あいしてる

美杉。節約令嬢、書籍化進行中

第1話 

 SNSでよく相談に乗ってくれる彼に惹かれていったのは、当然のような流れだった。


 他愛のない会話から、普段誰にも相談できないようなことまで。

 顔が見えず、誰か分からないからこそ、私は自分をさらけ出すことが出来た。


『ねー。いつかオフ会しよーよ』

『いつかなw』


 既婚者でも彼女持ちでもないと教えてはくれたものの、彼のガードは固い。

 まぁ、所詮はSNS。

 そんなに簡単に、見も知らぬ相手に気を許すはずなどないのだろう。


 でも一度自分の中で好きだと自覚してしまうと、もう止めようがなかった。

 メッセージで好きだと言っても、どうせはぐらかされるだけ。


 ん-。どうしたらいいかな。

 とりあえずアピールは大事よね。

 他の女になんて盗られたくないし。


 私はまず周りへのけん制に入った。

 相談だと持ち掛けては、彼への気持ちを周りに告げたのだ。

 いたいけな片思い役を演じれば、大抵の子たちは味方になってくれた。


 もちろん彼は知らない。

 そんな風に外堀を埋められていっているなんて。


『ねねね、クリスマスどーするの?』

『友だちと飲み行くくらいかな』

『男だけで飲むって寂しくないの?』

『そん時はきれーなお姉ちゃんの店にでも行くさ』


 もちろんその場に私はいない。

 私じゃない女と飲むだなんて、客商売でしかなくとも腹が立つ。


 なんで私じゃないんだろう。

 なんで私は彼の隣にいられないのだろう。


 どこまでいっても、片思い。

 このままじゃ、永遠にこの関係から抜け出すことは出来ない。


 どうすることも出来ないから、せめて彼の記憶に残らないと。


 私はすぐさま行動をおこす。

 彼にネットを通してアムギフを送ったのだ。

 するとすぐさま彼から反応が来た。


『ネタで載せてた商品、送ったのかよ』

『ネタだったの? わかんなかったし』

『いや、あの値段からしてネタだろ。金返すよ』

『いーよー。普段お世話になってるから』


 彼に送ったのはスマホだ。

 いつでも彼の身近にあって、一番に自分を感じ取ってくれるもの。

 きっと見るたびに私を思い出すはず。


『いや、でも』

『じゃーさぁ、新品な記念の一番に、電話しよ!』

『なんだそれ』


 そうして一番初めに、新しいスマホに私の名前を刻ませた。

 初めて聞いた彼の声。

 それだけでその日は眠れなかった。


 だけど、だんだんそれだけでは満足しなくなる。

 人というものはどこまでも貪欲だ。

 だから周りを巻き込んでのオフ会を開催して、無理やり彼を連れ出した。


 名ばかりのオフ会に連れ出された彼は可哀そうでもあったが、目的のためなら手段なんて選んではいられなかった。


「はじめまして」

「ふふふ。はじめまして」


 彼は思った通りの人だった。

 私より五つ年上で、どこまでも優しくスマートな人。

 声も良ければ顔もいい。

 だから、もっともっと彼が欲しくなった。


 彼を永遠に一人占めしていたい。

 体の関係でも、なんでもいい。


 私は常に彼の先回りをし、彼を観察し、彼が何を好きで何が欲しくて、どうして欲しいのか。


 常に

 常に

 常に

 常に


 私は常に彼の先回りをして、気の利く女を演じた。

 そう彼が好きな、気が利いて、嫉妬せず、寛大で、自分を肯定してくれる女。


 彼の好みに合うように。

 彼が私をどんな女だって思ってくれているか。

 そこだけに気を配りながら、私は私を作っていった。


 性格も話し方も行動も、全て彼の好みに合うように。


 そうして数年も経つと、私は彼にとって唯一無二の存在となり、隣に寄り添うことが許されていた。


「あ、忘れてってる」


 部屋に残された彼のシャツ。

 私はそれを手に取ると、顔を埋めて大きく鼻から息を吸った。

 彼の匂い。

 

「あ”あ”あ”あ”、いい匂い。彼君の匂い。香水の中にほんのりと汗のにおいがあって、だけどどこまでもさわやかで、落ち着く香り。どうしようどうしよう。これ、匂い飛んじゃうよね。このままだと匂いなくなっちゃうよね。あああ、でもまだ嗅いでいたい。でも匂いなくなったらやだぁぁぁぁぁ」


 私はシャツを綺麗に畳み、ジッパー付きの袋の中にしまい込む。

 そして閉める瞬間、もう一度だけ匂いをかいだ。


 彼は知らない。

 本当の私が彼の望むような人間ではないことなど。

 でもそうね。

 絶対に教えてなんてあげない。

 だって、離さないから。


 彼を完璧に手に入れると、彼を狙うものも、触れようとするものも、私は全部排除した。


 親だって友だちだって、ペットだって。

 どんなものですら、彼に触れようなんて許せなかったから。


 家では良き妻を演じつつ、近所では姑にいびられる可哀そうな嫁を演じ、そして彼の優しさに最大限漬け込んでキチンと彼が家に帰ってくるように仕向けた。


 初めは大変だったけど、彼のためならどんなこともいとわなかった。

 私が買った服、買った靴、車も何もかも。

 私のもので彼を占領出来たから。


 どんなに楽しく輝かしいい日々も、天寿の先に彼はいなくなってしまった。

 一人ぼっちの家は、一秒ごとの彼の気配を消していく。

 それに耐えきれなくなってきた時、私は彼が昔使っていたパソコンを見つけた。


 古いノートパソコン。

 そこには書きかけの小説がある。


「そういえばおじいさん、異世界もの好きだったものね」


 盛大な冒険ファンタジーからの、チートハーレム。

 それはこの世界でなくなった主人公が、異世界へと転生してハーレムを築いていくというものだった。


 ふと考える。

 この主人公は彼なんじゃないかと。

 もしそうなら―—


「逃げられるとでも思ったのかしら」


 私はまた胸が高鳴るのを覚えた。

 逃げたのなら、追いかければいい。

 

 そうね。

 どうせ転生するのなら、彼が好きな金髪碧眼のエルフがいいんじゃないかしら。

 そして彼を見つけたら耳元で囁くの。


「あいしてる、あいしてる、あいしてる、あいしてる。ダメよ、よそ見なんて。他の女なんて見てたら、私……どうするか分からないわ。あいしてるの、そう、永遠にね」


 ってね。

 ふふふ。楽しみ。

 さぁ準備をしなくちゃ。

 もう一度捕まえるための準備を。

 

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