第21話 浮かれていた代償

 翌日、4月21日、日曜日の朝。

 ホテルのベッドで大輝だいきがふと目を覚ますと、隣で星那せなが小さな寝息を立てていた。


「そっか、そう言えば……」

 大輝は昨晩の事を思い出す。

 初めて星那と過ごした夜。「『最後まで』はまだ怖い」という星那の意思を尊重し、「その手前くらいまで」ので大輝は星那と愛し合った。

 これまで長きにわたり思い悩んできた「真実」に、ようやくたどり着くことが出来た達成感も相まって、完全に浮かれていた大輝と星那は、夜遅くまで愛を確かめ合った。

 その後、旅の疲れが溜まっていたこともあり、そのまま寝てしまったらしい。ベッドの中で2人は朝まで素肌のままであり、星那の「これから成長予定」と自称する胸元が露わとなっていた。

 大輝はさすがにいたたまれず、掛け布団を引っ張って隠そうとすると、その拍子に星那が目を覚ました。


「あ、大輝、おはよ」

「あぁ、おはよう」


 大輝は少し照れくさくなり視線を逸らしたが、星那はそんな大輝にお構いなしに、素肌のまま抱き着いてくる。

「お、おい、星那」

「大好き!」

 否が応にも感じてしまう星那の素肌の温もりと感触に、大輝の身体は火照った。


「あ、大輝!」

 星那がいじわるな笑みを浮かべる。

「な、何?」

 一応疑問形は取っているものの、大輝には星那の言いたいことが分かった。

「もう~、 先輩のえっち!」

 そう言いながら星那は、当たり前の様に大輝の下腹部に直接触れる。


「なんか、ごめん……」

 大輝が恥ずかしさを堪えてそう言うと、星那はその手を放してベッドから抜け出す。

「どうした?」

「星那、ちょっとトイレ行ってくる」


 ベッドから立ち上がった星那は何も着けておらず、大輝は思わず視線を逸らす。

 昨夜は、随分と素肌を見せることを恥ずかしがっていた星那だったが、今朝は一糸まとわぬ姿……というよりは「すっぽんぽん」という形容動詞がしっくりくるような姿で、ひょこひょこと部屋の中を歩いていた。

 大輝は今のうちに「火照り」を冷まさなくてはと思ったが、身体はそう簡単にいうことを聞いてくれない。


 そうこうしているうちに、星那がまたひょこひょこと戻って来た。

「ただいま~」

「お、おかえり……」

 星那はそのまま頭からベッドに潜りこむと、再び大輝の下腹部に手を添え、何の躊躇いもなくそれを口に含んだ。

 

「お、おい! 星那……」

 驚く大輝をよそに星那はその手を止めることはなく、そのまま2人は昨夜の続きを楽しんだ。


 お互いに満足した後、一息つくと星那は言った。

「昨日は色々あったけど、何事もなく朝を迎えたってことは、これで良かったんだよね」

「そうだな」

 大輝もそう言って微笑んだ。


 2人にとって、翌朝を迎えるということは決して当たり前ではない。その緊張感のもとに、もう何か月も過ごしてきた。

 そんな生活もまもなく終わりを迎えそうだった。

 

「さて、そろそろシャワーでも浴びて準備するかな」

 大輝はそう言ってベッドから起き上がる。

「星那も一緒にお風呂入る~!」

「えっ?」



 結局大輝は、星那と一緒にシャワーを浴びることにした。

「星那が洗ってあげるね」

 そう言って星那はボディースポンジを泡立てる。

 大輝は星那に身を任せながら、昨夜からの疑問を口にした。

 

「星那さ、『ボク』って言うの、やめたの?」

「あ、気づいてた?」

 そう言って星那は笑顔になる。

「あぁ」

「やめてないよ。大輝の前だけ~」

「なんで? ってゆうか、今更だけど、そもそもなんで『ボク』なの?」

 

 星那は大輝の身体を一生懸命洗いながら続ける。

「小さいころはさ、自分の事『星那』って呼んでたんだけどさ。いつごろからか忘れちゃったけど、そろそろ自分の事名前で呼ぶの恥ずかしいなって思って」

「うん」

 大輝は星那からスポンジをもらうと、今度は大輝が恐る恐る星那の身体を洗い始めた。

「ちょっと、くすぐったい~! もっと力入れていいよ~」

「あ、あぁ、ごめん……。慣れなくて……。えっと、それで?」

 大輝はぎこちなさを誤魔化すために、星那に話の続きを促す。

「はじめ、普通に『私』って言い始めたんだけどさ、なんか『私』って言うの恥ずかしくって。で、男の子みたいに『ボク』って言ってみたら、『あ、こっちのほうがしっくりくるかも』って思ってさ。それからかな~」

