第8話 ミキのお願いを達成した
店内の椅子にちょこんと座っている小さなミキに近づいた。彼女は言った。
「あ…ご主人様……」
「標的を殺したら……何でもしてくれるんだったよな?」
「ん…」
そうしてロープを渡してくる。
「これで…絞殺してほしい」
ミキは真剣な表情でそれを言う。
「絞殺か……分かった。…ところで、標的って誰なんだ?」
「…父親を殺してほしい」
「…父親を?」
「…そうだよ…」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。
…自分の肉親を殺害してほしいというのは、なんというかただ事じゃないと思った。
「…何があったんだ?」
「…ギャンブル依存症」
「ギャンブル依存症…」
「…それで借金作りまくり、挙げ句の果てに暴力までふるって家庭崩壊させた……お母さんは借金を返そうと働いたりアタシをかばって暴力を受けたりして…さぁ…。元々…お母さんは体が弱かったから…どんどん具合も悪くなって……ついには病院で息を引き取ったんだよ…」
「そんなことが…あったのか」
「だから…殺してほしいんだよ…絶対に絶対に絶対に…!!」
「そうか。分かった。ミキがいいならそれでいい」
当事者が納得してるんなら俺から言うことは何もなかった。
「ちなみにだが、父親とは別に暮らしてるのか?」
「そりゃそうだよ…。何されるか分からないし…。今はね、お母さんの姉……伯母さんの家に住んでるの」
「…そうなんだな」
いつから別離を始めたのかは分からないが… もはや他人のような関係になってるのかもしれない。
「…それで…俺はどこへ行けばいい…? 教えてくれ……」
「……ここだよ」
地図帳を持ってきて…指で指し示していく。
「ここは……銀座四丁目……?」
「うん」
そこは…ちょうど銀座の中央に…位置しているような場所であった。
「…よく夜遊びしてるんだよ。そこで。夜の8時頃にね」
「つまり…夜の8時頃にそこへ行き、見つけ出して殺せばいいわけだな?」
「そ…」
こうして俺たちは……夜になるまで待ち、太陽が沈んだあたりで…店の外へと出た。
…目的地のほうへ歩を進めて、アスファルトの上を歩いていく。
…隣にいるミキの…茶髪のポニーテールが、風で揺れていて。
「なあ」
「ん?」
「メイド服のままで来るみたいだが、いいのか?」
「大丈夫だってー」
そんな のうてんきな会話をしながら、やがて俺たちは…地下鉄である銀座線へと乗り込んでいった。
なぜなら銀座四丁目とは、まさにその沿線区域に当たる場所だったから…である。
「ねぇ…」
「何だ…?」
…ゴトンゴトンと揺れる地下鉄車両の中で。視線先のドアの外は真っ暗な中で、隣に座ってるミキが…話しかけてくる。
「やっぱさ。この時間って、人って多いって感じる?」
「あぁ」
「何でだろうね」
「そりゃ…会社や学校から帰る時間、ってのもあるけど、今から外に遊びに行く人間も多いのかもしれないよな」
「確かにね。…じゃさ、朝と比べたらどう感じる? 混んでる?」
「まぁ、朝の時間帯と比べたら、多少はマシかもしれんけど」
「そっか。よかったね~」
今から殺しにいくとはとても思えない会話。
…そうしてるうちに…目的地である…銀座駅に 着いたのだった。…俺とミキは…車両を降りた。
…そしてしばらく構内を歩いてると…改札口が見えて。
「あれは……」
「銀座四丁目方面改札だね。あれを抜けて、近くの階段を上がったら…」
「…すぐってわけか」
「ん。……アタシの父親も。ここを通って…銀座の街に来てるの…」
「…ミキの父親も、ここを…」
そうして俺たちは改札を抜けて、そのまま地上に出ようとした……が。
その前に俺は背中を壁に預けて立ち止まる。
「どしたの?」
「いや、その……」
俺は、立ちどまった理由を話すことにした…。
「夜の銀座ってさ…。人通りが多いよな…」
「ん」
「だから、見失ったらいけないと思って…」
「…構内で殺すってこと?」
「あぁ」
人通りの多い外に出られる前に、この地下鉄構内で殺害しようと思った。
「うん。いいんじゃない? そのほうが確実だと思うし。……もうすぐ…だね」
