正しい使用方法
@rabao
第1話 正しい使用方法
皆様は、魔法のステッキを正しく使用していますか?
いつものようにここから始まる。
毎日使う魔法で、ステッキの使用は面倒くさかった。
「忘れちゃった」
「ちょっとだから、なくても大丈夫だと思った」
「いつもはちゃんと使っているんだけど」
使用していない現場を押さえられた術者からは、色々な言い訳が次々と口からとび出してくる。
だが、心の中では、使用しなくてはいけないことは知っている。
ただ、そのひと手間がどうにも面倒くさいのだ。
面倒な上に威力も格段に落ちてしまうことも、使用の割合が上がらない原因の一つであった。
「ステッキは皆様を守るためにあるのです。」
「あっ! と思った時にはもう遅いのです。」
「魔法協会もステッキの使用を義務としております。」
「決まっていることでもありますので、必ずステッキの使用をお願いいたします。」
小さいときからなにかにつけて、必ず言われてきた言葉だ。
何回も、何十回も!
耳にタコができるほど聞いてきた。
しかし、一体誰が本当にそれを使っているのだろうか?
研修をしている先生本人が、それを使わずにページを開いていた。
日常的に使わざるを得ない魔法に制約をかける道具の使用は、安全のためだと分かっているが、何度も言うが面倒くさいのだ。
ステッキを使いなさい。
ステッキを使いなさい。
教えている先生も教室を離れれば、それを腰にぶらさげているだけだった。
水の魔法は3歳までに誰でも使えるようになる。
僕は3歳になって傷を治す魔法も覚えた。
年齢が上がれば誰でも使える魔法だが、僕は有頂天になっていた。
何かあれば飛んでいって、魔法を使ってみんなに褒めてもらいたかった。
僕が去った後でより強い魔法で傷を癒やしていたのだろうが、みんなはありがとうと言って僕の頭を撫でてくれた。
毎日が楽しかった。
6歳になって火の魔法を覚えた。
危ないので注意して使った。
8歳になって稲妻を呼ぶ魔法を教えてもらった。
使えるのは極限られた術者のみだった。
かつてマンパン砦の怪物もこの魔法で黒焦げになって死んだのだ。
10歳になって真空の呪文を覚えた。
大木でも岩でも形のあるものを真空の刃で切り裂くカマイタチを起こす。
12歳でついに地面を割ることができる数少ない魔法使いの一人に数えられた。
まだ少年の面影を残しているが、特殊な魔法使いとして国中の尊敬を集めた。
最年少での快挙だった。
皆が僕に教えを求めた。
自分より年上の父のような存在から先生と呼ばれると、平静を装ってはいたが内心ではニヤニヤするほど嬉しかった。
「ステッキを使いましょう。」
僕はこれを言う側になったが、こんなものを使用する者がいるのかと不思議に思っていた。
ステッキに集約エネルギーを転送するための時間的ロスと、転送時に大気中に散らばる膨大な喪失エネルギーが、パフォーマンスを悪くし魔法を魅力のないものにしてしまう。
ステッキの代わりに爪をつかえば良いのだ。
杓子定規にステッキを使う人達は、魔法を扱う感性がなく成長は難しいとさえ思っていた。
僕は彼らには教えても無駄だと、ある種の軽蔑をしながら教えを与えてきた。
18歳になり世界が僕を認めた。
僕こそが魔法界の中心であり法であった。
国王も民も、すべての人間が僕の名声をたたえた。
ある日、山の奥から地響きを立ててドラゴンが勢いよく降りてきた。
ドラゴンは明らかに高ぶっていた。
ドラゴンの鼻先から必死で逃げようとしているのは、羽のついた翼竜を操る人間達だった。
彼らを追いかけて、ドラゴンが山を降りてきたのだった。
空を飛んでいるのだが、ドラゴンの歩速のほうが若干早いように見えた。
追われる人間がこの城に助けを求めて、この城に逃げ込んでくるに違いなかった。
城内は一気に騒然とした。
あのドラゴンにかかれば、厚い岩造り城壁も紙より薄い守りに過ぎなかった。
城を守るためには高ぶるドラゴンを、殺すか追い返すしかなかった。
城壁の上に空を飛ぶ武器の数々と、その武器の威力を遥かに凌ぐ力を持った、最強の魔法使い達が集められた。
ドラゴンは、みるみるうちに山を思わせるほどに大きくなって見えた。
射程の長い鋼鉄の弾丸が、轟音とともに一斉に打ち出された。
直撃にて命中するが、歩みを遅くする程度の効果も持たなかった。
僕と他の魔法使いがステッキを構える。
全員の魔力を集めて天空に雷鳴を轟かせる。
振り上げたステッキに向かってエネルギーが流れ込み、振り下ろした先端から激烈な稲妻がドラゴンに向かって水平に、光の矢となって襲いかかった。
ドラゴンは眩しい光に驚いたように目をつむる。
激しい音を立てながら落雷がドラゴンを揺さぶった。
ドラゴンは激しい咆哮を放ち、落雷を生み出した城壁を見つめた。
ドラゴンの足は止まったが、山のような皮膚を貫くには、威力がまるで足りなかった。
ドラゴンに見つめられた魔法使い達は、恐怖から我先に城壁の階段を駆け下りていった。
何人かが階段で倒れ、下のものを巻き込みながら高い城壁から落ちていった。
国王が僕を求めていた。
将軍が僕を拝んでいた。
僕はパフォーマンス用の杖を捨てて両手を空に向ける。
大空の更に上で、回転している星ぼしの流れを感じていく。
熱い星、重い星、すべてを飲み込んでいくガス体、煌めく星ぼしの更に奥。
すべてがこの一点から螺旋を描いて生みだされている。
世界を生みだす混沌の渦の中心を、僕は両手に乗せてドラゴンに照準を合わせた。
空間も時空をも歪めるような創生のエネルギーが集中した時に、僕の両腕は肩も含めてえぐり取られていた。
頭と背骨のラインだけが、放った光の中で黒く影を落とす。
主軸を失った輝く螺旋の奔流は、照準を失いドラゴンの上方を大空に向かって回りながら宇宙の大気に消えていった。
ドラゴンは、驚きで怒りを忘れたかのように先ほどと同じように城壁を見つめていたが、前方を飛んでいる者たちを目にすると、怒りを思い出したように城壁に迫った。
「あの翼竜を狩れ!!」
将軍の号令と同時に、鋼鉄の弾丸が翼竜の羽に穴を開けた。
翼竜は地面に落ち、乗っていた人間は走り出すが、ドラゴンのひとなででアリの様にあっさりと潰された。
ドラゴンは何かを3本の指に掴むと城などに興味も示さずに山の方へ歩き出した。
危機は去り、城から歓声が上がった。
僕はこの世にはもういないが、後世にまで名を残した。
頭から腰にかけて背骨でつながっているだけの炭化した最後の姿が、安全軽視による被害サンプルとして、教科書の見開きで見ることができる。
「え~、ステッキを使えば、あれが燃えるだけですので安全なのです。」
「ヒヤリとした時には、もう遅いのです。」
あぁ~・・・、もううんざりだ。
男の子がつまらなそうに瞳を横に動かすと、手元の本がぱらりとめくれた。
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