冬夢 ~Fuyuyume~

タカハシU太

冬夢 ~Fuyuyume~

その青い瞳の女の子は、毎日、お花を売っていました。

彼女が暮らしているおうちは、戦争未亡人のおばさんが営むお花屋さんだったからです。

女の子にはお父さんもお母さんもいなかったので、住まわせてもらっている代わりに、いっしょうけんめいにお花を売る仕事をしました。

お花が売れないと、ごはんを食べさせてもらえないのです。


お店での仕事が終わると、売れ残ったお花を持って、売り子に出かけました。

馬車が行き交う石畳の大通り、ランタンの街灯ので、寒さに震えながら。

「お花は? お花はいかがですか?」

けれども、人々は足を止めることもなく通りすぎていきました。

まるで女の子なんて存在しない、道端の石ころを見るかのように。


かじかむ手に白い息を吐きかけながらたたずんでいると、一陣の突風が女の子を襲いました。

かごの中の花々があおられて、路上に投げ出されました。

急いで拾おうとした時、ふっと手が差し出され、手伝ってくれる男性が現れました。

「どうもありがとうございます」

ところが、相手の男性は花を返す代わりに、硬貨を女の子の手の中に収めてきました。

たった四本の花の代金にしては多すぎます。

女の子はおどろいて、相手の顔を見返しました。

しかし、男性はすでに背を向けて歩き始めていました。

黒いコート、黒いハット、黒いステッキをたずさえて。

女の子はお金を返そうと追いかけましたが、男性は人混みの中にまぎれて、見失ってしまいました。


おうちに帰ると、代金はおばさんに全部、取り上げられました。

でも、今日は晩ごはんを食べさせてもらえます。

おばさんやいとこたちの残りものでしたけれど。

そうそう、三人のいとこはしょっちゅう、女の子にいじわるをする悪い子たちでした。

今日も嫌がらせをしてきましたが、女の子はがまんし、残りものを持って、屋根裏の自分の部屋に行きました。


屋根裏部屋はすきま風のせいで、しんしんと体が冷えます。

残りもののごはんも冷たいです。

明かりは窓から差し込むお月さまの光だけです。

そして、割れた器などに挿された枯れかけの花々が、ところ狭しと飾ってあるのでした。

だけど、今夜の女の子は心がぽかぽか。

先ほどの黒い服の紳士のことで、頭の中がいっぱいだったのです。


あれからあの紳士は何日も現れては、そのたびに花を買っていってくれました。

彼は無言。

やはり顔は暗い影におおわれて、はっきりとは分かりません。

女の子はお礼を言うだけ。

でも、それだけで十分でした。


今夜も凍える屋根裏部屋で、アルコールランプを見つめながら、女の子は願いをこめるようにつぶやきました。

「わたしをここから救って!」

その時、窓が突風のせいで、勢いよく開きました。

見返すと、窓辺にあの紳士が腰掛けているではありませんか。

透きとおるような白い肌の整った顔だち。

こんなに美しい男性を、女の子は今まで見たことがありませんでした。

まるで、おとぎ話に出てくる王子さまのようです。

部屋の中がまぶしい光に包まれ、しおれた花がみずみずしく息を吹き返し、次々と花びらを大きく開いていくのでした。

「さあ、行こう」

王子さまに手を差し伸べられて、女の子は笑顔でにぎり返しました。


気がつくと、女の子は咲きほこるお花畑の中を、王子さまと二人で馬にまたがり、駆けめぐっていました。

たづなを握る王子さまの両腕の中で抱きしめられるようにして。

女の子は楽しくて楽しくて笑い続けました。

「見てごらん」

馬は丘の上で止まり、遠くにお城が見えます。

「あれが、わたしの暮らすお城?」

「そう、ぼくのお妃さまとしてね」

そう言って、王子さまは女の子に顔を近づけてきました。

女の子は目を閉じ、くちびるが触れ合うのをしっかりと感じとりました。


今、女の子は屋根裏部屋の片すみで座ったまま眠っていました。

周りに飾られていた花は次々と花びらを落とし、枯れていきます。

それでも女の子は目覚めることはなく、その寝顔はかすかにほほ笑んでいるようにも見えました。

「さあ、行こう。わたしたちの暮らすお城へ!」


          (了)

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