パンツは被るもの

うたた寝

第1話


 ……とまで言ってしまうと流石に言い過ぎではあるが、私は定期的に被ることがある。

 きっかけは今でも忘れない、小学生の水泳の授業の時だ。

 スイミングキャップを被るのが決まりではあったのだが、当時それを忘れてしまい、担当の先生も今のご時世であれば体罰と言われかねないくらい怖い先生であったため、何とかして怒られない方法はないか、と必死に真剣に考えた結果、パンツを代わりに被って誤魔化せないか、と真面目に考えたのである。

 今思えば中々クレイジーな発想であったとは思うが、まぁクレイジーとクレバーは紙一重というところだろう。

 水着に着替えようとしていたところだったため、体は全裸の状態。その状態でさっきまで自分が履いていたパンツを頭に被った状態を姿見鏡で見た時、自分でやっておいて何だが、何のウケ狙いでもなく、大真面目にこのどこか間抜けで滑稽な格好を自分で進んでやったということが我ながらおかしくなって、つい笑ってしまった。

 端から見れば、全裸でパンツを頭に被って笑っているわけだから相当怖かったことだろう。何ならこの状況を先生に見られたら深刻ないじめが起きていると誤解される可能性さえある。まぁ、私も自分で被った、とは言いづらいので、ひょっとしたらその誤解に乗っかってクラスメイトに大迷惑をかけた可能性さえあるが。

 キャラ的に何となく許されそうな気がしないでもなかったが、当時、パンツを頭に被っている姿を見られる、ということよりは、頭に被っているパンツをみんなに見られる、の方に何故か羞恥心を覚えた私は、せっかく名案とばかりに閃いたアイデアではあったのだが、おずおずとパンツを頭から外すことにした。その、頭からパンツを外す、という姿もどこかおかしく、私はまた笑ってしまった。

 結果、スイミングキャップを忘れた私は、そこまで怒らなくてもよくない? と思うほど先生にこっぴどく怒られた後、せっかく水着に着替えたにも関わらず、プールの脇に正座させられ、水に入ること叶わず授業を終えた。

 水に入れず正座して目の前で水に入って遊んでいる同級生が居ても、その時私はうらやましいとは思わず、思い出すのはさっき自分が更衣室でした、パンツを頭に被った自分の姿だった。思い出し笑いしそうになるのを堪えつつ、でもずっと思い出していた。

 先生に怒鳴られた瞬間は怖くて泣きもしたが、あのアホな自分の姿を思い出すとどこか面白くなり、怒られたことなんてどうでもよくなるようだった。何なら、あんなアホな格好をしていたんだから怒られても仕方ないな、なんてどこか達観した思考さえ芽生えるようであった。

 その日、家に帰ってからも、私は自分がしたあの間抜けな格好がどうも忘れられず、お風呂に入る前、そして出た後も。こっそり脱衣室で自分が脱いだパンツを頭に被り、その姿を鏡で見てみる。カッコつけてポーズなんかも決めてみるが、全裸でパンツを頭にだけ被ったアホな格好で何をしているんだ、とついつい自分の姿に笑ってしまう。

 癖になった、と言うと、何かちょっと聞こえが悪くて嫌な気もするが、これが恐らくきっかけではあった。

 先生や親に怒られて泣いた時も。一人になった時、そっとパンツを頭に被るとつい笑えた。何で泣いてたんだっけ? とケロッと直ったものだった。

 初めての告白で振られた時も、受験で第一志望に落ちた時も。パンツを被るとまぁいいか、と切り替えられた。私を選ばないなんて、見る目無いな、いやある意味あるな、なんて開き直れたものだった。

 交際していた恋人と別れた時も、お祈りメールばかりで就職先が決まらない時も。パンツを被ると、こんな間抜けな格好で何かを真剣に悩んでいるなんてアホらしい、とすぐに忘れられた。

 一人暮らしを始めて寂しかった時も、慣れない仕事で疲れている時も。パンツを被ると不思議と忘れられた。こんな間抜けな格好をする余裕があるんだから、私はまだまだ大丈夫だな、と不思議と元気づけられた。

 社会人になって数年経ち、仕事には慣れてきた。一方で立場が上がり、色々責任も増えてきた。仕事で疲れてへとへとになって家に帰ってきて、冷蔵庫に直行してビールを取り出して飲む、ような仕草で、パンツを取り出して頭に被る。

 全裸で頭にパンツも中々滑稽であるが、スーツ姿というフォーマルな格好をしている状態で頭にパンツを被るのも中々味があり滑稽である。まぁ、頭に被ること自体がそもそも滑稽ではあるのかもしれないが、酒でストレス発散するよりは健康的だろう、と思っている。

 頭に被っているのは子供の頃に最初に被ったパンツ。あれ以来、このパンツは出世と言うべきか、役割を失った、と言うべきか、正規の使い方はされず、頭に被る用のパンツとなってしまった。

 嫌なことがある度に頭に被ってきたパンツ。私が悩んだり辛いことがあったりした時にはずっと傍に居てもらったもはや相棒と言ってもいいパンツ。ある種もう履いているパンツよりも安心感がある。

 ひょっとしたらどこか思い込みのようなものはあるのかもしれない。当時、これを被って笑えたから、被っていれば大丈夫、と思い込んでいるだけなのかもしれない。あるいはこのパンツが頭からモヤモヤを吸ってくれているのかもしれない。

 まぁ効能の真意はともかく、被ることで色々乗り越えてきたことは間違いない。深刻な悩み事をしている時にふざけた格好をしていると、悩んでいるのがバカらしくなってくるのは確かだった。アホらしくなって、そして自分の間抜けな格好で笑えてしまう。

 パンツを頭に被る、という、ちょっとまだ世間の価値観的にあまり口外できるような趣味ではないが、その趣味のおかげで私は今日も、そしてきっと明日も。楽しく生きている。

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パンツは被るもの うたた寝 @utatanenap

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