第2話 嘘の続き
剣と魔法が栄えるホーニン王国。その中の、何でもない山奥にその人間はいた。
彼の名はオウマ。無造作にくくった暗い紫の髪を持つ少年である。彼は今、魔法の習得をしているのだった。
「ファイア」
そう唱えた瞬間、周囲の木々は炎に包まれた。パチパチなんて音をたてる間もなく、塵になった緑は、再生不可能としか見えなかった。だが、再び生命を吹き返す者がいた。
「あっー!?何やってんだ!オウマ!」
黒髪を無理くり金色にした青年が大声をあげてオウマに近づく。
「リフレイン!」
寂しくなった山が、魔法一つで元の緑豊かな姿に戻る。それを見て青年はホッとひと息つくとオウマへ言う。
「あのなぁ、今のは火力が強すぎるぞ!」
「?悪いか?」
「悪いよ!危ねえだろ?というかセシスに叱られちまう。」
「だが、強くなれと言ったのはユーリヤだろう?われでは、」
「ぼく!」
「ぼ、ぼくではない。」
一人称を訂正した青年、ユーリヤはやや得意げな表情をしたオウマを抱えて歩き出す。
「む。離せ。これでは幼子のようだ。」
「駄目だ!さっきの罰だ!駄々こねるならオウマを赤ちゃんとして扱うからな!」
「駄々をこねた覚えはない。それに、赤子として扱うとはどうするのだ?食事をミルクにでもするのか?」
「いいや!赤ちゃん言葉で接する!それが嫌なら抵抗はやめなちゃい!」
「それはお前に対する罰になるだろう…」
「ほら、大人しく帰りまちゅよ!」
「やめてくれ、恥ずかしい。」
どちらが子供か分からぬ状態のまま2人は住まいとしている小屋へと向かった。
魔王を討伐したあの日。正確には、討伐したと嘘を言ったあの日から数年がたった。
ユーリヤ達、勇者一行はあくまで魔王討伐を掲げて行動していた。そのため目的がなくなれば各々、好きなように生きるのだ。
とはいっても、仲間は仲間。偶に集まって近況を駄弁ることはある。
勇者と聖女はというとあの日、記憶と力を封印して人間にした魔王と共に暮らすことになった。魔王の名はオウマ。
目覚めたオウマは記憶がないことに疑問を抱いていたが、それは魔物のせいだと2人は嘘をついた。2つ目の嘘だ。
2人は嘘をつき続けてオウマと接した。セシスは変わらず、オウマが平和を脅かすようなら手をくだそうとしている。
ユーリヤとしては、それは何としても止めたい。そのため、オウマには物騒すぎる考えや感性を持たないようにしてもらいたいのだ。
対策として、まずは口調を変えようとした。だが、筋金入りのそれは残念ながら直ることはなかった。
ならば、一人称はどうかと考えた。「我」なんて尊大な人称は、流石に魔王以外ならば国のトップぐらいしか似つかわしくないだろう。
こちらは成果が出ており、偶に「我」と言ってしまうが、ほとんどは「僕」と言っている。
ユーリヤが成果をしみじみと実感していると小屋に着いた。
「お帰りなさい、2人とも。」
「ただいま。ほら、オウマも」
「……ただいま。」
「何照れてんだよー。まだ慣れないのか?」
「……。ユーリヤこそ、赤ちゃん言葉は辞めたのか?」
「はははっ!照れてるんでちゅねー。」
「や、やめろ!鬱陶しい!」
ただいま、という慣れない単語と感覚に違和感と恥ずかしさを覚えるオウマをユーリヤが茶化す。傍から見ればみっともないことこの上ない。
「そういう特殊なプレイはひと目に隠れてして楽しんでください。」
「楽しむ!?楽しんでるのはユーリヤだけだろう!?僕が楽しんでると!?」
「またまたー。恥ずかしがり屋なんでちゅからー。」
「ユーリヤ!黙ってくれ!焼いてしまうぞ!?」
