第2話 遭遇②
外の世界には亜人がいる、と聞かされていた。
獣の系譜の獣人、鳥の系譜の翼人、竜の系譜の竜人、そして精霊の系譜の霊人。
人間種から派生し、進化していったとされる亜人種は魔法を扱う。人間種は魔力を持たないため、対抗手段がない。
だから、会う時は慎重にならなければならない。
彼らが人間種の味方とは限らないのだから。
「と、思ってたんだけど」
「……」
「どうするの、これ」
ラスラの放った矢は、大魔熊の頭部に刺さっていた。見事に頭蓋を貫通している。
四つん這いになってさえラスラとイオを縦に並べたぐらい大きな熊は、あの後しばらく暴れ回っていたようで、木々があちこち倒れてちょっとした広場のようになっていた。
そして、事切れた大魔熊から少し離れた所に、鎧を身に付けた竜人の兵士が倒れていた。
暴れた熊に突き飛ばされたと見え、木の根元に寄りかかるようにして気を失っていた。
近寄ってもぴくりとも動かない。
「おれのせい?」
どうしよう、と助けを求めて見ると、イオはやれやれと息をつくところだった。
「ぼくだって亜人を診るのは初めてだから、責任は持てないよ」
村医者の息子は、それでも竜人の側に屈み込んで容体を診始めた。
「脈は……あるね。息もある」
手の形は人間に似ていた。
しかし皮膚の代わりに深緑の鱗が全身を覆っており、爪は黒く尖っている。
白く鱗の薄い手首に触れ、問題なく脈が取れたことを告げた。
そっとイオが頭の兜を取ると、ラスラが声を上げた。
「うわぁ」
突き出た鼻に、ズラリと牙の並んだ大きな口が露わになる。
顔立ちはトカゲに似ている。
その鼻の穴からは、赤い血が滲んでいた。
「竜人の血も赤いんだな。爬虫類は青いけど」
「亜人の祖先は人間種だからね。そこに竜の因子が加わって竜人になったって話だ。体質も両方の特性を持っているのかも」
「冬眠するのかな?」
「さあ。本人に聞けるといいんだけど。もしもし、聞こえますか?」
兜を横にそっと置き、イオが声をかけながら脈を取っていた手の甲を叩いた。
膜のような目蓋が震えた。
「う……ぁ?」
「動かなくていいですよ。痛むところはありますか?」
うーっと竜人は唸る。
「あたま……」
「後ろの方ですか?」
「あぁ……」
「たぶん叩きつけられて、強く打ったんだ。脳震盪だろうね」
兜は後頭部が大きくへこんでいた。
確認したが、幸い頭蓋骨や背骨は折れていないようだった。
腰に下げていた革の水袋を出すと、「おい」と焦って制止するラスラをよそに竜人の口に突っ込む。
牙の間から口の中を湿らせてやると、竜人は喉が渇いていたのかごくりと喉を鳴らした。
貴重な水を惜しげなく竜人に差し出したイオは、「やっぱりか」と呟く。
「口の端がひび割れてる。脱水症状だよ」
「ってことは、ついさっき森に入ったって訳じゃなさそうだな?」
「むしろ何日か彷徨っていたのかも」
「どうりで装備がボロボロなわけだよ」
よく生きてたな、と竜人のそばに落ちていた槍を拾い上げる。折れてこそいないが刃こぼれしている。ほとんど武器として使い物にならないはずだ。
「ちょっと失礼しますね」
「時間かかる?先にあっちの処理したいんだけど」
「ああ、そうだね。頼むよ」
他に深刻な怪我はないか確認を始めたイオに竜人の方を任せ、槍を置いたラスラは魔熊の解体に取り掛かることにする。
といってもこの巨体だ。手頃な大きさなら木から吊ってしまえば血抜きができるが、一人では難しい。そもそも重さに耐えられる木があるだろうか。
そういう訳なので、今回は使う部分だけをいただいて他の部分は自然にお返しすることにする。
「命に感謝」
左手で拳を作り、鳩尾を軽く叩く。続けて両手を組んで祈りを捧げた。
与えられし糧へ我が魂よりの感謝を申し上げる、という意味だ。村の、特に狩人たちの間で伝わる祈り方。
そして腰に下げたナイフを抜いた。刀身が黒く、表面に古い言葉が切先から鍔まで刻まれていた。母から譲り受けた守り刀だが、使いやすいので重宝している。
ちょうど解体などの手元で行う作業には、特に。
「腿の肉だけでも結構な量だな」
久々に腹一杯に食べられそうだ、とラスラは機嫌良く作業に取り掛かった。
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