第2話

「じー」


「あ、あの。どうしてずっと見てるんですか?」


 私のすぐ後ろ。女性が、羨ましげにこちらを見ている。加えて、「じー」なんて擬音を口から発しながら。これではゲームに集中できるわけがない。


「ああ。気にしないで。私のモモイロハートちゃんがどうなるのかなーって思ってるだけだから」


「き、気にしないでと言われましても」


 しかも「私の」って……。


「いいからいいから。さ、いってみよー!」


 拳を天井に向かって突き上げる女性。どうやらずっと後ろで観察する気のようだ。なんて余計なプレッシャー。ただでさえクレーンゲームをするのは久々なのに。


 このまま彼女に付き合っていては身が持ちそうにない。私は顔を筐体に戻し、小さく息を吐いた。そして、古びた百均の財布から百円玉を取り出し、投入口へ。


 ピロリロリン!


 鳴り響くスタート音。横矢印が描かれたボタンに手をかけ、押したり離したりを繰り返す。私の動きに合わせ、アームが少しずつ移動していく。


「もうちょい! も、もうもうちょい! あ! そこらへんじゃない?」


 背後から聞こえる女性の声。


 ああ、もう。うるさいなあ。


 女性への文句を心の中に留め、上矢印が描かれたボタンに手をかける。アームの位置を斜め横から観察しながら、慎重に位置を調整。


 ここだ!


 ボタンから手を離すと同時、アームが降下する。それは的確にモモイロハートのフィギュアが入った箱を捉えた。


「き、来たんじゃない!? って、あああ!」


 これがクレーンゲームの洗礼か。アームは箱の表面を撫でただけで、元の位置へと戻っていってしまう。ピロピロという陽気な音が、私のことを馬鹿にしているような気がしてならなかった。


「うーん。惜しかったねー。狙いは悪くないと思うんだけどなあ」


「……まだです。今日のために一か月分のお小遣い全部持ってきました」


「お、いいねー。ファイトだよ、同志ちゃん」


 次のプレイ以降、女性は私のすぐ横に立って応援の言葉を発するのだった。




♦♦♦




「取れなかった……」


 ゲームセンターの休憩スペース。青いベンチに座り、うなだれる私。結局三千円を投資したが、モモイロハートが私の手に渡ることはなかった。


 というか、クレーンゲームのアームって、お金をかければかけるほど強さが増すんじゃなかったっけ? 取れる気配ゼロだったんだけど。あああ。こんなことなら、普通にホビーショップ巡りをすればよかった。


「いやー。残念だったねー」


 そんな声とともに視界に飛び込んできたのは真っ赤なコーラ缶。顔を上げると、女性が苦笑いを浮かべながら私の前に立っていた。


「えっと」


「私のおごり。頑張った同志ちゃんへの餞別」


「……お金、持ってないんじゃなかったんですか?」


「現金はないけど電子マネーならあるからね。ほら。ここの自販機、電子マネー対応してるし」


「はあ」


「いいから。ほらほら」


 突き出されるコーラ。私は、恐る恐るそれを受け取った。感じる冷気。缶の周りに付いた水滴で手が濡れる。


 女性は、もう一方の手に持っていた缶のプルタブを開け、勢いよくあおる。まるでお風呂あがりにお酒を飲む父のよう。「この一杯のために生きてるんだよなー」というお馴染みのダサいセリフが聞こえてきそう。


「ぷはー! この一杯のために生きてるわー!」


「…………」


 えええ。


 クレーンゲームの筐体に張り付いたり、他人にお金をたかったり、コーラを飲んでおじさん臭いセリフを吐いたり。見た目は美人OLなのに、中身とのギャップがありすぎる。


「げふ。ん? どしたの?」


「いえ、なんでもありません。いただきます」


 顔をそらし、プルタブを開ける。カシュッという子気味の良い音。缶を両手で持ち、ゆっくりコーラを喉奥へ流し込む。


 久しぶりに飲んだコーラは、予想以上に苦みが強かった。

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