鳩が恋をしているなんて、どうかしているのだから。


「ところで、私はなぜ喋れるようになったのでしょう」

「彼と話をしたいかと思って。それに、恋って魔法なんだぜ」


けれど、残酷だったかな。と主人は笑う。


「いいえ。マジシャン。恋を魔法にしてくれてありがとう」

「いいのさ。メリークリスマス。そしてきっと、クリスマスには魔法が解ける」

「だとしたら、鳩の冥利に尽きます」

「ああ。恋って、魔法だからね」

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