レクチャー4



土曜日の午後、駅前の商業施設で待ち合わせた俺は、緊張で早く着きすぎたことに気づいた。

時計をちらりと見ても、まだ約束の時間までは10分以上ある。それなのに、なぜか落ち着かない。


「佐倉さんだったら、こういう場所でどんな店に入るんだろう……。」


一人呟きながら辺りを見渡す。もしかしてカフェにいる?それとも雑貨屋を見て回るタイプだろうか?勝手に想像が膨らんで、気づけば笑みを浮かべていた。

その時、背後から軽やかな声が飛び込んでくる。


「春木くん、早いじゃん。そんなにデートしたかったの?」


驚いて振り返ると、相川凛が小さなショルダーバッグを肩にかけて立っていた。白いブラウスに淡いピンクのスカートという清楚な服装で、普段の凛とは違う柔らかな印象を受ける。


「べ、別にそんなことない。ただ早めに来ただけだよ。」

「ふーん。」


凛は意味ありげに口元をゆるめると、俺の隣に並んだ。


「で、今日はどんな計画なの?」

「あ、ああ……とりあえず服屋とか、佐倉さんが喜びそうな場所を回れたらなって。」


俺が正直に答えると、凛の目が一瞬だけ大きく開いた。


「相変わらず、佐倉さんのことしか頭にないんだね。」

「そりゃそうだろ。せっかく練習するんだから、佐倉さんに役立つことしないと。」


俺がきっぱり言うと、凛はため息をつきながら少しだけ肩をすくめた。


「ほんと分かりやすいよね、春木くんって。じゃあさ、せっかくだから私が選んであげるよ。」

「選ぶって何を?」

「佐倉さんにアピールするための服。ほら、ついてきて。」


そう言って先に歩き出す凛。その後ろ姿を見ながら、「頼りになるな」と内心思いつつも、何だか引っ張られてばかりな気がして少し悔しかった。



---


店内は春らしい明るい色合いの服で溢れていて、目がチカチカする。凛は迷うことなくラックを覗き込み、あれこれ手に取っては戻す作業を始めた。俺はただその後ろで棒立ちだ。


「春木くんってさ、普段どんな服着てるの?」

「いや、普通に……無難なのとか。」

「無難って便利な言葉だよね。それ、佐倉さんに『印象が薄い』って言われる未来見えた。」


その言葉に、思わず肩をすくめる。だが、確かに自分が目立たないのは事実だ。


「でも、無難だからこそ失敗しないんだよ。」

「ふーん。そうやってリスクを避けてばっかりで、佐倉さんに振り向いてもらえると思うの?」


凛の鋭い言葉に、何も言い返せなくなる。彼女はそんな俺を見て、やれやれといった顔をしながらジャケットを一着取り出した。


「これ、試着してみて。」

「俺が?……いや、派手すぎないか?」

「大丈夫、佐倉さんが『春木くん、意外とおしゃれなんだね』って褒めてくれるかもよ。」


その一言に、俺は気づけばジャケットを受け取っていた。



---


試着室から出ると、凛は腕を組んで待っていた。俺の姿を見るなり、じっくりと上下を眺める。


「……まあ、悪くないんじゃない?」

「ほんとか?」

「うん。佐倉さんも『普通よりちょっといい』って思うくらいにはなると思う。」


微妙な評価だが、悪くはないのか。鏡に映る自分を見つめると、「こんな俺でも少しはマシになるのか」と希望が湧いてきた。


「で、どうする?これ買うの?」

「……うん、買っとく。」


俺が頷くと、凛が一瞬だけ驚いたような表情をした。


「へぇ、決断早いじゃん。評価ポイントだよ。」

「え、何か言った?」

「別に…早く会計して。」


凛がそっぽを向いて急かしてくる。その耳が少し赤くなっているのが妙に気になった。



---


服屋を出た後、凛がふいに言った。


「次はカフェにでも行こうよ。」

「お前、急に仕切るなよ。」

「だって練習相手の私が疲れちゃったら、佐倉さんと話すどころじゃなくなるでしょ?」


凛はそう言ってさっさと歩き出す。



---



カフェに入ると、週末の賑わいで人が多かったものの、窓際の席が運よく空いていた。

メニューを手に取ると、凛が早速夢中になったようにページをめくり始める。


「佐倉さんだったら、こういうところで何を頼むんだろう……。」


頭の中でそんなことを考えながら、俺は飲み物のページを眺める。佐倉さんが頼みそうなメニューはどれだろうか。シンプルなアイスコーヒー?それとも甘いラテ?