もうすぐ…… その言葉を聞き、俺はふいにスマホを取り出し、時刻を確認する。今は…20時2分だった。
…まさにミキの言っていた、父親が来るという夜の8時頃の時間となっていて。
もうすぐ来るのか。……もうすぐ来るのか…… 俺の心臓がバクバク鳴り始めた。
「あ、ちなみにだけどね。アタシの父親……丸ノ内線でここに来てんの。一応、言っとくよ」
「……そうか。丸ノ内線で……」
…この銀座駅っていうのは、銀座線だけではなく、同じく地下鉄である丸ノ内線ともつながっている。
「方面は…どっち…?」
「
…ミキの言葉を聞き、俺はすぐさま時刻表をスマホで調べる。
男がいつ銀座駅に到着するか、詳細な時刻を頭に入れようとした……俺の心の準備のためにも……
すると……表示された時刻表には……20時台だと5分ずつの間隔で来てるってのが分かった…
「…20時ちょうどを起点としてるから…到着時刻が分かりやすい…。20時00分の次は20時5分、その次は20時10分、その次は20時15分…ってな感じか…」
「…ね…分かりやすいよね……」
そんな会話をしてるうちに 20時5分になる。
…客のかたまりが通り過ぎていく。
「ミキの父親は…どこに…?」
「今の集団の中にはいなかったよ」
「そうか…」
そうして、やがて20時10分になった。
「ミキの父親は…どこに…?」
「まだ…だね」
「そう…か」
「ま、来たら教えてあげるから。安心してよ」
「あ、あぁ。頼む…」
そうして、やがて20時15分になった。…客のかたまりが通り過ぎていく。…ミキは声を上げない。
どうやら今の集団の中にもいなかったらしい。…俺はスマホを見る。…20時17分。
時間が1分1分と過ぎていく中で、俺の動悸は激しくなっていく。…そろそろか? そろそろか??
緊張の中、時の流れがスローモーションに感じられる。…20時20分。依然としてミキは声を上げず。
…まだか。まだ来ない…のか… 気づけば心臓の音が耳にまで聞こえていた。
そして。20時25分を過ぎたとき、だった。
「あの男……!」
ついに…そのときがやってきた。
明らかに声色の違うミキのそれに、俺は反応せざるをえなかった。
俺は、ミキが人差し指で指していた方向を…まじまじと見ていく。そこには…――
「…あの迷彩柄の男か?」
「そうだよ…」
迷彩柄の服を着て…ニヤニヤとしている男がいた。
その表情が…やけに印象的で。今からする銀座での夜遊びに想いをはせているのかもしれない。
俺は白い手袋を両手にはめ、カバンからロープを取り出し…男が改札を抜けたところで背中に接近した。
そして男が地上に出ようと階段を上ろうとしたとき、張っていたロープをすぐさま背後から首にかけた。
鮮やかすぎる動きに自分でもびっくりしたくらいだった。
「……?」
首に何かが当たった感触が分かったのか、男は振り向こうとした。それをされる前に、俺は一瞬の隙で、両手を反対方向に一気に引っ張った――
「あ゛あ゛…ッ!!」
途端、息をしぼりとるような声が聞こえ、男はすぐさまロープに手をかけた。
一瞬、俺の手と当たった。嗚呼……よかった……こういうときのために俺は手袋をしていたんだよなぁ… 俺の指紋とか、痕跡は残したくないからなあ…警察には捕まりたくないんで……
そう思いながら本気で引っ張っていると、糸が切れたように男は崩れ落ちた。
「うわあァああア!?」
近くから客の悲鳴が上がる。そりゃそうだよな…こんな光景を見たら…。
そこで俺は、先ほどバカバカしいことを考えてたことに気づく。…何が、指紋とか痕跡を残したくない、だ。
そもそもの話、こうやって俺の顔や姿を見られてしまってるんじゃ、元もこうもないだろう…と。
俺の人相は目撃者によって警察に情報提供され、俺はやがて捕まってしまうのではないか…?? 一刻も早く逃げなければと思ったが、その前に俺は、男をもう一度見ることにした。…すでに物のように動かなくなっている。体勢は仰向けになっており、瞳孔が開いてるのも確認できた。
どう見ても、死んでいるのが分かった。
「殺した…」
そこで俺が抱いた感想は。
なんて、あまりにもあっけないのか、だった。
なぜなら昨日の刺殺とは勝手が違い過ぎたからだ!!!
