一騎当千おかあさん〜元主婦は戦乱世界で天下無双する〜

鋸鎚のこ

第1話 おかあさんの城塞防衛戦

 私は二度目の生への喜びに張り切っていた。四十肩がない。腰痛もない。老眼もない。身体が軽い。腰回りに浮き輪みたいについていた贅肉が、今では引き締まり六つに割れている。


──だけど、それ以外は面倒くさい!


 頭を抱える私──デュフェル・アムスランは、この世界における転生者だった。そして、大公という分不相応がすぎる身分も手に入れていたのである。従兄を国王に持ち、王位に就くこともない、お気楽王子……だと思っていたが、それは大間違い。


 物心ついた頃、転生に気づいたとき、理解した。この世界は物騒だ。騎士がいるということは、戦う相手がいるということだ。それはもちろん人。


──息子よ、夫よ、元気にやっていますか?

 

 おかあさんね、最強騎士に転生しました。


 こちらも異世界で元気にやっています。あっさりと人が死ぬこの世界で、戦記をやっています。


 このエルタール王国では、隣国リトゥイネ王国との戦争が一年間の長期にわたって泥沼化しており、「リトゥイネ戦役」という呼称まで付いていた。


 なんと、「全軍を統率する総司令官をやれ」との無茶振りが従兄上あにうえ──国王陛下から下された。父が先王陛下の弟で、私はその息子。大公位を引き継いだばかりだ。


──シンプルに死にたくない。


 そんな執念が私を奮い立たせた。私は死にものぐるいで戦い抜き、見事に戦争を終結させた。


 こうして私は英雄として華々しく帰還したものの、待ち受けていたのは平穏な生活ではなく、さらなる戦乱の渦。


 そんな私についた呼称が「邪竜」だった。


 おかあさんね、大陸最強騎士なんだわ。そもそも、こちらの世界で男性なんだわ。こういうの、「TS」って言うんだよね。そりゃそうだ。確定で同性に転生できるわけではない。二分の一の確率で、異性に転生することだってあるものね。


 息子よ、モテる容姿に産んであげられなくてごめんなさい。あなたの彼女さんに会うこともなく死んでしまった。


 夫よ、寂しく思わないでね。まあ、二人で息子を育てたんですもの、逞しくやっていけるでしょう。


 おかあさん、頑張るから。この戦争しかない馬鹿馬鹿しい異世界を平定して、今度こそ生き抜いて見せる。目標は穏やかな老衰!


 ******


 エルタール王国とリトゥイネ王国の因縁は一年前に遡った。


 大陸東部に位置するエルタール王国は、他国を侵攻しない穏やかな国柄を持つ中規模の国だ。大陸を横断する交易路、通称「黄金路」を通じて繁栄を続けてきたが、西部国境では常にリトゥイネ王国の脅威に晒されていた。リトゥイネは近隣諸国を侵略し国土を拡大していたのだ。


 一年前、リトゥイネ軍がエルタールに侵攻した。


 これを迎え撃ったのが当時弱冠二十二歳、国王の従弟である大公デュフェル・アムスラン率いる国軍だった。エルタール王国軍は元来より強兵で、よく統率されていた。


 デュフェルはリトゥイネ軍を大河に沿った広大なユクリーシャ平原に誘い出し、河のせきを崩して濁流を発生させた。濁流が音を立ててリトゥイネ軍を呑み込み、河の流れに逆らおうとする兵の叫びが響き渡る。だが、それも次第に、降り注ぐ矢がかき消していった。


 エルタール軍は、半狂乱となったリトゥイネ軍に猛攻をかけた。デュフェルは、大陸最強と名高かったリトゥイネの総大将に一騎討ちを仕掛け、見事に討ち果たしたのだった。


 将を失ったリトゥイネ軍は多くの死傷者を出して潰走したのに対し、エルタール軍は非常に少ない犠牲で勝利を得たのである。


 この功績により、デュフェルはエルタール国内外で新たな大陸最強騎士と称されるようになった。一方で、大敗を喫し屈辱のでいねいに塗れるリトゥイネ人は、彼のことをエルタール王国の紋章にも描かれた象徴である伝承上の生物「竜」になぞらえ、こう憎しみを込めて呼ぶのだった。


──「エルタールの邪竜」と。


 その一年後、敗北の傷を癒し、兵を増強したリトゥイネ軍は、何としてもエルタールに雪辱を果たすべく、満を持して再び侵攻してきたのである。


 ユクリーシャ城塞はエルタール王国西端を守護する最前線のかなめ。そこでは、デュフェルの指揮下で熾烈な防衛戦が繰り広げられていた。

 

 ◇


 リトゥイネの将は、城塞の門が開くのを見て確信した──「奴らは限界だ」と。エルタール軍は出撃した途端、リトゥイネ軍と真正面から戦ったものの、背を向けて撤退したのだ。リトゥイネ軍は狂喜してそれを追いかけた。だが、喜びは瞬く間に絶望へと変わった。城門をくぐったリトゥイネ軍に待ち受けていたのは、巧妙に隠されていた、深いほり


 先頭にいたリトゥイネ兵が次々に濠へと落ちていく。濠に気付いた者が後ろの味方に制止するよう呼びかけても遅かった。れ込むようにして濠に転落したリトゥイネ軍が見たものは、城門の上から斉射される矢。鉄と骨の砕ける音が鳴り始めた。濠に転落しなかった幸運な兵には、さらに城門の上から投石が襲いかかり、不幸な死を遂げることとなった。


 リトゥイネ騎兵の先頭集団は壊滅し、指揮系統が混乱した。城門の奥から轟く地鳴りにリトゥイネの将の背筋へと冷たいものが走る。完全に城塞を包囲することさえできてしまえば、兵糧攻めに持ち込めると冷徹に勝利を確信していた。それが脆くも崩れ去ろうとしている。


 デュフェル率いるエルタール軍騎兵の追撃が始まった。リトゥイネ軍の後方からも狼狽の声が上がる。デュフェルがあらかじめ手配していた別働隊だ。前後から挟み撃ちにされたリトゥイネ軍は崩壊した。この戦で、デュフェルは敵将を三人も討ち取る手柄を立てる。


 リトゥイネ軍はついに撤退を余儀なくされた。こうして、エルタールとリトゥイネ両国の一年の長きに渡る戦に終止符が打たれ、両国は和平条約を締結することとなった。


 エルタールは大勢のリトゥイネ兵を捕虜にしていたため、和平交渉を有利に進めた。むろん、リトゥイネ側が一方的に攻め込んできた戦であるから、エルタールはリトゥイネが多額の賠償金を支払い、王族を一人、人質として差し出すことを要求した。

 

 デュフェルは、この国難を救い、そして彼の、「エルタールの邪竜」の異名は、エルタール国外──大陸中に轟き、恐るべきぎょうしょうとして、民を震撼させたのである。


 そしてついに、リトゥイネ王国から人質となる王女シロンが城塞へと来たのだった。さらに、和平条約で決められていた通り、政略結婚としてシロンはデュフェルの妻となった。

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2024年12月3日 07:05
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一騎当千おかあさん〜元主婦は戦乱世界で天下無双する〜 鋸鎚のこ @Tsuchi-Noco

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