第14話 黒磯と兼崎

 珪からようやく連絡がきたのは、それから実に二週間後だった。

 春は足早に通り過ぎて、六月ともなれば陽気は夏間近だ。


 春日が昼休みに友人と購買のパンを食べていたところ、ポケットの中でスマホが震えた。

 何の気なしに確認すれば、ラインの通知に「ケイ」と出ている。


「珪!?」


 パンを取り落してしまったが、気にしている余裕はなかった。


〈中図書館〉


 愛想もそっけもない一言だった。


 本日、そこにいる、という連絡だろう。昨日まで病室に強制収容されていたはずなので、やっと動けるようになったのか。


「なになに? 春日クン、とうとう彼女? お前、とうとう青春始めちゃった?」


「シスコン街道爆走中の春日が、ついに妹以外の女に興味を示したか。涙が出る。祝儀代わりに俺のカレーパンを譲ってやろう」


 食べかけのカレーパンを寄越してくる友人の手元から、手を付けていないメロンパンを取り上げて、春日はありがたくいただいた。「なにを!?」という悲鳴は気にしない。


「ちょっと急用。午後抜けるわ。腹痛くて早退って先生に言うといて」


「デートか!?」


「おま、彼女出来た途端にそういうことしちゃうタイプか!?」


 新しいおもちゃを見つけた目で、やおら盛り上がる友人ふたりに、春日は重々しく告げた。


「それが、残念ながら彼女やない」


「ならどうでもいい。どこにでも行け。つまんねー」


「俺のメロンパンを返せ。ぬか喜びさせよって」


 ケッと態度を翻すふたりに、付け加える。


「けど世界一美人でな」


「よし、待て。春日クン。詳しくお話しようじゃないか」


「昨日まで入院しててんけど」


「病弱美少女路線か!?」


「今日やっと外出られるようになったみたいで」


「深窓の令嬢系か!?」


「ちょっと心配すぎるから迎え行ってくる」


「お前彼女出来ると過保護になっちゃうタイプか~!」


 大袈裟なリアクションで騒ぐふたりの友人は、一年のころからの付き合いだ。お互いにすっかり気安い。


「春日の奇特な趣味に理解を示してくれる女など希少種だ。大事にしてやれ」


 しかつめらしく目を閉じてそう言う黒縁眼鏡は、黒磯くろいそあきら


「そーそー。彼氏が毎日痣だらけとか、ふつー女の子、引くぜ? 今日も俺たちの春日クンは男前だしよぉ」


 おちゃらけて手を伸ばし、春日の肩をぐいぐいと押してくる茶髪が、兼崎かねさき健吾けんごだ。


 青く腫れて湿布を貼っている肩を押され、春日は思わず唸る。


「いでででで、触んな」


「怪我しまくるスポーツとか萎えるわー。なんでボクシングとかやっちゃうかね、春日クン」


「兼崎、春日の選んだ道に口出しする権利は俺たちにはない。しかし怪我の多さについては、一考の必要があるとは思う」


「へいへい、そんな満身創痍の俺にジュースも恵んでくれるなんて、お前らほんま優しいな」


「俺のオレンジジュース!」


 春日は兼崎が飲んでいたパックのオレンジジュースを奪い取り、一気に飲み干した。


 怪我の絶えない春日について、父親は学校に対し、ボクシングを習っていると説明した。それを嘘だと見破れるような名探偵が一般の高校にいるはずもなく、春日の怪我の多さは、習っているスポーツの種類故だと理解されている。


 その説明で誤魔化せるのなら、春日にも、余計なことを言うつもりはない。


「こんな春日クンを受け入れてくれた女の子とか絶対女神じゃん? 今度紹介しろ?」


「女神……いやまぁ見た目は天使やけど」


「のろけか!?」


「けど、残念ながら彼女やない」


「謎かけのつもりか!?」


「あっ! わかったぞ!」


 絶対に分かっていない顔で、兼崎が勢いよく手を上げた。


「つまり春日クン、甘酸っぱい片思いだな!?」


「そんじゃ、あとよろしく。あと、戯言の駄賃にこれもろとくな」


「俺のハムロォォォォル!」


 兼崎の手元から、ハムロールパンも取り上げて、春日は教室から飛び出した。



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