体育祭編1
---
5月の終わり、校庭では新緑の香りが漂い、体育祭の準備が本格的に始まっていた。教室でも、出場する競技や役割を決める話題で盛り上がっている。
「お前、何出るんだよ?」
宮田が昼休みに購買で買ったパンをかじりながら聞いてきた。
「……リレーかな、たぶん。」
俺は窓の外をぼんやりと見つめながら答えた。佐倉がクラス応援団の練習で校庭にいる姿を見かけて、自然と視線がそこに向かってしまう。
「また佐倉さん見てるのかよ。」
宮田がニヤリと笑う。その言葉に俺は慌てて顔をそらす。
「べ、別に見てない。」
「嘘つけ。分かりやすいんだよ、お前。」
宮田が肩をすくめて笑う。俺も苦笑いを浮かべながら、「そんなことない」と否定するものの、心の中では完全に図星だった。
その日のホームルーム、担任の田中先生が教室の前に立った。
「今日は転校生を紹介するぞ。前の学校では陸上部で活躍していたそうだ。」
ドアが開き、黒髪で整った顔立ちの男子が教室に入ってきた。背が高く、どこか品のある雰囲気が漂っている。
「一之瀬蓮です。陸上部で中距離をやっていました。早く馴染めるよう頑張りますので、よろしくお願いします。」
教室がざわつき始めた。特に女子たちの間ではささやき声が飛び交っている。
「ねえ、あの子かっこいいね!」
「しかも運動も得意そうじゃない?」
俺はその反応を聞きながら、なんとなく居心地の悪さを感じていた。誰かが目立てば、その分自分がかすんでしまう。それを頭では分かっているつもりだったけれど、心は妙にざわざわする。
休み時間、一之瀬はすぐに佐倉と話し始めた。二人とも応援団の準備に関わるため、話題が盛り上がっているようだ。
「佐倉さんって、応援団なんだね。」
「はい! ちょっと不慣れですけど、みんなと頑張ってます。」
「すごいなぁ。クラスのために動ける人って尊敬するよ。」
一之瀬がそう言うと、佐倉が少し照れたように笑う。その笑顔が俺の胸をざわつかせた。
「お前、また佐倉さん見てる。」
宮田が肘で俺をつつく。俺は焦って顔を伏せた。
「見てない!」
「嘘つけ。嫉妬してるんだろ?」
「……してない!」
必死に否定したが、心の中では「もしかして嫉妬してるのか?」と自問していた。佐倉と話すのがうまい一之瀬の姿を見ていると、自分の不器用さがいやに目立つ気がしていたからだ。
放課後、凛が教室の外で俺を待ち伏せしていた。
「どうだった? 新しいライバル出現の気分は。」
「あいつは別に……ライバルとかじゃないし。」
「バレバレだってば。」
凛は呆れたようにため息をついた。
「まーた佐倉さんばっか見てるんでしょ。おーい、春木陽介!」
「見てないって言ってるだろ!」
凛は小声で笑いながら肩をすくめた。
「まあいいけどさ。体育祭で、あんたがちゃんと頑張るのを佐倉さんも見てくれるんじゃない?」
「……そりゃ、頑張るよ。」
そう答えながら、俺は心の中で思った。一之瀬には負けたくない、と。
家に帰る途中、自転車をこぎながら、一之瀬のスマートな姿を何度も思い出してしまう。佐倉にとって自分がどんな風に映っているのか、分からなくて不安だった。でも、それを確かめる勇気もない。
「絶対に……負けない。」
そう呟いた声は、夜の冷たい風にすぐにかき消されていった。
いつも隣にいたのに。 赤緑下坂青 @aomidorikudarizakaao
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。いつも隣にいたのに。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます