3 グレースとマーキス③

 *Sideグレース*


 グレースは、ちらりと左側を見た。

 侯爵邸を出てから、マーキスはずっと黙り込んでいる。今も、何やら深刻そうな顔をしていた。商談中に問題が発生し、破談寸前まで行ってしまったかのような。

 そんな彼を見て、グレースは顔を引き締める。

 ちょっとでも油断すれば、にやけてしまいそうだった。


 年上の彼は、いつも落ち着いていて、的確なアドバイスをくれる。とても頼りになる存在。

 それが……。

 先ほどの彼の様子を思い出し、思わず、グレースの頬はゆるんでいた。


 わたしと伯爵の縁談だと思って?

 あんなに慌てて?


『お嬢様の結婚相手には、ふさわしくありません!』


 こんなふうに言ってくれたのは……。

 少しくらい、期待してもいいのだろうか。

 

「あの、お嬢様。先ほどは、すみませんでした。とんだ勘違いを」

「気にしてないわ」


 グレースは答えてから、クスリと笑う。


「実をいえば、私も勘違いしてしまったの」

「え?」

「夫人から紹介したい人がいるって言われて、それで、つい」


 あたふたと『縁談なら間に合っています!』なんて言ってしまい、夫人に大笑いされたのだった。

 グレースとマーキス、二人揃って同じ勘違いをしていたわけだ。


「ねぇ、マーキス」


 グレースは、くるり、彼へと振り向き、足を止めた。


「あなたは、わたしにふさわしい結婚相手って、どんな人だと思うの?」


 いたずら心に聞いてみた。


「それは……」


 そこまで言ったっきり、マーキスは黙り込んだ。今の質問は、さすがに、意地が悪かっただろうか。グレースは思い直して、今度は自分から口を開いた。


「わたしは、いつでも側にいてくれる人がいい。頼りがいがあって、間違いは指摘してくれて、ダメな時は叱ってくれる。それで、意外とケンカっ早くて、たまにとんだ勘違いをする人が好き」


 グレースは、マーキスを見つめ、微笑んだ。

 

「でもね、いくら私を守るためでも、怪我はしてほしくない」

「お嬢様が、怪我をするよりましです」

「ダメ。今度、ガラの悪い連中に囲まれた時は、全力で逃げる。いい?」

「よくありません」

「どうして!?」


 口を尖らさせたグレースだったが。


「お嬢様よりも、俺の方がお嬢様を大切に思っているからです」


 マーキスの言葉に、目をぱちくりとさせる。


「先ほどの質問の答ですが、俺よりもお嬢様を大切にする方でなければ、お嬢様の結婚相手としては認められません」


 マーキスがグレースに微笑んだ。

 真正面からの言葉に、グレースの胸がドキンとはねた。勝手に顔は熱くなり、心臓がスピードを上げる。

 半年前のあの日と同じ。

 でも、あの時とは、まったく違う。

 この人が好き。誰よりも。

 

「今日の昼食は『マーマーナカフェ』で、よかったですか?」


 そこは、二人ともに、お気に入りの店だった。


「もちろん」


 どぎまぎしながら、うなずいたグレースの手を、マーキスが掴む。


「ほら、走りますよ。お嬢様が大好きな肉詰めキャベツは、すぐになくなってしまいますから」


 グレースは、走り出したマーキスの手をぎゅっと握りしめた。 



            ─ 完 ─


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婚約破棄された商人の娘は、10億の慰謝料をいただくことにした 倉桐ぱきぽ @gracili_pachypo

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