猿の手①

 『猿の手』とは一言で言ってしまうならば、最悪な形で願いを叶える魔法のアイテムだ。かつて金銭を願ったという老夫婦は、その息子の死によって金銭を得た、という霰もない噂から、その存在は確立したと推測されている。

 ここ数日、赤山はこの猿の手の回収作業に当たっていた。本来、異常性を持った物品は二つとないことが基本であるにも関わらず、彼に舞い込んできた猿の手の案件は5件。正しく異常と言って差し支えのない数である。

 

「そんな物が、そう何個もあるもんなんスか?」


 隣の新山が、大層不思議そうな声音でそう問うたのを聞いて、赤山は一度口を噤んだ。それから一度小さく溜息をついて、首を横に振った。


「いいや。基本はあり得ない。複数個見つかるにしろ、元から異常物品だとわかっているアイテムが、こうも数日間でそうポンポン見つかることはない……まぁ、十中八九裏に何かあるんだろうね」


 新たに発見され、回収リストに追加されたアイテムが、短期的に多数発見されることはある。だが元からリストに記載されているものが短期的なスパンで発見されるような事は極々稀である。

 社用車のハンドルを握り、幾ばくかの思索に耽っている赤山を見て、新山もまた考えを巡らせる。とはいえ、それは猿の手に関する話ではなく、隣にいる己の教育担当についてだった。


「(不思議な人だなぁ)」


 先刻、地下駐車場で出会ったときにはへらへら笑っていて、ほんのちょっぴりだけれど、悪い印象を抱いた(つまり知らぬうちに赤山の意図は伝わっていなかったのだ)のに、今自分に諸々説明してくれたこの人は、仕事人というかできる男というか――真面目に仕事をこなす人の顔に見えた。

 まぁやる時はやる人なんだろう、新山がそう結論付けた時にはもう会話が途絶えていた。この人が黙るなんて想像できないなとうっすら思った新山は、そろっと彼の顔を覗き込もうとして、車にブレーキがかかった。


「ふぎゅ!」

「ん? あっ……ごめん」


 運動エネルギーがいきなり抑制された車に乗っていた新山は、若干弱まった勢いをそのままに、助手席のグローブボックスに顔面から衝突した。ブレーキをかけることを知らされておらぬのだから当然である。

 「い、いえ……」新山は鼻頭に手を当てながら、困った顔で赤山の顔を覗き込んだ。彼は、えらく申し訳なさそうに、おどおどしていた。たぶん、降りるぞとかなんとか、話を続けていいものか迷っているのだろう。やがて少しして、彼は意を決したように口を開いた。


「降りよう」

「ウス!」


 出来るだけ心配させないようにせねばならぬ、と新山は意気込んだ姿を取り繕って、車から降りて赤山の後を追う。

 降りた場所は薄暗い裏路地で、ジメジメとしていた。ビルとビルに挟まれていて、太陽光が届かぬから、こういった場所は犯罪の温床になりやすい。何故わざわざここに来たのか新山には理解できなかった。

 しばらく歩くと、何やらそう大きくない話し声が聞こえてきた。先を見ると、何やら黄色い規制線が張られていた。如何やら中に人がいるらしい―と考えていると、赤山が誰かと話し始めた。黒いスーツと黒ネクタイ……似た所属だろうか?


「物品室四課だ。状況は?」

「見つかった猿の手は4つ。そのどれも、5回使用済みだそうよ」

「5回……? 現実固着釘は?」

「反応を示しているわ。見れば、この地区の固着釘は最近20回の起動が確認された……数字は合うわね」


 現実固着釘の起動回数が20回、というのは中々な問題だった。そして、それがどのように問題なのかを語るには、まず現実固着釘が何たるかを知らねばならぬ。

 異常物品・存在の中には、現実改変能力を有するモノが多くある。使用者、あるいは対象の願い通りに現実を捻じ曲げてしまう。要は元ある流れを無理やり捻じ曲げているわけで、勿論他者への影響は計り知れない。そして、その現実改変を防ぐのが現実固着釘の役割であり、そのため現実固着釘は等間隔に、日本中に建ってある。(おおよそ20メートルの高さと、半径5メートルの幅があるので、正しく『建つ』訳だ)

 そして、その20に渡る起動回数の何が問題であるのか。いくら固着釘と言えど完全ではない。現実改変の影響を大きく受ければ壊れるし、耐久性というものがある。


「20回とは………またまた、大きく出たな」

「犯人は固着釘の耐久性能テストでもしてるのかしらね」

「かもな。出所は?」

「不明よ。あなた達にはそれを探ってほしいの。如何せん、3課も動かせる人員が多いわけじゃないしね」


 眼前に立つ彼女はそういうと、真っ黒ずくめのファイルを一つ手渡した。それが己の休暇へ至る切符になるよう願いながら、赤山はそれを受け取った。

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