「なるほどね~」

 大輝はその話を聞いて、昨夜から星那が自分のことを「星那」と言うようになった理由もわかったような気がした。


 風呂から上がった後も、星那は暫く「すっぽんぽん」のまま部屋をウロウロしていた。

 さすがに大輝も徐々に慣れてきたところだったが……。

「ねぇ、大輝。星那、着替えるからあっち向いてて」

「え? 今更?」

「恥ずかしいから~」

「しかも、『着替える』って、着るだけじゃん」

「いいから!」

 大輝はとりあえず、星那の言うことに従った。


「もういいよ」

 わずかな間で大輝は再び星那の方を見ることを許されたが、星那はまだ下着を付けただけだった。

「あれ、まだ服着てないじゃん」

「ここからは別にもういいよ」

「な、なぜ?」

 大輝が素朴な疑問を口にすると、星那は視線を逸らして言う。

「ブラをね……」

「ブラ?」

「星那ね、まだブラのホックを背中で留められなくてさ。前で留めてからグルって回すの見られるの、恥ずかしくて……」

「あ、そっか……。なんか、ごめん……」


 気まずい空気の中、大輝は心の中で頭を掻きむしる。

(うぉーっ、女子高生わかんねーっ!)



 この日、2人は札幌に帰るだけだった。折角なので美里さんともお会いしたかったが、残念ながらお仕事の都合でお会いすることは叶わなかった。

 何かのトラブルがあって帰りが遅れても困るので、二人は昼過ぎの飛行機で早々に札幌へと戻って来た。


 大輝が家に帰ると、両親と特段不審がる様子もなく、「あぁ、もう帰ってきたのね」くらいで済んだ。

 星那にLINEをすると、星那の家の方でも特に怪しまれることなく済んだようだ。これで二人の大冒険は成功裏に終わった。

 

 ★  ★  ★

 

 そして迎えた、27日土曜日。舞香まいかの骨折事故の当日。今回も非常に暑い日だった。


 昼下がりの歩道橋で大輝と星那は舞香がやって来るのを待った。

「いよいよだね」

 星那が落ち着いた笑顔でそう話す。


 これまで大輝と星那は幾度となくタイムリープを繰り返し、情報を集めてきた。そしてついに「健太」と「桜」の心情を確かめることに成功した。

 あとは舞香の骨折事故を機にもう一度タイムリープを起こして、3月22日からやり直せば、今度こそ7月7日を迎えることが出来るだろう。

 一時は「離脱」まで考えたこともあったが、それでも諦めずにチャレンジをし続けた結果、こうして「正解」を導くことが出来た。

 

「最後まで、抜かりなくやろうな」

 大輝は星那と拳を合わせた。

 

 その後、程なくして舞香はやってきた。

 大輝と星那は以前と同じように偶然を装って転落前の舞香に接触し、うまく歩道橋に直結する店舗へと誘導することで、転落事故は回避できた。

 

 

 その夜、大輝と星那は電話をした。

「いよいよ、明日から『最終回』だね」

 星那が落ち着いた声でそう言う。

「おいおい、何か、妙なフラグ立てんなよ」

 大輝は思わず笑いながらそう言った。

「ごめんごめん、でも、さすがにもう大丈夫でしょ」

「そうだな。それにしても、もう、美里さんや香織さんに会えないのは残念だな」

 

 何気なく大輝がそう言うと、星那は少し考えてから言った。

 

「香織さんは難しいかもだけど、美里さんは会おうと思えば会えるよね」

「確かにな。ストーリー的にはもう十分な情報が集まったから、わざわざお呼びするのは……、とも思うけどさ。でも、美里さんにこの演劇の事は伝えたいよな」

「きっと、それを健太……、いや、健一さんも望んでいると思う」

「じゃ、次にタイムリープしたら、早速また引っ越す前の佐倉家にお邪魔しないとだな!」


 そんな会話をしていると、いつの間にか日付が変わった。

「じゃ、ボクたちもそろそろ寝ようかね」

「そうだな。明日の朝は一気に氷点下だからな。暖かくして寝ろよ」

「そうだね。ありがとう」

 そういって二人は通話を終了し、眠りについた。


 ★  ★  ★

 

 翌日。大輝はスマホのアラーム音で目覚める。

 眠い目をこすりながら、時間を確かめようとスマホの画面を見ると、目覚ましアラームではなく、星那からの電話だった。

 

 不審に思いながらも大輝は電話に出る。

「もしもし大輝? 起きた?」

「あぁ、どうした?」

「……失敗した」

「失敗したって何が?」

「大輝、窓の外見て」


 星那に言われるがままに、大輝は部屋のカーテンを開けるが、頭がまだぼんやりしていて状況が呑み込めていなかった。

 

「3月に戻ってないよ……」

 星那のその一言に大輝はハッとした。

 今朝はタイムリープをして、3月22日になっているはずだった。しかし、大輝の部屋の窓から見る景色に雪はなく、まぎれもなく4月末の光景だった。

 

「なんでだ……」

 大輝はそう言って言葉を失った。

 

 そんな大輝に、星那は言う。

「星那たちがミスったんだよ」

「ミスった?」

「そう。星那たち、今『離脱中』だったから、昨日舞香先輩を助けてもタイムリープはしないんだよ」

「……ってことは」

 大輝は頭の中が真っ白になった。

 

「むしろ昨日起こるはずだった舞香先輩の骨折事故をきっかけに、演目を『想いよ、届け』に戻さなきゃダメだったんだよ!」

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