転生するまでに

新座遊

転生するまでのあれこれ

俺は、どうやら死んだらしい。

俺の目の前に神さまがいる。想像可能な範囲でもっとも神っぽい姿。逆にインチキ臭い。


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異世界で目を覚ますと、俺はトラックだった。いや。トラックのフロントに引っ付いた何かだった。

まるでTシャツにプリントされた平面カエルのように、トラックにプリントされたようだ。


周りを見回すと中世ヨーロッパ風の村落。道は狭いし舗装もされていない。

トラックとしては不都合な道路事情である。

先方から馬車がやってくるが、すれ違えるほどの道幅はなく、とりあえず道を外れて麦畑っぽい土地に退避する。麦の叫び声が聞こえるようだが、仕方がなかろう。

麦をタイヤで踏んだら、なぜか油化してトラックのガソリンタンクにほよよんと流れ込んできた。物理現象としてはあまりにも不適当だろううが、これで行動しやすくなるのは助かる。不思議現象については何も考えないでいよう。


先方の馬車は、何かに追われているように慌てた風体で、トラックの横を過ぎていく。トラックの存在に気付かないのか、気づいてもそれ以上に気になる何かに追われているのか。

後者だった。見るからに盗賊っぽい十数名の武装集団が、各々馬に乗って追いかけてくる。分かりやすく、またわざとらしい悪役と見て取った。

トラックで道を塞いでみた。

盗賊どもは、訝し気に手前で止まり、乗馬したまま、刀だか斧だか槍だか知らんが様々な武器でトラックに切り付けてくる。


プワーン。

クラクションを鳴らしてみる。馬が音に驚き、盗賊どもを振り落とす。

馬に指示して、トラックの荷台に乗り込ませる。トラックは盗賊どもをそこに置いたまま、馬を奪って、先ほど通り過ぎた馬車の後を追った。


これが異世界での最初の仕事であった。


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という映像が鏡の中に映し出されていた。そして鏡は一度暗転した。


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我に返って思った。


なぜこうなった?


思い出すまでもなく、交差点で歩行者青信号を確認してから歩き出した。そこへ暴走トラックが襲ってきた。そこで意識が途絶え、今に至る。


気付くと、冒頭に書いた通り、神っぽいヤツの前にいた。


あ?違う。鏡だ。とすると神の姿は自分なのか。鏡の中から声が聞こえた。


「死は己の人生の鏡である。したがって姿見の鏡を疑似しているのである」

「神さまっぽい姿が見えますが、そうすると神のような人生であった、ということでしょうか」

「あ、いけね。すまんすまん、それは私の姿だ」


鏡の中の神っぽいやつが消えて、生前の俺の姿が映し出される。トラックに跳ねられたままの姿で。結構、損壊しているな。


「その姿が貴様の人生である」

「なんというか、痛々しい人生ですね。で、声だけのあなたは何者ですか」

「何者ということもないが、いわば、神とでも言っておこうか」


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しばらくはありがちな会話が続く。要約すると、

・俺は死んだ

・死に方が(むにゃむにゃ)なので、異世界に転生する権利を与えられた

・先ほどのトラックは、選択肢のひとつの将来像である

・彼は神というより、上位次元で元の世界をシミュレートしている研究者のようなものであり、ここは上位次元の研究室とのこと


とすると、俺は死んだわけではなく、上位次元に転移しただけであり、例え3次元の肉体が棄損したとしても、意識は自己同一性を保っており、どういう理屈か知らないが、神と自称する研究者は、低次元の世界をシミュレータとして扱えるという点では、神のごとき存在ではある、ということである。


それは何を意味するのだろうか。次元の上下を転移できたということはどうやら事実のようだ。では、なぜわざわざ、また低次元の異世界に転生する必要があろうか。


「転生はしません。俺はここで生きていきます」

「ありゃあ、その発想はなかった。確かにそのほうが面白いかもしれんなあ」

と研究者は独り言をぶつぶつと、しかし聞こえるように言う。


エントロピーの操作でできなくはないがそのままでは存在固定が難しそうだなとすると次元を一つ犠牲にして転生させたあとこの世界での存在確率を極大化させるか、云々


「よろしい。この世界に留まれるように工夫しよう。しかし、エネルギー等価原則によって副作用は起こりうる。まさに先ほどお見せした未来像が影のごとく意識に付着するであろう」

「理解できないので、もっと簡単に言ってください」

「要するに、異世界で2次元の存在になることと引き換えに、意識だけは、同時にこの世界にも留まるように出来るということだ。神の意識と、2次元の身体で、とりあえずは許してほしい」


かくして、俺は、トラックにプリントされた萌え絵になって異世界に転生したのである。


続くかどうかはわからない。












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