ジタバタと暴れるオウマ。つい、物騒な言葉が出てしまう。先程まで魔法の訓練をしていたのだ。無理はない。だが、不幸にもこの言葉はセシスの耳に入ってしまった。
「……そういえばオウマ。一瞬、森全体が焦げたような気がしたのですが。貴方、まさか」
「まっさかー!オウマはそんなことする奴じゃねぇよ!なっ!」
「あ、あぁ。僕は強いが、そんなことはしない。」
「………。そうですか。ならいいんです。夕食にしましょうか。」
一気に冷や汗をかいたユーリヤ。間一髪だ。もしオウマが森を焼き尽くすほどの凶暴な人間だと思われたら、セシスは彼を殺すだろう。
「ばかっ、だから威力は抑えろって言っただろ?」
「だ、だが僕から才が溢れてるんだ。仕方ないだろう?」
「すげぇのは分かったけど、ちっと抑えろ!」
正直な所、オウマはあれほど魔法が使いこなせれば褒められると思っていたのだが、予想通りとはいかず残念な気持ちであった。
それはそれとして、セシスから頭の治療という名の制裁や圧を受けるのは怖いが。
そんなふうに、セシスの後ろにて、小声で話し合う2人であった。
「おっ!良かったな!夕食はお前の好きなスープだ!」
食卓に並んだ物を見てユーリヤは言う。そこには、スープとパンそして5品ほどのバランスが良い食べ物が小分けにしてあった。
「……まぁ、魔法訓練の褒美だと思えば当然だろう。」
「魔法訓練の褒美にするなら今日はお預けになりますよ、オウマ?」
「……。普通に頂きます。」
「ふふっ。そうですか。」
好物は素直に貰いたいオウマ。不慣れな敬語を駆使してスープを死守した。
「「「いただきます」」」
3人で声を合わせて食事をとる。その光景は普通の家族のようであり、微笑ましさもあった。が、イレギュラーが一つ。ユーリヤの手を止めていた。
「?どうしたんだ?ユーリ、あっ、」
不思議に思ったオウマはユーリヤの方を向き、彼の手が止まっていた理由に気づく。
そう、ユーリヤの目線の先には彼の嫌いな野菜が入っていたのだ。好き嫌いなど、と言われようとも、嫌いなものは嫌いなユーリヤ。
何せ、この野菜は苦くて苦くて仕方がない。健康に良いとは言うが、健康なものはきまってあまり美味しくないのだ。
そんな偏った持論を展開しつつ、固まるユーリヤにセシスも気付いたようであった。
「ユーリヤ?食べないのですか?」
「へっ!?あー、食うけど、まぁ、後でで良いかなぁって。」
「野菜は鮮度が命ですから、偶にはすぐ食べてもいいんじゃないですか?」
「え、いやぁ、でもなぁ、」
適当に受け答えをしつつ、オウマにアイコンタクトで助けを求めるユーリヤ。情けないことこの上ない。本当に。
オウマというと、好物のスープに夢中であった。器を最大限まで傾けて幸せそうにスープを飲んでいた。
助けを期待できないユーリヤ。仕方がない。ここは、戦略的撤退をはかるしかない。
「あっ、何か気分悪いかも、」
「…そうですか。どこが悪いんですか?頭ですか?」
「あ、頭じゃねぇから、腕降ろして!?荒治療しないで!?」
「ならどこですか?」
「えっと、腹かな?だから、飯食えないかも、」
「問題ありませんよ。この野菜は胃に優しいので。」
「え、でも」
「さぁ、治療してあげます。これを食べればお腹も回復するでしょう。」
ユーリヤの持つフォークを取っていたセシス。野菜を刺して、ユーリヤの口に勢いよく突っ込んだ。
「ごっ!?」
「…流石に危ないんじゃないか。」
「問題ありませんよ。どの程度で人体に傷がつくかどうかは熟知しています。それに、これは治療ですよ、治療。」
