最終話

「あーあ。モモイロハートちゃんが取れてたら明日職場で自慢できたのになー」


 中身のなくなった缶を捨てながら、女性がそんな独り言を口にした。


「職場にも好きな人がいるんですか?」


「んーん。好きなのは私だけ。実は、今日ここに来る時『絶対フィギュア取ってきます!』って皆の前で宣言しちゃったんだよねー。ぐあー」


 わざとらしく頭を抱え、手を上下に動かす女性。綺麗な茶髪が乱れるが、気にする様子は微塵もない。


「…………」


 びっくりした。


 本当に、びっくりした。


 女性が、あまりにも自分と違いすぎていたから。


「あれ? 私、何か変なこと言った?」


「……あの。職場でそんなふうに宣言するの、怖くないんですか?」


「怖い? え? なんで?」


 不思議そうに女性は首をかしげる。大きな瞳が、まっすぐに私を見つめている。嘘を言っているようには思えなかった。


「だって、皆から馬鹿にされるかもしれないじゃないですか。『アニオタだ』とか」


 声が震える。いや、声だけじゃなくて体も。中学生の頃の、嫌な記憶が蘇る。


『何そのキーホルダー。きも!』


『あんた、アニオタだったの? ひえー!』


『うわー! ちょっと離れてもらっていい? オタク臭がきついから』


 ある日クラスメイトから吐かれた暴言。完全な面白半分。誰も助けようとはしてくれない。一週間したら暴言も収まったが、私はクラスの中で「そういう子」として認定されてしまった。


 それからの私は、とにかく地味であり続けた。おしゃれらしいおしゃれをすることもなく、持ち物も普通。人との関わりは最小限。その甲斐あって、高校に進学した今では何の傷も負っていない。


 だけど。


 モヤモヤするんだ。どうしようもなく。


「あー、昔いたなー。私のこと馬鹿にしてくる奴。『オタクで何が悪いんじゃい!』って言い返してやったわ」


 ケラケラと面白そうに笑う女性。その姿はただただ眩しかった。


「強いんですね」


「うーん。ちょっと違うかも」


「え?」


「強いんじゃなくて、強くあろうとしてるんだよ。他人の目ばっかり気にしてたって人生面白くないし。私は私なんだから」


 私は私。


 彼女の言葉が心臓に突き刺さる。


 痛くて痛くて仕方がない。


「意外といいもんだよ。私が私のために強くあろうとするってさ。『自分、超カッコいいじゃん』って思えるというか。あ、これじゃナルシルトみたいだ」


 女性の目が、私の心が、こう尋ねているような気がした。『ねえ、あなたはあなたなの?』と。


 首を縦に振る自信はまるでなくて。


 思わず両手を握り締めてしまった。


「ま、いっか。私はナルシストってことで。こういう私も私だ」


 私も、彼女のようになりたい。


 私のために、強くありたい。


「そういえば、モモイロハートちゃんも言ってたっけ。『皆を守るために私は強くならなくちゃいけないんだ』って」


「アニメ第5話のセリフですね」


「わお! 即答!」


 女性の反応がおもしろくて、自然と口角が上がる。そんな私につられたのか、女性も優しく微笑み返す。トクンと、心臓の跳ねる音が聞こえた。


「あ。そういえば、名前聞いてなかったね。せっかく同志に会えたんだし、これからも仲良くしたいな」


「……名前の悪用はなしですよ」


「え!? 何!? 私ってそんなに悪い人に見えるの!?」


「ふふ、冗談です。たちばな春野はるのって言います。あなたは?」


「お、おおう。見た目に反してからかい好きだったか。私、天野あまの朋葉ともは。よろしくね、春野ちゃん」


 手を差し出す朋葉さん。私はその手をゆっくりと握る。先ほどまでジュースを飲んでいた彼女の手はちょっぴり湿っていて。けれど、とても温かかった。




♦♦♦




 翌日の学校終わり。私はまた隣町のゲームセンターを訪れていた。ポケットに入れた財布の中には三千円。昨日、親に頼んでお小遣いの前借をお願いしたのだ。これでいざリベンジ。


 待っててね。私のモモイロハートちゃん。……いや、さすがにこれは私らしくなさすぎるな。


 苦笑いを浮かべながら学生カバンを肩にかけ直す。自動扉をくぐり、賑やかな音に包まれる。どこかの学生グループ、カップル、男性店員。いろいろな人とすれ違いながら歩みを進める。


「あああああ! もうちょっとだったのにいいいいい!」


 不意に聞こえた叫び声。店員さんに注意されないのかこっちが不安になるほど。私は歩く速度を上げてクレーンゲームコーナーの最奥へ。


 そこにいたのは一人の女性。 綺麗な茶髪に整った顔立ち。スレンダーな体つきだが、出るところはちゃんと出ている。その身にまとうのは紺色のビジネススーツ。


 美人OL? いや、違う。


「朋葉さん」


「ん? ああ、春野ちゃん。来ると思ってたよ」


 向けられる満面の笑み。大きく跳ねる私の心臓。


「また駄目だったんですか?」


「そうなんだよー。いい感じに引っ掛かってくれたと思ったのになー。って、何それ!? 超可愛いじゃん!」


 私の学生カバンを指差す朋葉さん。大好きなモモイロハートのキーホルダーが、彼女へ挨拶するかのように小さく揺れていた。

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私と女性とモモイロハート takemot @takemot123

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