たこ焼き

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たこ焼き


 例えばそこに粉があるとする。

 それが小麦から出来たものであり更に周囲で青のりが見つかった時、キャベツがあるかタコがあるか。

 それによって人は選択をする事になるだろう。


 ジウジウジウ。


 丸く窪んだ奇妙な鉄板。これが家にあるのとないとのでも人の選択はまた異なってくる。

 更にその鉄板のあるなしを決めるのは原材料費や使用頻度に加えて住居の広さ、あとの要素としては衝動、或いは思い切りだろうか。

 選択肢の多さを喜びとするか、シンプルな生活を良しとするか。価値観は人それぞれだろう。冷静な目で見ればたかが一度や二度の事に金をかけるのはバカげているかも知れない。けれども金を持つ者がバカのように金を使わなくなったらそれはただの持ち腐れでしかない。明日をも知れぬのが生の定めだ、使わぬ物を後生大事に抱え込んでいるなら鉄板も金も同じじゃないか。

 だったら抱えるのは鉄板にして金は世間に撒き散らせ、これが資本主義における価値観だ……こんな風に持ってみれば案外使う、という事もあるのだし。



 Life is TEPPAN.

 汝、鉄板焼きを愛せよ。少年老い易くタコ焼き難し。



「ほら!手ぇ止まってる」

「分かってる!」

「ホントうるさいな」

「うるさく言われたくないならとっとと動きなさいって」

「その思想まで込みでのやかましさ」

「何なの、思想って」

「じゃなけりゃお気持ち」

「気持ちを伝えて何が悪いの、言いもせず腹に溜めてる方が気味悪いでしょうに」

「うーわ、ホント今時じゃないって。その辺でメチャクチャ怒られてそうなんだけど」

「おかしな子だね、こんな事外で言う訳ないでしょうが」

「はー?お腹に溜めず外にも出さないって言った癖に」

「だからここで言ってるでしょうに。難しい問題なら兎も角ちょっとの愚痴すら家族にも友達にも言えない!で、世界中に見せびらかしてる方がどうかしてるわよ」

「でもこうしてウザイもの扱いされてますけど?」

「そうだとして、あんたにウザがられて困る事ってあるの?」

「ギスギスするとか?」

「ちょっといいお菓子買って来るだけでご機嫌になれるのに?」

「それはそう」

「よっぽどの事ならねぇ、そりゃ考えるだろうけど。でもそれにしたって簡単じゃない?間違えたらゴメン、悪い事したらお詫び、どうしても合わなきゃさようならでおしまいでしょ」

「ネットならもっと簡単じゃん」

「だって何だかよく分からないけどしつこい人だって居るって言うじゃない。そういう人が一割居るとしたら友達百人なら十人だけど千人になったら百人よ?全世界って話になったらもっと増えるでしょ」

「全世界って言ったって皆が友達になる訳じゃないし」

「友達より顔見知りとか隣人の方が厄介なもんよ、だってお互い詳しい事なんて分かりゃしないんだから」

「だから良いんじゃなくて?」

「適当な憶測であれこれ勝手言い出すのが良いって?」

「まぁねぇ、でも今時そんなもんでしょ」

「そんなもんで無駄に疲れてちゃあ世話ないわね」

「でもさぁ、やっぱSNSないとか有り得んくない?」

「見るもんないと見ちゃうわ」

「そんな暇なら勉強でも手伝いでもしなさいよ。こっち来たらスマホ弄ってる時間ない位働かせてあげるわよ」

「それはヤダ」

「ハーッ、全くもう。ほらアンタも、ボーっとしてないの!次!」

「アッハイ、スイマセン」

 ある日突然やって来た鉄板。その日は大いに揉めていたのに、今ではこうして食卓上で活躍している、それも定期的に。自分は最初から最後まで蚊帳の外で言い合いを眺めるばっかりだったけれども、こうしてたこ焼きの恩恵には預かっている。

 いつも通りに怒涛の勢いで進む会話の中、鉄板に生地が注がれ紅生姜や揚げ玉は散らされタコが刺さる。

 少しは参加してみようと具材のボールを掴んでみたものの、うっかりタコを外に落としかければ、誰もこっちを見ていないのに光の早さで注意が飛んでくる。

 オロオロしている内に千枚通しを奪われてあっという間にやる事がなくなった。先程の手伝えという言葉は何だったのか。お前だけはスマホを弄って他人と戦っていろという意図だろうか。


「大体今時ってねぇ。動画だ何だって矢鱈あるけど結局大して面白くないじゃない?たーだ目立ってるだけで」

「出た。最早ヘイトよヘイト」

「動物って言うのはねぇ、敵に見つかると食われるもんなのよ。それが大自然の掟。真っ当なら目立たない方が得って考えるのよ。目立つ必要があるのは発情期だけ」

「まーたサバンナの掟を語る」

「それにしたって人間は万年発情可能な生き物だし?そんならオキテにも叶ってるじゃない」

「そうは言っても人間にはチセイがあるのよ、寧ろチセイあってこその人間」

「恋は盲目とか言うじゃん。漫画だって映画だって、めっちゃ冷静に考えたらこのシーン話し合ってればよくね?で済むってのあるよ。でもその上であ~あるある~分かる~ヤダもどかしい~××君カッコイイ~って言ってる」

