第4話 呪いの真相

「ほんとありがとね見つけてくれて! インスタのアカウントだっけ?」

「そう! プロフィールはシンプルだったけど、その中に『異性の好みが少々変わっています』的な一文があったの!」

 彩乃は見つけたばかりである例のインスタアカウントを照と二人、自宅で確認し合っていた。

「にしてもこの人が海外在住とはなぁ、迂闊うかつだったよ」

「もしかしたらと思って横文字で調べてみたの。そこまでありふれた名前でもなかったから、総当たり作戦でいけちゃった!」

 その同士は現在アメリカ在住、名前を真柄まがら 啓太けいたと言った。


「昔の記事で見た顔写真と、今の自撮り画像とを見比べてみても、間違いなく同一人物だな……っと」

「だね。でも異性の好みが変わってるって書いてるなら、やっぱり偶数病も治ってないのかな……」

「だよなあ……」


 二人が真柄のような存在を必死になって探したのも、『もしかしたら今は偶数病が治って普通に暮らしているのではないか』という希望があったからなのだ。なので今はその希望も儚く潰えたという事になる。

 ただし、悪い事ばかりでもなかったようで。


「でもさ、既婚者なのは私達にとってかなりポジティブな要素じゃない?」

「そうだよ!偶数病にかかっていながらも、特定のパートナーと無事添い遂げてる訳だし!」

 真柄のインスタアカウントには、彼のワイフと二人して幸せそうな表情で佇んでいる写真が数多く掲載されていたのだ。

「ま、とにかく話を聞いてみようよ!」

「だな、メッセージ送ろうか!」


 真柄氏のアカウントへ軽い挨拶を添えたのち「あなたの『変わった異性の好み』について書かれたネットの記事を見ました。僕はあなたと同じ病にかかる者です。どうか近いうちに、ネット通話等で話す機会をもうける事はできませんか?」とメッセージを送る照。

 そしてしばらく間をおいて、了承の返事が来た。照はそこから約束の日時等を追加でやりとりする。


「よし……これでオーケー! あとは当日を待つだけだ」

「いや~楽しみだね! どんな事話してくれるのかなぁ~」

 こうして、照と彩乃は偶数病を持つもう一人の存在と、モニター越しとは言え対談の約束を取りつける事に成功したのだった。



 照と真柄がメッセージを交わしてから3日後。ついに念願の瞬間がやってきた。

「初めまして、真柄啓太です。本日はよろしくお願いします、と言ってもそんなに長くは話せないけど……」

 人当たりのよさそうな口調で、アメリカからモニター越しに初対面の挨拶をする真柄。照と彩乃の二人も丁寧に挨拶を返した。


 この時、『いよいよ照と同じ境遇を持った人と直接話ができる!』と彩乃は少々、いやかなり興奮気味だった。しかし一方で……

(もしかしたら今日この人から、 偶数病についての上手い付き合い方を学べるかも。でも逆に、もし今日ここで何の成果も得られなかったら……)

 この上ない好機が不意になる事を、彼女は恐れていた。


 対談が始まると、初めに照が問う。

「まず例の病気なんですが、やっぱり真柄さんは今もかかったままなんですよね?」

「病気……そうだね。僕は呪いと呼んでいるけど、治ってはいない」

「やっぱりそうですよね……」

「そういえば、奥さんとはいつからお付き合いされているんですか?」

 彩乃が続けてこのような質問を投げかけた。


「嫁さんとは長い付き合いだよ。18歳のときからずっと一緒だし」

「おおっ、素敵!」

「本当に真柄さんは俺達の理想のような存在です!」

「ありがとう! そもそもかつての僕がこの呪いを記事にしてもらったのは、『自分と同じような境遇の人を探し当てるため』って事は知ってるよね?」

「……いえ、すみません」

 照が申し訳なさそうに答えた。彩乃もそれに続く。

「私も分からないです」

「あれ、そうかごめんね。この呪いは僕の周りではそれなりに有名でね。ある日僕の噂を嗅ぎつけたらしい記者が取材にやって来たんだけど、『もしかしたら同じ呪いにかかっている人が連絡をくれるかもしれない』と思って取材を受けたんだ。あまりにも現実離れした内容のせいか、僕が期待したほど拡散はされなかったけどね」

「普通はジョークと思いますよね。自分も彼女に信じてもらえるとは思ってませんでしたから」

「私も、彼の尋常じゃない態度を見てようやく信じました」

「普通はそうだよね、僕も幾度となくホラ吹き扱いされてきた。しかも結局、呪われし者が連絡をくれる事はそれこそ照君以外にいなかったんだけど」

「そうですか……」

 照が気の毒そうに相槌を打つ。


「ただ呪いをフックに、僕へ話しかけてくる人が増えたおかげで友人は増えたよ。そしてその中の一人が、今の嫁さんなわけ」

「なるほどぉ、そういった経緯でしたか!」

 彩乃が目を輝かせて相槌を打った。彼女は元々他のカップルの馴れ初めを聞くのが三度の飯と同じくらい大好きだったのである。


「それで、今日は呪いに関するアドバイスが聞きたいんだっけ?」

「そうです、先行き不安な俺達を導いてもらえればと……」

「いや僕も大した助言はできない……そうだ、その前に僕からも君達へ一つだけ質問いいかな?そもそも同じ呪いの所有者に会ったのは、僕としてもおんなじ立場だしさ」

「もちろんです!」

「ありがとう。それで、照君がこの呪いを受けるきっかけになった出来事に心当たりって無いかな?」

「それが……正直さっぱり。俺の記憶があやふやな時からもう片鱗はあったような気もしてますし」

「そうか、だよねぇ……。もしかしたらと思ったんだけど、僕と同じパターンだったか……」

 そう話す真柄はかなり落ち込んだ様子だった。『呪いに対してどっしりと構えているように見えた真柄さんも、本当は呪いを解く方法を常に模索している』。そう感じた彩乃は、モニター越しの彼を改めて少し気の毒に思ってしまうのだった。


