第8話

 わたしを近寄らせまいとする類に、せめて濡れタオルでも、と洗面所に走る。タオルを冷水に浸して、絞っているとぷすん、という音が聞こえた。


「類……?」


 リビングに戻ると、類はソファーに横たわったまま眠っていた。額にタオルを乗せると、じゅうっという音とともに水蒸気が上がった。恐る恐る触れてみると、さっきよりはマシになったものの、類の身体はやっぱり熱かった。


――オーバーヒートを検知し、緊急停止しました。再起動します


 類のものとも違う機械的な音声が聞こえた。


「オーバーヒート? 再起動? ねえ類、あなたは一体何者なの?」


 ソファーの前でへたり込んだまま動けないでいると、類の指がぴくりと動く。縋るようにその手を握ると、いつの間にかいつもの冷たさに戻っていた。


 類は立ち上がって、わたしを見下ろす。その表情は堅く、知らない人のよう。


「類……? どうしたの? もう平気なの?」

「類、そうです。僕の名前は安藤類。正式には、人型ロボットアンドロイド試作機1号です。あなたの名前は?」


 目の前が真っ白になった。類は人間じゃなかった。そう言われてみれば、類に抱きついても心臓の鼓動を感じたことがなかった。そんなことより、類がわたしのことを覚えていないのが悲しくて、ショックだった。わたしが無理にキスなんかしたから、類は。大粒の涙が床にぱたりと落ちた。





◇◇◇




「何か嫌なことでもありましたか? 元気の出る料理でも作りましょうか」


 いつのまにか屈んでわたしと目線を合わせていた類は、心配そうにわたしを見つめている。


「ハンバーグ、作って」


 数回の瞬きの後、類はふわりと微笑んだ。


「……僕の一番得意な料理です」


 そう言った類は、わたしの頬をそっと撫で、優しく口づけてくれた。


「あなたが泣いていると、僕も悲しいです。どうか、笑っていてくださいね。美結」

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