「んで好きピの顔面国宝級マジメロ~って書く」

「だったらまともじゃない時らしくてんでにロクでもない事してる方がまだ自然じゃない。でもアレでしょ。結局皆で一緒に似たような事するのが良いって言うんでしょ?そのピだのメロだのだって皆がそう言うから言うんでしょ?まともじゃないのに揃いも揃って右へ倣えって、あんた、ゾンビとかキョンシーじゃないんだからって。ねぇ?」

「もうどこから突っ込んだらいいのか分からん」

「とりあえずSNSには近付かないで欲しい、古過ぎて叩かれそう」

「古いだの今時じゃないだの言っておいて叩くとかもねぇ。何を皆でせっせと叩くんだか。叩いて直そう、叩けば直るって昔のテレビじゃあるまいし」

「え、叩いて直してたの?」

「そんな訳ないでしょうが、もっと前の時代よ」

「叩いて直すのはテレビだけ!って面白い、炎上は?炎上は何かないの?」

「何を期待してるのこの子は」

「あ、一個知ってる。八百八町は大火事だー!ってやつ」

「それっぽい?何か違う?」

「恋は盲目に絡めるなら八百屋お七って言うのがあるけど、何で人を燃やそうとしてんの」

「匂わせとかサレとかで燃えてる事多いから?」

「そもそも物が炎上するってあんまなくない?企業体制とかってなると人寄りじゃない?」

「てかこの前さー、いいなって思ってたヤツが炎上させられて本当ねぇわって思ったんだけど」

「ほら、言った通りじゃない。夢中になってるからそんな事になる」

「いやそうだけどさぁ、そうじゃなくて」

「逆に、逆に買う前炎上したから気付いて良かったってのもあるし?」

「それはアンタ、見る目がないから騙されかけてたって事じゃない。この鉄板だってホイホイ買って来るし」

「まぁた蒸し返す。使ってるんだから良いじゃん」

「そうだけど、そうじゃないし。根本的に騙す方が悪いし」

「騙すような人に会ったのは何処なのよ……アンタ早く食べちゃいなさい、溜まってるわよ」

「アッハイ。どうもスミマセン」

 気付けば山となっていた皿に慌てて箸を伸ばす。

 先に出来上がった物を口にした筈だがまだ熱い。ハフハ、フウフウ。鞴のように空気を送りながら咀嚼する。

 青のりの香り、そしてソース。それに負けない生地のトロッとした甘さと控えめに主張する鰹節。噛む程に出るタコの旨みが何とも言えない。

 それにしても他の皿にはどうして余裕があるのだろう。


「ゴチャゴチャ言うよりまずはね、やるべき事をしなさい。ちゃんと夜は寝る、好き嫌い少なくご飯は食べる、体動かして太陽を浴びる、時間は守ろうと思うもの。人の話はきちんと聞く、手伝いもする。ありがとうとごめんなさいを大切に。面倒臭いとかヤダとかでもとかだってとかすぐには言わない」

「あーもう、説教が始まっちゃったよ」

「ブロックしよ、ブロック。拒否だ拒否」

「コラ!」

 注意する手に千枚通しが握られているので中々に怖い振る舞いではある。が、口を挟むべきではないだろう。流れ弾に被弾する。


 タコ焼きと言葉の弾丸が飛び交うここは戦場だ。

 戦場で物を言うのは条件反射らしいが、勢いで動けないなら流れに従うのが恐らく正しい。何故なら消耗が少なくて済むからだ。余力があれば回復がしやすい。そして次の行動にも移りやすい。

 つまり自分の振舞いに間違いはない。


 例え時にやる気なし、左様せい、柳腰、何を考えてるのか分からない、シャンとしなさい。そんな古代の価値観による言葉が降り注ごうとも変えるつもりは毛頭ないのだ。

 やるべき事をやろう。その通り。

 現在最優先事項だろう残りのたこ焼きを口に入れる。

 温くなって油っぽさがやや気になった。ポン酢に味変したいけれど席を立つのが面倒臭い、そんな事を思いながら皿を空ける。

 するといつの間にか完成していたらしい新しいたこ焼きがまた置かれた。

「まだ食べられるでしょ?」

「あ、どっちでも」

「はっきりしないわね相変わらず。喉に詰めるからちゃんと嚙みなさい、お茶はあるの?」

 はたと気付けば机上にお茶や追加のソース、更にはポン酢に葱までが乗せられていた。

 喧しくはある。話もたまに通じない。とは言えやはり家族だ。

「……はいはい」

「ハイは一回!で、お茶は!」

「ハイ、お茶イタダキマス」

「こっちにもー」

「自分で注ぎなさい!」


 立つ瀬なくともタコ旨し。

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