猿の手②

「あのう、出所を探すって、どうやって探すんスか?」

「んー……ま、一旦これの中身読んでからかな」

 

 赤山はそういうと、先ほど女職員から手渡されたファイルを開けた。中には4枚程度のプリント用紙が挟まっていた。どうやら、これを使って辿れという事らしい。

 一枚目のプリント用紙には、猿の手の概要が書いてあった。基本的な情報から、過去にあった事件名までが記載されている。特徴的であるのは、猿の手による現実改変の影響範囲についても書かれていることだった。猿の手は、基本的にはどんな願いも叶える。無論、それは最悪な形で叶うことになるし、猿の手一つにつき叶えられるのは5回まで。そして、どうやら効果範囲にも制限があるらしく、一度の改変が行き届く範囲は半径3キロメートルまで。改変を行った中心地点から遠ざかれば遠ざかるほど、元ある現実の流れに近づくらしい……と言った内容が、一枚目のプリントには印刷されている。

 二枚目のプリントには─赤山は内容を確認して思わず声を上げそうになった─隣にいる後輩、新山ユイについてのプロフィールがあった。あまりの用意周到さに、目をひん剥いて吃驚してやるべきかとも思ったが、それは自分の後輩に迷惑だろう、と結論づけてこれが誰の仕業なのかを考えた。


「(いや、十中八九アイツだ)」


 佐藤マイ─今朝話したばかりの、物品室第4課の女課長。そして、己の同期である奴の仕業だ。もしそうで無いならば、第三者による悪意ある仕業か、それとも何か伝えたい意図でもあるのだろう。

 新山ユイ。21歳で2057年生まれ。今年で19と14になる2人の弟がおり、母親との4人で暮らしている。父親は7年前の動乱に巻き込まれ死亡。

 7年前の動乱─その文字を見た途端、首がきつく締め付けられるような感覚を覚えた。あるカルト集団が起こした武力政変─ただ単に動乱と呼ばれているそれは、あまりに多くの犠牲者を出した。今でも、あの日の情景を覚えている。よく晴れた日だった。京都で遂に決起したカルト集団を鎮圧するため、当時新人だった己は駆り出されたのだった。それで、ああ、愚かな俺は──いや、考えまい。何も思い出すまい。最早全ては過ぎ去ったのだから。

 忌むべき記憶から逃げるように、三、四枚目のプリントを目にした。三枚目は近頃各地で原因不明の爆発が起こっていること。何か関係があるかもしれないとの事らしい。四枚目は個人装備に関することだった。

 異常物品収集管理室─略して物品室─は、物品回収にあたり不測の事態に対応する為の個人装備を着用するよう義務付けられている。代表例としては一見ただのスーツに見える防護服、それに隠されるように装着されるベルトに付属した各種器具と、個々人の用いる武器などが挙げられる。

 そして、四枚目のプリントに書かれていたのは、後輩─新山ユイの個人装備使用歴についてだ。


「後輩ちゃん、個人装備一回も使った事ないの?」

「そうッス。一応研修とかの時には、練習で使ったんスけど実戦は……」

「ま、この職死亡率高いからねー……出来ることなら、使い慣れたほうがいいけど。それは追々やればいいか」


 物品室に限らず、異常存在交渉管理室─こちらは存在室と略される─もそうだが、基本的にこれら異常物品及び存在に対応する職業は、死亡率が高い。何故ならそれは、正に相対するモノが異常極まれりと言ったモノばかりだからである。多くは現実改変能力を持ち、それが特に強力になれば、現実固着釘や個人装備の改変防御で耐えられなくなる。攻撃的な現実改変であれば、ただの一撃で存在そのものがなかった事になる事も多い。


「世知がらーい世の中ですわい、全く」

「でも、なんで現実改変が行われたって分かるんスか?」


 新山が疑問に思ったのは、正にそれだった。現実改変が行われると言うことは、その人物全ての記録が消え、存在が消えるのならば、誰もその人物を忘れるはずだ。であるなら、そもそも現実改変に気づくことなど出来はしないのでは無いか。


「範囲があるのさ」


 現実改変が発生した中心地から離れれば離れるほど、元ある現実に周りの空間は近づく。つまり、この様な人間1人が消えるケースでは、離れれば離れるほど、消えたはずの人物Aという人間が浮き出るのだ。そして、範囲を完全に脱出し、人物Aの記録を見た時、人物Aを忘れた者は再び人物Aを知る事になる。


「そーゆー事例が一杯あったんだよねー」

「そうなんスか……じゃあ、今回の猿の手も……?」

「いいや、猿の手自体は無害だ。『押したら死ぬボタン』くらいにね。でも、使い手によっては─半径3キロメートルに限って、何よりも強い武器になりうる」


 20回にわたる現実改変で、現実固着釘を破壊出来ない程度ではある。だが、確実に固着釘の耐久性を削ることは出来るのだ。危険である事に変わりはあるまい。


「でも、結局どこを探すんスか? 心当たりなんてあるわけも……」

「だね。ただ、このプリントに─」


 そう言って、赤山はファイルに載った紙束から、三枚目のプリントを取り出した。


「─あぁ、有った有った、これ。猿の手が発見された場所。全部今いるこの地区で見つかってる。犯人の意図は分かんないけど─もしかしたら、本当に固着釘の耐久テストかもよ?」

「じゃあ……! また、この地区で猿の手が使われるかもって事じゃ……!」

「たぶんね。しかも、近頃発生した原因不明の爆発がどうも固着釘に近いところで起こってる。固着釘から3キロ以内の防犯カメラでも見てみよっか」


 そうと決まれば早速行動開始! 元気よくそう言うと、新山もそれに続いて返事をする。昔を思い出すな、と感じながら、赤山は車を走り出させた。

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異常物品収集管理室 名無し卿 @kai569

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