スープを平らげたオウマは口を挟んだが、セシスは変わらず暴論ともいえる考えを披露していた。どうやら彼女の中では暴力も食事も治療行為の一環らしい。
ユーリヤを憐れみつつも、自身も治療されないようにするため、オウマは黙々と食事を取ることにした。
3人が暮らす森の中、今日もオウマとユーリヤは訓練をしていた。
「よーし!今日は剣術を教えるぞ!お前もこれが出来たら傭兵だ!」
「傭兵とは何をするんだ?」
「王国内にいっぱいあるギルドから依頼受けて金もらうんだよ!」
「成る程…。」
杜撰な説明だがどうやらオウマは納得してしまったようだ。本来なら、もう少し詳しく言っても良いはずだが。
「それじゃあ、剣を構えろ!」
ユーリヤの声と共に、オウマは剣を持つ。
「今日は十文字斬りってのを教え、」
「それなら出来る。」
「まじか!?」
「あぁ。」
そう言ってオウマは木に向かって剣を縦と横に振る。確かに、形はしっかり成っていた。しかし、少年の体故か威力はユーリヤほどではない。
とは言っても、ユーリヤは勇者だったのだ。比べるのは違うだろう。
「早いな…。これでお前も傭兵かぁ。偶には連絡しろよ、寂しいし。」
「?傭兵と言っても家が変わる訳じゃないだろう?」
「え?そうなの?」
「?そうだが?」
働きにでたいというオウマの気持ちを汲んで、淋しさと共に送り出そうという気持ちであった。しかし、彼はそうでないらしい。
「お、俺てっきり、オウマは一人で暮らすもんだと、」
「悪いが僕は寝床が変わると寝付けない。だから、家をそうやすやすと変えるつもりもない。」
「へー。つまりは俺達が大好きってこと?」
「なっ!?馬鹿を言うな!話を聞いてなかったのか!?僕は寝床が変わると、」
「分かった、分かった。俺も大ちゅきでちゅよー。」
「気色悪い!その言葉遣いはやめろ!」
照れ隠しを見せつつも、オウマは2人がいる家から離れようという考えは全くもってなかった。
そんな気持ちでずっと過ごせると考えていた。その時が来るまでは。
オウマにとって、何でもない日になるはずであった。ユーリヤと訓練をして、家に帰って、セシスのご飯を食べて、寝る。これで、いつもなら1日は終わりだ。
今日は、違ってしまった。訓練を終えて帰る途中に異変は起きた。
激しい頭痛が、オウマにやってきたのだ。
「ぐっ、」
「オ、オウマ!?どうしたんだ!大丈夫か!?」
「あ、あぁ。だい、じょう、」
「大丈夫じゃないなこれ!待ってろ!直ぐにセシスのとこ連れてく!」
しゃがみ込んで苦しむオウマを抱えてユーリヤは走る。彼のトップスピードであればセシスのいる小屋はすぐだ。
ユーリヤの背にのって、揺られる。その僅かな振動は記憶をも揺さぶる。頭痛によって、微かに蘇った記憶は鮮明になっていく。
そうだ、僕は、我は、魔王だ。人間ではない。何故こんな状態になっているかは知らない。だが、知っていることは増えた。嫌なことも。
僕をおぶっている男は勇者であり、小屋に居るのは聖女だ。魔王の敵だ。彼等は平和を愛している。だから魔物やまして、魔王とは相容れない。
彼らはきっと夢にも思っていないだろう。魔物から助けた少年が魔王だなんて。もちろん、願ってはいた。勇者の好き勝手とやらを近くで見たいと。おそらく、叶わないだろうが。
自分が魔王だとしられてしまえば、2人とは二度と食卓を囲むことは出来ない。それは嫌だ。
だから、嘘をつくことにした。
魔王でなくただのオウマとして。
何も知らないただの子供として。
嘘つき勇者ども とんぼ。 @tnb2525
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