二十 忘れないでね

「いやー、大変だったよ。ホント」


 件の出来事から一週間が経ち、その間色々あった僕は、先生のことをすっかり忘れてしまっていた。


「……スイマセン」


 そして突然、「報告」という件名の顔文字まみれのメールが先生から届き、僕は慌てて保健室に駆けつけた。

 その開口一番がこれである。確実に怒ってる。



「腹ペコの焦土くんを牛丼屋に連れていって、四季島さんを慰めて、親御さん誤魔化して……。

 帰ったら日付変わってたんだからね! おかげで生きがいだった月九は見逃しだよ! 録画してたからいいけどっ!」

「……本当にすいません」


 わっ!と年甲斐もなく憤慨する先生に、僕は項垂れるように謝罪する。返す言葉もない。


「なぁーのに君ってやつは? 私のことなんて、スッッカリ忘れてしまっていたようだねぇ! 今回の一番の功労者であり、常に君の味方だった先生をさぁ!」


 常に味方だったかについては疑問が残るが、前半に関しては事実だ。僕は返す返す頭を下げた。



「で、どうなったの?」


 先生はお茶を一口飲んで落ち着くと、「やれやれ全く君は、仕方ないな」という感じの表情でそう尋ねた。


「保留……ということで」

「えー、くっつかないの?」

「いっぱい待たせたんだし、今度はそっちが待つ番。だそうです」

「ああ……反さんらしい」

「冷静になってから考えたいんでしょうね」

「もう答えは出てるけど、お返しに君を焦らして楽しみたい、ってことだと思うけど。先生は」

「まあ、なんでもいいですよ。どうなろうと受け入れる準備をするだけですから」

「男だねえ……その感じを見るに、記憶喪失の方も大丈夫そうだね。先生のことは忘れたみたいだけど」


 まだ根に持ってる先生のギロリとした視線に、僕は思わず顔を背ける。



「青香……大丈夫でしたか?」

「そりゃあ、大丈夫ではないと思うよ。でも彼女の中では折り合いをつける目処が立ってるし、反さんもそのことに目くじらを立てたりするような子じゃない。

 焦土くんいわく、部活にもちゃんと来てるって」

「……嵐が?」

「なんか懐かれちゃってね。ここ最近、毎日来てるよ。昨日は四季島さんも連れてきたし」

「いや、そっちじゃなくて……嵐が人を気にかけるって、珍しいなって」

「彼、なんだかんだ人のことよく見てるよ。気遣わないだけで、やろうと思えばできるんだろうね。先生、ちょっとだけ彼のこと見直した」


 やらないだけでできないわけじゃない、というのは、確かに嵐のキャッチコピーだ。嵐もなんだかんだ凄いやつだし、ある程度は先生の言う通りな気もする。


「でもさ。もしかしたら焦土くん、意外と四季島さんのこと気になってたり……?」

「いや、それはないですね。あいつ年上好きだし、食べることと走ること以外興味ないので」

「……それ、昨日も同じこと言われたよ。焦土くんに」


 本人から言われて、まだ可能性が残ってると信じてたのか。ゴシップ好きの飢えは心底恐ろしい。



「あ、噂をすれば影」

「えっ……!」


 トラウマ級のワードに一瞬ギョッとした僕だったが、そのあては外れだった。


 廊下の方を見ると、いつもの何も考えてなさそうな顔をした嵐が立っていた。安心したような、少し残念なような……不思議な気分だ。


「プール行こうぜ、犬助」

「いいけど……いきなりだな、相変わらず」

「よし、今週末な。プランは任せた。じゃ」

「あ、もう帰るんだ……」

「やっぱり、嵐は嵐ですね」


 風のようにやってきて、風のように去っていく嵐に先生と二人で苦笑していると、突然嵐がまた戻ってくる。



「あ、言い忘れてたけど女子も来るからな」

「は?」

「えっ!」


「体鍛えとけよー」

「ま、待って! いったん止まって!」

「女子って誰⁉︎ まさか四季島さんと反さん?」

「うん。四季島の慰安旅行」

「慰安旅行って……ていうか、紫も来るの⁉︎」

「だって反いねえと、四季島の慰安になんねーじゃん」

「そういう問題じゃなくて……」

「先生も行っていい?」

「いいよー」

「やった! 水着とカメラ買わないと……!」

「生徒との私的交友もカメラの持ち込みもダメですから! というか待て嵐! 行くな!」


 騒然とする保健室の中で、僕は改めて、嵐は凄いやつなのかもしれないと感じた。

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戦場犬助は最低野郎だったのか? @hibiki523

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