「まあいいや、じゃあそろそろ本題。この呪いについてのアドバイスだけど……そもそも今はこの呪いの効果も悪くないんじゃないかって思う時もあるんだ」

「えっ!?」

「どういう事ですか?」

 二人は驚いて聞き返した。『この呪いそのものをプラスに感じる時がある』、にわかには信じがたい言葉だったようだ。


「たしかに、パートナーの年齢が奇数の時はどう頑張ってもその人を好きになる事は叶わない。でもその分だけ、愛を溜め込んだ分だけ、パートナーが偶数歳になった時に不思議と想定以上の愛情が沸き上がってくる。分かりにくい表現かもしれないけど、要するに愛の総量は普通の人と変わらないと僕は感じているんだ」

「なるほど!分かりにくくなんてないですよ!」

 照が大きくうなずいた。

「それにだよ、僕は今33歳で妻は32だけど、彼女の事は好きでたまらない、たまらなく愛してる。僕の周りの若い頃から知り合っていた夫婦は、30代同士にもなると熱がすっかり冷めちゃってる人らも多かったんだけど、僕はそうじゃない。出会った頃と変わらず愛してあげられていると自覚しているよ」


 二人からすると、これらは目から鱗だった。奇数歳のうちにどこか知らない領域へ溜められていた愛が、そのまま偶数歳で上乗せされると言うのだ。


 その後も呪いについて、真柄は助言を続ける。

「とにかく、もう二人はずっと一緒にやっていく事に決めたんだよね? だったら、あまり難しく考えすぎない方がいい。変な話だけど奇数歳の間は仲の良い友達同士として、二人一緒に居る時間を大事にしなよ。今日僕ができるアドバイスはこれくらいかな。」

「なるほど、そうですね。今日は本当にありがとうございました、おかげでなんとか上手くやっていけそうです!」

「次に僕が日本へ帰った時は、そっちに会いに行くよ」

「それは楽しみです、わざわざありがとうございます!」

 照がこう礼を言ったのち、彩乃と二人で改めて感謝の意を述べる。この時に発した照の声色を聞いた彩乃は、隣の彼がかなり清々しい気分であろう事が理解できた。


 ……ところが、彩乃はいまいち納得できないでいた。いや、大いに納得できないでいた。おまけにそれは「呪いを持つ当人らと相方の彩乃とでは感じ方が異なるから」という単純な話でもなかったようで……。


(真柄さんはあのように話されたけど、それは彼が10代、20代を既に乗り越えてしまった今だから言える事ではないんだろうか。照だって30にもなれば、1年おきにやってくる呪いもある程度は割り切れるだろう。しかし現時点で、照が私の事を好きになってくれるにはあと10ヶ月ほど待つ必要があるし、20代になってからも半分は彼の心が私から離れていく事になる。その分偶数歳になったら2倍愛してあげられるとなっても、それまでのマイナス分を巻き返すほどのメリットになるとは正直思えない)

 彩乃の胸中は複雑だった。


(いや、よそう。真柄さんはわざわざ私達の為にこうして時間を作って顔を合わせてくれたし、本当に親身になってアドバイスもくれた。そんな好い人の想いを踏みにじるような考えは良くない。さっき言われた通り、今は照との時間を目一杯楽しめばいい)


「私からも、本当にありがとうございました。呪いが解けないのは残念ですが、なんとか上手く付き合っていけそうです」

「そうそう、おかしな運命だけど頑張って向き合って行こうよ。幸い、もう少しして彩乃さんが20歳になったら一旦呪いも解けて、次に呪いが再開するのは31歳からなんだしさ」


 真柄が口にした言葉を聞いて、彩乃は瞬時に強い違和感を覚えた。そしてそれは照も同じだったようで、二人はきょとんとした表情でお互いの顔を見合わせる。

 そして、すぐさま照が問い正した。

「ちょ、ちょっと待ってください! 次に呪いが再開するのは31歳とは一体どういう事ですか!?」

「……? あれ……?」

 そう返すと、真柄は少しの間考えこむ。そして数秒後、彼はそれまでの冷静な語り口調とは異なった、かなり高揚した調子で話し始めた。

「ああっ!? もしかして君達はかなり昔の記事、その一つだけしか見ていないのかな!?」

「ええ、そうです」

「じゃあ僕が32の時にこっちで受けた取材、その記事はもしかして見ていないという事かい?」

「はい……。こっちで受けた取材……?」

 照のその反応を聞いた真柄は大きく笑い出した。その光景を見た照と彩乃は、互いに困惑した表情を浮かべる。

 そして真柄がひとしきり笑ったのちに、ようやく口を開いた。


「そうかそうか! かつての僕同様に、君たちはまだこの呪いについて正しく認識していなかったんだね、悪かったよ。照君がかかっているそれは偶数歳しか好きになれない呪いじゃなくて、『2の倍数と2の付く年齢しか好きになれない呪い』なんだ」


(終)

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