包丁で刺すたびに身体から血が飛び出し、そんな反応を間近で見ていると、自分はまさに殺している最中でいるのだ、と実感できた。
ところが……この絞殺は……何だ……?
男の反応もろくに見れないまま、この男は冷たくなってしまった。あじけなかった。一瞬で終わってしまった。空虚だった。…そんなことを考えてる場合じゃない。俺は…どうすれば?と思っていた、ときだった。横にはミキがいて。
「お疲れ…ご主人様」
笑顔で俺に手を差し出すミキ。
満足をした表情…そんな可愛いミキの手を取って、俺たちは階段を上っていく。
…そこは夢のような世界。きらびやかな世界。繁華街として知られる銀座の街が広がっていて。
…人通りの多い夜の街を、にぎやかで楽しげな空間を、俺はミキと手をつないで歩いていく。ゆっくりと。
夜風に揺れるミキのポニーテールが印象的だった。
…ちょっと待て…俺たちは何をやってるんだ??
つい先ほど、自分が殺人に手を染めたことを忘れそうになる。
こんな場所を悠長に歩いてる場合なのか?? 早く逃げないと警察に…
「なぁ…ミキ…」
「ん?」
「一体…どこへ連れていこうとしてるんだ?」
「別に…どこというわけじゃないけど。…いいじゃん別に。夜の街を歩いても」
そりゃ、だめというわけではないが。殺人を犯した後に、その犯行現場の近くでゆっくり悠長に歩くというのは、普通ではない気はした。
…何だこれは。デートしているのか?
……つないでいるミキの手に温かさを感じながら、俺たちは近くにある交差点…銀座四丁目交差点に出くわしていて。
「この場所は……」
銀座を代表する景観を呈している場所…で…周囲には近代的な建物が…集まっている… やがて信号が青になり、俺とミキは広い広い広い横断歩道を手をつないで歩いていく。
…その道中、ふと顔を見上げると。交差点の視線の先には銀座のランドマークである時計台が見える。
時刻…は…午後の8時40分を指し示していて。
そのときだった。
時計台の針が 高速で反時計回りに動き始めた。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
「え?」
俺は、ミキとつないでいないほうの左手で、ごしごしと目をこすった。
すると。何事もなかったように…ただただ時計は 先ほどと同じ8時40分を指し示している。
? さっき、針が反時計回りに高速で動いてた気がしたんだが… 単なる俺の気のせい…??
…俺は…疲れているのか…
「ご主人様…大丈夫…?」
心配する声に耳を傾けると、俺は横断歩道の真ん中でボーっと立ち止まっていたことに気づいた。
「あ、あぁ…大丈夫だ…」
とりあえず俺たちは…信号が赤になる前に、向こう側へと渡り終えて。
「ねぇ」
そのとき、ミキが言葉を続けた。
「言いたいこと…あるんでしょ? …言ってよ」
……ふいに俺は、ミキと触れている手へと意識を向けた。温かく…
小柄なミキの手は小さかった。
……ミキは、俺のことを…静かに見つめる。
…ミキは今、何を考えてるのだろうか。
俺が殺しの対価に何を要求しようとしてるのか勘づいているのだろうか…?
「俺…落ち着いた場所でしたい」
「…ご主人様…」
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