「ねえ、春木くん。」


凛の声で思考が中断された。顔を上げると、彼女がメニューを指差している。


「私、パンケーキセットとキャラメルラテ。それから、シュークリームタワーとパフェも追加で。あとクリーム増量で。」

「……いや、お前、頼みすぎだろ。」


思わず突っ込むと、凛は平然とした顔でフォークを構えるジェスチャーをした。


「甘いものは別腹だから問題ないの。」

「そういう問題じゃないんだけど……。」


俺が呆れると、凛はメニューを閉じてニヤリと笑った。


「どうせ春木くんが奢るんだし、いいでしょ?」

「いや、なんで俺が奢る流れになってるんだよ!」


言い返すが、凛はわざとらしくため息をつきながらカバンに手を伸ばす。


「じゃあ、自分で払うけど……これはモテない理由がわかるね…。」

「余計な御世話だ」


結局、凛は注文を突き通した。



---


注文がテーブルに運ばれると、パンケーキにシュークリーム、パフェまで揃い、テーブルが甘い香りで埋まった。


「いただきまーす!」


凛は勢いよくパフェを一口食べると、満面の笑みを浮かべる。


「うん、美味しい!春木くんも食べてみる?」

「いや、お前が頼んだやつだろ……。」

「女の子とシェアするのって大事なんだよ。佐倉さんだってそうするかも。」


そう言われて渋々パフェを一口食べると、意外と美味しいことに驚いた。


「……確かに、美味いけど。」

「でしょ?」


凛は嬉しそうに笑う。その笑顔を見ていると、「佐倉さんも、こんな風に自然に笑うんだろうな」と頭に浮かぶ。


「あのさ、佐倉さんって、こういうカフェに来たことあるのかな?」


気づけばそんなことを口にしていた。凛がフォークを止めて俺を見つめる。


「佐倉さんのこと、本当に好きなんだね。」

「……まあ、そうだな。」


正直に答えると、凛が微かにため息をついた。


「春木くんって、分かりやすいよね。佐倉さんに話しかけたいだけじゃなくて、ちゃんと気に入られたいって思ってるんでしょ?」

「そりゃ、そうだろ。話して、もっと近づきたいんだ。」


自分でも驚くくらい素直な言葉が出ていた。凛はストローをくわえながらじっと俺を見つめ、やがて小さく笑った。


「ふーん。そこまで真剣なら、もうちょっと応援してあげてもいいかな。」

「え?」


俺が驚いて顔を上げると、凛はそっぽを向いて早口で続けた。


「別に深い意味じゃないからね。ただ面白いから手伝ってあげてるだけだよ。」


その照れ隠しの態度が、妙に可愛く見えて思わず「ありがとう」と呟いた。


「べつに?」


凛がぷいっと顔をそらしたタイミングで、店員が会計伝票を置いていった。俺は財布を取り出して席を立つ。


「じゃあ、払うか。」


レジへ向かおうとしたその時、凛の声が飛んできた。


「あ、そうだ。私、財布持ってないよ?」

「……お前、それ、今言うのかよ!」


振り返ると、凛は悪びれる様子もなく肩をすくめた。


「だって、最初から奢るって言ってたし。」

「言ってないだろ!」


抗議する俺を尻目に、凛は「よろしくね」と笑いながら手を振る。仕方なく会計を済ませ、テーブルに戻ると、凛がケラケラと笑っていた。


「ほら、こうやって女の子に奢るのも佐倉さんとの練習になるでしょ?」

「いや、それ、必要ないだろ。」


俺が呆れると、凛はニヤリと笑った。


「どうだかね。意外と役立つかもよ?」


凛の笑顔に振り回されつつ、俺は再び佐倉さんの笑顔を想像し、次の練習に向けて心を引き締めた。

 

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