第52話 実食! 悪霊の天ぷら
「さぁ、出来上がった。俺的にはポン酢がベストだが、塩もまた美味い。好きな方を選んでくれ」
「それ、食べて大丈夫なんですか?」
「問題ないぞ。俺は過去にダンジョンのゴーストを食っても腹を下さなかった」
「ふざけるな! 僕の死霊術を料理しただって!?」
キラはヨウイチの行動に狼狽する。
無理もない。だれだって自身の攻撃を無力化された上で絶品料理に作り変えられたら憤慨するだろう。
シンに至っては見慣れた風景だったので、今更といった感じである。
ヨウイチは出会った時からこんな感じだ。
何ならオリンの中には見たことも聞いたこともないモンスターがわんさか入っている。
全てヨウイチが仕留めたものだ。
それを絶品料理にしてよくシンは食べさせてもらったものである。
「いただきます」
意を決して箸を取る。
「おい、やめろよ! そいつを授かるのに5年かかってるんだぞ! この術を得るためだけに多くの人間が死んだ! その努力の結晶をそんな無造作に食べるなんて!」
あむ。
シンは横で騒ぐキラを無視してカラッと揚がった天ぷらを口に運んだ。
もにゅり、しゅく、むにゅぅ。
奇妙な食感。しかし噛めば噛むほどに旨みが広がる。
これだけでもまぁ美味いが、ヨウイチのオススメ通り、塩を振ってもう一口。
「ああ、なるほど。どこか水っぽい味わいがシャッキリしましたね」
「お前ものんびりコメントしてるんじゃない! 僕の5年を返せ!」
「いや、だってもう料理されちゃってますし。これってもう元に戻らないですよね? 食べることで供養しようかなって」
「おかわりもあるぞ!」
「もうやめろよー」
キラはみっともなく泣いた。
そこから先、圧倒的強者のキラは鳴りをひそめ、何をやってもうまくいかない人生を振り返ってグダグダに酔っ払っていた。
ヨウイチの勧めた日本酒の度数が強かったようだ。
「ちくしょう、どうせ僕なんて。最愛の人一人守れずダラダラダラダラ生き延びてるだけのろくでなしだよ!」
ゴッゴッゴッとコップになみなみ注がれた日本酒を呷る。
完全に酔っ払いの挙動。
そして丁寧に調理された努力の結晶に自ら決着をつけていた。
どうせ食べられるなら、いっそ自分で食べてしまいたい。
そう言うことらしい。
「詳しくは知りませんが、それはキラさんが悪いわけではないですよ」
「僕だってそう思ってる。けど世間体が悪いんだよ。マスコミ達は有る事無い事書くし、僕にだってイメージがあったんだ!」
「いつの世も嫉妬に狂った第三者が害をなすもんですね」
「知ったようなことを」
「まぁ俺もこう見えて色々なトラブルに巻き込まれてきましたから」
「あんたみたいな料理人もか?」
少し興味が湧いたのか、キラがヨウイチの身の上話に身を乗り出した。
ハンターとしての自分に比べたら取るに足らないだろう。
そんな気持ちで話を聞いて、なぜか聞き終わったころには涙ぐんでいた。
「そうか……ダンジョンの中で別世界に転移され、それ以降恋人と出会ってないとは……」
「彼女は強いので、俺なんかいなくったって生きていけますよ」
「そう言うことじゃない! 恋人同士だったらもっといっぱいあるだろう? こう、会えなくて寂しいとか! くそう、僕が同じ状況だっったらとっくに狂っているぞ」
現段階で発狂済みのキラですら、その状況に陥ったら狂わずにはいられないと叫んだ。もう完全に酔っ払いの様相である。
「でもまだ生きています。だから大丈夫。俺は何とかして元の世界に帰る手立てを探してます」
「相手が可哀想だ。僕だったらすぐにでも駆けつけて、ハグくらいするね」
「キラさんのお相手は幸せ者ですね」
「ああ、そうだ。ラクスは僕には勿体無いくらいの彼女で、うぅ……」
酒が入ったら泣き上戸になってしまったらしく、キラは今度は自身の身の上話を語った。
「それはそれは。元々は仕事の関係でのお付き合いだったんですか?」
「僕がハンターとしての実力をメキメキつけて行った後に見合いの話が上がったんだ。それまではスクールメイトの彼女しか知らなくて、最初はすごい照れ臭かったのを覚えてる」
「僕、学校行ったことないんですけど、スクールメイトというのはどんな感じなんですか?」
「俺も学校行ったことないから知らないな。キラさん、教えてもらえますか?」
ヨウイチはお酒のおかわりを差し出し、シンは純粋に学校というものを知りたがっている。
何でこんなことになってしまったんだっけ?
キラは考えるのを諦めながら学校での生活のあらましを話した。
「へぇ、学校ではそのようなことを教えてくれるんですね」
「ご飯もでる! 羨ましい」
「俺なんてそれくらいの年頃の時、唯一のご馳走はゴブリンの耳だったぞ?」
「僕は泥を啜ってましたね」
「あー、あれは吸うのにコツがいるんだよな」
「僕はよく失敗してました」
「二人して、冗談にしたって度が過ぎているぞ?」
「いや、事実だよ。能力が低いというだけで迫害されていたからな」
「僕も。両親の顔を知らないんだ」
「俺もだ」
「…………」
キラは可哀想な人を見る目でヨウイチとシンを交互に見た。
自分が世の中で一番不幸なんだと思い込むことで世界を敵に回していたが、見回せば世の中には自分よりももっと不幸な人がいるのだと、二人に出会って知ることとなる。
だからと言って、しでかしたことが帳消しになったりはしない。
罪を認めた上で、それを行うことを選んだのはキラなのだ。
せめてラクスだけでも取り返したい。
それさえ叶うんだったら、自分はどうなったってよかった。
けれど、今自分の武器は目の前の料理人に取り上げられた上で美味しく調理されてしまった。これがまた絶妙な火入れで、面白い食感。
いくらでも食べたくなる味わいで、気がつけばあれほど辛酸を舐めて仕入れた悪霊は全てキラの腹の中。
恐ろしい策略である。
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