エピローグ 私と結と
『ところで銛女』
「なによ駄幽霊」
『お前、さては男だな?』
結の唐突な発言に、私は飲んでいたオレンジジュースを吹き出しそうになり、せき込んだ。
「え、な、なに、茅ヶ崎さんって男の子なの? その……特殊な感じ?」
今日は休日であり、無料チケットが余っているから、ということで茅ヶ崎さんに誘われ、カラオケへ遊びに来ている。私はいつも通り制服だけれど、茅ヶ崎さんは青いワンピースを可愛らしく着こなしていて、私はスタイルの良い彼女を羨ましく思ったりしていたのだけれど、もしかして、ワンピースの下には……
果たして茅ヶ崎さんは、もの凄く嫌そうな顔をして、「誤解を生む言い回しは止めなさい」と、半ば結の言葉が事実であることを認める。
「はあ……全く、時代錯誤も甚だしいわ。あなたみたいな害悪が居るから、性差別は無くならないのよ」
『くくくっ、悪いな。お前がつかさの瞳から私を見い出せるように、私はすこーしだけ、他人より内側が見えるんだ』
結、そんなこと出来たんだ……
知らなかった。
「……正確にはかつて男だった、よ」不承不承といった風に、茅ヶ崎さんは語り出す。「幽霊に取り憑かれた副作用ね。笠間のパーソナルに侵食されている証だわ……」
頭が痛そうに、茅ヶ崎さんは語る。その様子が、なんだか可哀想に見えて……
「ねえ、茅ヶ崎さん」
「……なによ」
「今日だけ男の子の口調で話してくれない?」
「駄目よ」
駄目らしかった。
『お、いいなそれ。私も見たいぜ』
「あなたたちねえ……男だったと言っても、六歳までの話なのよ? 既に女としての人生の方が断然長いわ……全く、慣れるまでにどれだけ労力を割いたと思っているのかしら」
肩を竦める茅ヶ崎さん。それを見て、私と結は目を合わせ――
「なんかえっちだね」
『ああ、ど淫乱だ』
ふたりしてうんうんと頷き合う。
「意味が分からないわ……本当に息ぴったりねえ、あなた達」
「息ぴったり……教えてあげないよっ!」
『ガッ!』
ふふ。
人と人が解り合おうなんて、おこがましい話だったんだ。
「仲が良いにも程があるわね……」やれやれと首を振る。「あなた、分かっているの? 仲良くなればなるほど、別れは辛くなるのよ――後悔しても、その時には遅いのよ」
『…………』
それはきっと、正論だ。
ネットワークの発達によって距離が些細な問題となった現代だけれど、それでも届かないくらい、結は遠い場所に居る。
いつか別れは訪れるもの。けれど――だからこそ。
「私は、後悔しないために生きるんじゃないんだよ、茅ヶ崎さん。後悔が――心残りが沢山あったとしても、それでも良い人生だったと言うために、今を生きるんだ」
「…………」
『ま、そういうことだ』結はけらけら笑う。『こいつは向こう見ずを具現化したような女だ、お前の説教は届かないさ』
「……どうやらそのようね、もういいわ」麦茶を喉に流し込む。「ふう……猫沢さん、電話での話、覚えてる? 今日は相談があって、あなたを呼び出したのよ」
「相談って……ああ、文芸部の話だね」
「ええ。実は今書き進めている小説で、アドバイスを貰いたい部分があって――」
それから私たちは、歌うことも忘れて小説の話に没頭していく。
部長さん、巫女さん、茅ヶ崎さん、結。
そして、私。
私の人生は面白いと、かつて結は私に言った。
ならば次は、それを題材に小説を書いてみようと思った。
私と文芸部。そして、結の物語を。
天使のような、君の物語を――
「なんてね」
私は呟いた。
天使と文芸部 水科若葉 @mizushina
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