第6話 遭遇⑥
獣避けの原料を聞くと意外と単純で、人間種の血や香辛料を刻んだものなどを混ぜたものだそうだ。シュトシュノが近付いてみると、ツンとした刺激臭が鼻をついた。なるほど獣が嫌がる訳だ。
血も香辛料も希少なので、人間種二人だけなら野営のたびにこんな仕掛けはしないのだという。今回は亜人が一緒ということで、やむなく使用を決めたとイオは説明してくれた。
貴重なものを使わせたと知ってシュトシュノは謝罪したが、イオは気にしないでと笑った。
「亜人が中にいる状態で効くかは分からなかったんで、半分は賭けでした。ちゃんと効いて良かった」
口には出さなかったが、最悪シュトシュノを見捨てる選択肢も彼らは検討したのだろう。
シュトシュノは幸運だっただけだ。
「あ、おかえり」
辺りが真っ暗になってから、ラスラが帰ってきた。
「向こうの方に取りきれなかった分の熊の肉を置いてきてたんだけどさ、そこに魔獣がうじゃうじゃ群がっててすごいことになってた……」
「うわ」
どうやら先ほどの声は魔獣同士の肉の奪い合いが原因だったらしい。
魔石を取った後でも魔力が死骸に少し残っていたのだろう。
「移動した方がいいかな?」
「いや、おれが見に行ってすぐくらいに上空から来たワイバーンが全部掻っ攫っていったからじきに解散すると思う」
「ずるい!」
魔獣たちはブチ切れてワイバーンを追いかけて行ったので、こちらに来ることはないだろうとラスラは告げた。
ただ、シュトシュノには聞き捨てならない話だった。
「ワイバーンって言ったな。どんな奴だ?」
「腹に傷の付いた赤いワイバーンだよ。若そうだったけど、あの大きさはたぶん成体かな。頭につのみたいな突起が二本付いてた」
暗かっただろうに、ラスラは特徴をしっかりと確認していた。それでシュトシュノは確信する。
「間違いない、うちの町を襲撃した奴だ」
「町って、あの防護壁のある大きな集落ですよね。襲われたんですか?」
「ああ。もう何人も食われている」
自分はワイバーン討伐のために派遣されたのだと説明すると、ラスラは顔をしかめた。
「わざわざ人里狙ってんのか。行動範囲を広げられる前に狩らないと」
「村にも行くかな?」
「ワイバーンは狩場を決めたらしばらく近くに留まるんだよ。ある程度満足したら探索範囲を広げるから、今後村にも来る可能性はある。今回で人の生活圏も恐れなくなってるから」
「人間種は喰われないんじゃないのか?」
「家畜と農作物がやられる。冬が近いから、食糧の備蓄に打撃があると飢えて死ぬ奴が出るんだよ。ワイバーンは悪食だからな」
おれらがいなくなるからちょっと口減らしはできるけど、とラスラは付け加えたが厳しい表情から切実さが窺える。
「熊を持って帰れるぐらいだから、寝床は近いんだろうな。急がないと」
ふとシュトシュノは、もしかしたら熊をも狩り切ることができるこの子ならワイバーンにも勝てるのではないかと思った。
「キミならどうやって狩る?寝床を襲うのか」
「いや、近付く前に逃げられるよ。おれなら狩場に張るかな。獲物に近付いた時に落とす」
試しにシュトシュノが問いかけると、ラスラはあっさりと答えた。
なんと心強い。
「何度か落としたことがある言い方だな?」
「一回は村の狩人総出で、二回目は母さんと二人で狩った。居付かれる前に撃退したのは何度もあるよ」
十分な戦績だ。
亜人の間ではワイバーンに遭遇したら死を覚悟せよが通説である。
「一人じゃ厳しいか?」
「いけるんじゃないかな。でも、どこに出るか正確に分かっていないと難しいな。普通は数日かけて観察して行動範囲を絞るから」
「つまり、誘うための餌がありゃいいんだな?」
ぱっと顔を上げて、ラスラは驚いた顔をこちらに向けた。
餌を置き、出現場所を絞り、罠を仕掛ける。
猟の常套手段だ。
亜人はワイバーンには良い釣り餌となるだろう。
「なんで驚く。俺はあのワイバーンを討伐しに来たんだ。命ぐらいは張るさ」
「保証できないぞ?」
「俺は他の奴らより頑丈だからな。なんとかするさ」
笑ってみせたシュトシュノは戦士の顔をしていた。
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