第53話 願いの果て

「だ、だとしても僕の計画は変わらない。シン、お前には僕の計画の一部になってもらう!」

「たとえば?」

「例えば?! こ、怖くないのか? 今から自分がどんな目に合うか」

「そりゃ多少は怖いけど、武器一つ持たされずにエンペラーコボルトの巣に二週間放り込まれるのとどっちが怖いかなって思ったらなんか大丈夫な気がしてきてる」

「そ、そんな非人道的なことをやる奴なんかいるのか!? エンペラーコボルトといえば単独でA級討伐対象に担ぎ上げられる個体だぞ?」


やはりただのコボルトではなかったか。

ゴブリンに比べてあまりにも理不尽な戦力差を感じたシンは、自分の直感は正しかったと何度も頷いた。


「いるんだよね、これが。神薙アスカっていう人なんだけど」

「あの人ならやりそう」


キラは悲しい目でそう語った。


「お詳しいんですか?」

「ラクスの妹なんだ。今でこそSランクハンターだなんて謳っているけど、ラクスが生きてた頃は姉の後ろに隠れてついて歩くような子でね。読書が好きだったんだ。僕もあの子のために絵本とか買ってあげたりしてね」

「えっ」


シンは信じ難い事実を聞かされて自分の耳を疑った。

アスカの子供時代があまりにも脳内に受けいられないほどの乖離であったからだ。


「彼女がああなってしまったのは僕のせいでもあるんだ。最愛の姉を失ってしまってね、僕を恨んでいるんだろう。だからこそ僕は彼女の復活をすることで関係を取り戻そうとしている。その計画は未だ果たせそうもないけどね」

「そうなんですか。ところで僕にはこういうものがあるんですけど」


シンは、これを出すなら今しかない! みたいな顔でキラに向かい合う。

小さな小瓶に封じられているのは緑色の液体だ。

透明度が高く、キラキラと光っている。


「それは?」

「推し様曰く、エリクサー」

「蘇生薬! どうしてそれを君が!」

「ただしこれにはとんでもないデメリットがある」

「頼む、譲ってくれ!」


キラは自分の計画がもうこれ以上進まないことを自覚していた。

なので真に対して綺麗な土下座を決めるのは驚くほどに早い。


「話を最後まで聞いてください。まず服用してもらうことについて反対はありません。ただ、デメリットがですね」

「どんなものでもいい。寿命が半分になろうと、再び彼女と話ができるのなら!」


キラの願いはそれだけだった。

もうこれ以上長生きを望むこともない。

最後に一度謝罪をしたかった。

罪を償う覚悟もできている。


「わかりました。お譲りします。今のあなたなら乗り越えてくれる。そう感じとりました」

「恩に切る!」

「恩義を感じているのなら、潔く自首してくださいね? 世間は悪者を断罪したがっています。僕も、あなたに同情こそしますが、やったことは到底許せそうにない。あなたに情を抱くのはこれきりですから」


そう言って、シンは瓶を二つ渡した。

ラクスの分とキラの分である。

キラは自分がとっくに死んでいることなど、覚えていなかったのだ。

罪を償うには、人間の肉体が必要だ、そう考えてのことだった。


「これで事件が解決してくれるんならいいけどな」

「死者蘇生だけで話が済めばいいんですけどね」

「そういえば、その薬にはデメリットがあるって話だったな」

「ええ、それは」


シンは含みのある間を置いて真実を述べた。

聞いたヨウイチは、神はどこまでも罪人に試練を与えるものだと天を仰いだ。



キラは霊刀保存していたラクスにその霊薬を飲ませ、すぐに自分も飲み干した。

甘く、魅力的な味わいである。

もっと欲しいという衝動に駆られながら、肉体に変化が起こる。

血の通っていない真っ白な肌に血が流れていく。

死者蘇生の変質は、ついにキラの意識をも奪ってしまい。

目が覚めたのはしばらくしてからだった。


優しく微笑みかける相手がいる。


「キラ……」

「あれ? ラクス、随分と声が太いような」


対してキラの声は鈴を転がしたように甲高い。


「おかしいわ。キラが小さく見える。それにこんなに柔らかいなんて。夢でも見ているのかしら?」


復活したラクスは、細マッチョで、顎から髭を生やしていた。

対してキラの方は、背が縮み足元が見えないほどに胸が大きくなっていた。

これではキラだと判別できないほどである。

ラクスもまた当時の面影をあまり残していない。


そう、この薬のデメリットは、

蘇生した対象が性転換してしまうことにあった。



そのあときらは全ての罪を自白して、出頭する。

しかし警察からは門前払い。

妄想の類として処理されてしまったのだ。


なおも逃亡中のキラに捜索の手はかけられたまま。

本人が出頭してるのに、なぜ罪を濯がせてくれないのか!

そんな不満を抱え、キラはたびたび愚痴を吐き出しにヨウイチの屋台に顔を出した。


「いらっしゃい」

「牛すじと大根」


今日の屋台にはおでんのラインナップが並べられている。

キラはその中で今一番食べたいものをピックアップした。


「へいおまち。今日ラクスさんは?」

「仕事探してくるって朝からメイクして行ったよ」

「男になっているのにメイクを?」

「男の勝手がわからないと嘆いていたね」

「それはご苦労様」

「あ、キリアさん」

「ああ、シンか。君には散々迷惑をかけたね」


キラは見た目の変化もあって、いつまでも同じなまではいけないと名称をキリアに変更していた。

ラクスはリックと、それなりの面影を残しながら性別に合わせたような変更点がなされている。


「今日もまた警察に門前払いされたんですか?」

「ご推察の通りさ。しかしあれだね、女性というのは不便で仕方ない。特にこの胸」


キラが憎らしいとばかりにその贅肉の塊をつまんで見せる。


「あまり外でそういう仕草しないほうがいいですよ」

「しかしだな」

「実際の話、男の人からしてみたら誘ってるようにしか見えないらしいです。もしそんな噂を聞いたらラクスさんがお冠になってしまいます」

「それは困るな」

「ブラはまだ?」

「あの締め付けられる感じが嫌だ。ラクスからしてみれば信じられないらしいが」

「僕もする前までは不便だなと思ってたんですが、胸が育つたびにないと大変で。特に僕は動き回るタイプですからね」

「ああ、揺れると痛いよな」

「そうなんですよー。だからしたほうがいいですよ」

「追々な」


すっかり女子トークに花を咲かせるシンとキラ。

蚊帳の外にされたヨウイチは、おまけと称した賄いを二人に差し出すのだった。


『次のニュースです。連続殺人の容疑をかけられてるキラ・ヤマトは現在も行方をくらませたまま。どこに潜伏しているかわかりませんので、見かけ次第警察に連絡をください。決して捕まえようとせずに、速やかに連絡を』


そんなニュースが屋台に備え付けられてるラジオから聞こえてきた。

キラはそれを聞きながら、事の顛末をどう片付けたもんかねと再び悩みに没頭するのだった。


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最弱テイマーのしあわせご飯 双葉鳴 @mei-futaba

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