第5話 遭遇⑤
「……ぼくらは、この森の奥地から来ました」
「人間種です」
シュトシュノは息を飲んだ。
全ての亜人の祖。魔力に満ちたこの世界において、潜在魔力を唯一持たない人類。
「人間種はそんなに珍しいですか?」
イオは不思議そうに小首を傾げる。
禁足地であるアーラルク大森林の奥から来たなど、普通は信じられないだろう。
だが、シュトシュノはある意味納得してしまった。そうでなければ、彼らとの会話の食い違いの説明がつかない。
「珍しいってもんじゃないぞ……。もう千年以上前に人間種は絶滅したって俺は聞かされていたんだ。……まさか、まだ生き残りがいたなんてな」
「絶滅っ!?ひどいじゃないか、うちの祖先がちょっと森に引きこもってただけだろ!?」
千年を「ちょっと」と呼べるかどうかは甚だ疑問だが、外から隔絶された環境の中で生き延びていたのだとすれば大事件だ。
今まで亜人との関係が絶えていたのならば、彼らがこちらの常識に疎いことも理解できた。逆に彼らにしか伝わらない知識もあるだろう。
「面倒なことになったな……」
イオが小さく呟いたのを、シュトシュノの耳は確かに拾った。
「たとえば、なんですけど。ぼくらが人里に行こうとすると、やっぱりまずいと思います?」
そりゃあ、まずいだろう。
反射的に答えそうになったが、シュトシュノは堪えて反芻する。
途方に暮れたようにイオは続けた。
「実は、ぼくら村から出てきたばかりで。ちょっと事情があって帰れそうにないんです。どこか頼れそうな場所があればとここまで出てきたんですけど、まさか森の外の人間種が全滅してるとは予想外だった……」
「な、なるほど」
自分たちと亜人たちとの認識の違い、そして同族の不在。どう考えても悪目立ちする、とイオは察したのだろう。シュトシュノも同感だった。
さらに言うならば、「獣避け」と呼んでいた技術一つとっても彼らの価値は格段に上がる。この若い人間種の生き残りを利用しようと考える者が出てこないとも限らない。
シュトシュノはがしがしと頭を掻きむしった。
したたかに打ちつけた後頭部が痛んだが、構っている場合ではない。
全く、とんでもないものに命を拾われたもんだ。
「霊人の外見はキミらとそう変わらない。言い張ったら、深く追及はされないだろう」
「!」
「さすがに魔力量はごまかせないが、町中では威圧しないように普段から魔力を抑えて過ごしている亜人は多い。キミらから魔力を感じなくても特に気にする奴はいないと思う。俺が手引きしてやれば、キミらが町に入ること自体は問題がないはずだ」
二人は顔を見合わせていた。
「助けてくれるんですか」
「俺の方がキミらに助けてもらったんだ。これぐらいで良けりゃ喜んで手を貸すさ」
彼らは、危なっかしい。
もしこの子達がシュトシュノに会わずに町を訪れていれば、トハーンは大騒ぎになっていただろう。なにせ、千年ぶりの人間種の到来だ。多種族社会のトハーンならば無体な真似はされないだろうが、種族格差のある国なら保護という名の拉致、監禁はあり得そうだ。
「良かった。口封じしなきゃならないかと」
「馬鹿。なんで君はそう、短絡的な手段に出ようとするの。内緒でお願いしますでいいんだよ、こういう時は」
「おいおい、今の話でそんなことを考えていたのかよ……」
少なくとも約一名、森育ちの蛮族がいるようなので、こちらの世界の常識をしっかり教えておかなければすぐに問題を起こしそうだ。
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